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第1回 新宿 ル・パラン 本多啓彰氏 第4章 本多ちゃんは生まれついての天才バーマンだ。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

 いまの日本の大学では本物のリベラルアーツ<一般教養>は学べない、と本多啓彰と話すたびに彼の教養の深さに驚いている。彼は高校卒業後バーマンとして修業して、いまに至ったのである。いまの大学生の4割が年間に本の一冊も買って読むことがないそうだ。日本の未来が恐ろしい。
 本多は無類の本好きである。伊勢丹のサロン・ド・シマジに毎週日曜日やってきてわたしに尋ねる。
「シマジさん、最近なにをお読みですか」
「ここでも売っているけど、『世界の夢の図書館』<エクスナレッジ刊>が面白い。絢爛豪華な本だけど値段が驚くほど安い。悲しいことに日本の図書館は1つも選ばれていないんだ。日本の図書館は建物が貧相だからしょうがないけどね」
「では今日一冊買って帰ります」
「いまここに一冊持ってこさせるから、現物をじっくりみてから判断してくれる?ヒロエ、例の大きな本を持ってきてくれないか」
「かしこまりました。お礼をいうのを忘れていましたが、先夜サロン・ド・シマジ本店で飲ませていただいたポートエレンの味が忘れられません。では行って持って参ります」
「えっ、彼にポートエレンをご馳走したのですか」
「いいじゃないですか、本多ちゃんにも今度ポートエレンをご馳走しますよ。おれはヒロエが可愛いんだ。伊勢丹が終わったあと、1人でオーセンティック・バーに行ってシガーとシングルモルトを自腹で飲んで勉強しているんだ。今度あいつにキューバ産のケドルセー・スペリオレスを吸わせてやろうと思っているんだ
「シマジさんの下で働くことが出来たことはヒロエさんにとって幸運だと思います。わたしだって働きたいくらいです」
「本多ちゃん、冗談はジョークのなかだけにしてくれない?」

シマジ: ル・パランにちょっとした軽食があればおれは毎週土曜日には寄らせてもらうんだが。

本多: スミマセン、うちは乾き物しかありません。食事をしてからバーにこられるか、食事前に一杯引っかけていかれるか、そういうお客さまが多いんです。

立木: たしかにここは食事のニオイを拒絶している雰囲気があるよね。

山口: 重厚な雰囲気ですものね。

シマジ: そうか、残念だ。ところで本多ちゃんは「セカンド・ラジオ」のバーマンになる前はどこにいたの。

本多: いろんなところで学びましたが、名もないバーでした。そのあとパリで3ヶ月くらい放浪の旅を愉しんでいました。帰国してあるお客さまに連絡したら「セカンド・ラジオ」を紹介していただいたのです。その方は「友人の本多さんです」とわたしをオーナーの尾崎さんに紹介してくださいました。その場で尾崎さんに『明日からうちで働かない?』とお声をかけていただき、はじめてお会いしたその日のうちに採用が決まったのです。

シマジ: そのお客はたいした方だ。いまこうして本多ちゃんがいられるのはその方のお蔭だね。

本多: わたしもそう思ってこころのなかでいつも感謝しています。シマジさんがよくおっしゃっているように、人間は運と縁が重要なのだとつくづく感じますね。

立木: シマジがいっている「人生は運と縁とセンスだ」は聞き飽きたが、たしかにそういえるかもね。

シマジ: 山口さんが資生堂に入ったのも運と縁とセンスなんですよ。この3つのなかのどれかが欠けてもいまの山口さんは存在しないでしょう。

山口: わかるような気がします。

シマジ: 例えばタッチャンがこんな凄い写真家になれたのは、実家が写真館をやっていたために子供のときから両親の仕事をそばでみていたからだ。それからタッチャンの誕生日はピカソや土門兼と同じ誕生日なんだ。そういう星のもとに生まれてきたんだね。

立木: シマジ、よくおれの誕生日を調べたね。お前の誕生日はいつなんだ。

シマジ: 1941年4月7日だけど。

立木: お釈迦さまより1日早く生まれてきてしまったのか。

シマジ: だからおれは生来の慌て者なんだよ。もう1日オフクロの腹のなかで頑張って居座っていれば、お釈迦さまと一緒だと威張れたのにね。

山口: たしかに人生は出会いが大切ですね。立木先生とシマジさんの出会いなんてはじめから仕組まれていたみたいに息が合っていますものね。

立木: おれはもう別れたいといつも思っているんだけど、シマジがおれを離さないんだよ。困ったものです。

シマジ: だってタッチャンと組んで仕事をしていると愉しいんだからしょうがない。第一こんな洒脱で写真も合いの手もうまい先生はそういないんですよ。このSHISEIDO MENの座談会がこんなに長く続き、しかも毎年売上を伸ばしていられるのは立木義浩先生あってのことです。

立木: 気持ち悪い。急に真面目なことをいうんじゃない。こういうことは2人のときにいってよ。

山口: おふたりとも素敵です。

シマジ: ところで本多ちゃんはどうしてこの道を選んだの。

本多: 高校生のころ喫茶店でアルバイトをしていたときのこと、急に雨が降ってきたところでお帰りになるお客さまがいらして、そのときサッと傘をお貸ししたところ、それをみていた店長から「本多君、君はサービス業に向いているね」といわれまして、気がついたらバーのカウンターに立っていたというわけです。

立木: 本多ちゃんは生まれ持ってのバーマンだ。シマジみたいに顔が威張ってなく穏やかで話術が巧みなのがいいね。

本多: いやいや、話術はシマジさんに負けます。第一、読んだ本の量がちがいます。いままで会った人物の数が数段ちがいます。

シマジ: 編集者は人に会ってなんぼのものだから当たり前なことだよ。本だって商売柄読まねばならない本が沢山あったということでしょう。でもサービス業に向いていると見抜いた先輩は凄いよね。
本多ちゃんのシェーカーの振り方は色気があるんだな。ちょっとここでわたしがスコットランドでボトリングしてきたグレンファークラス32年をトワイスアップにしてシェークしてくれる?。

本多: かしこまりました。

立木: うん、たしかに色気がある。そちらに行って腕をくんでもいい?。

本多: 光栄です。

山口: 立木先生は腕を組んでも撮影出来るんですね。

立木: こんなことはしょっちゅうするわけはないよ。今日は気分がいいからやっているんだけど。うん、気持ちよくなってきた。

本多: 光栄です。

シマジ: それじゃあ、サービス業の天才のジョークを語りますか。

山口: 是非お願いします。

シマジ: ちょっと下品なオチなんだけどいいかな。

立木: もうお開きの時間だから特別に許す。

シマジ: 「あるレストランに開高健さんみたいな恰幅のいい紳士が入ってきた。席に着くなりホロホロ鳥の丸焼きを注文した。それも『ジャマイカ産のホロホロ鳥をくれ』といって、こう続けた。
『焼けるまで82年のラターシュを頼む』
 ウェイターが驚いてシェフのところに行き『大変な客がきたぞ。ジャマイカ産のホロホロ鳥をくれだって』『弱ったなあ、ジャマイカ産は今日は入荷していないんだ。ジョージア産のホロホロ鳥じゃダメかな』『まあ、いいんじゃないですか。わかりっこないですよ』
 というんでジョージア産のホロホロ鳥を焼いて出した。すると開高健みたいな紳士が、右の人差し指をなめるとホロホロ鳥の肛門に入れ、指を抜いて匂いを嗅ぎ、それをなめてみていった。
『なんじゃこれは、わたしが注文したのはジャマイカ産のホロホロ鳥だぞ。これはジョージア産じゃないか!』
 ウェイターは『うぇーっ 』と恐縮して、シェフのところに駆け戻った。
『シェフ、ばれちゃいました。どうしましょう』
『どうしましょうといわれても、あとはフロリダ産のホロホロ鳥しかうちにはないぜ』
『シェフ、仕方がないから、それでいってみましょう。フロリダならジャマイカに近いじゃないですか』
 ラターシュのグラスを美味しそうに傾けている紳士のところへフロリダ産のホロホロ鳥の丸焼きが運ばれてきた。ミスター・カイコー・ライクがまた人差し指をなめ、鳥の肛門に指を入れ、その匂いを嗅ぎ、なめてみて再び叫んだ。
『なんだ!これはフロリダ産のホロホロ鳥じゃないか!』
 驚いたウェイターはうしろを向くとズボンをずり落としていった。
『ミスター、わたしはどの州の生まれでしょうか?わたしは捨て子で生まれた故郷がどこだかわからないのです』

本多: 何度聞いても面白いジョークですね。わたしはここまでは出来ません。

立木: アハハハ、開高さんとシマジの掛け合いが目に浮かぶ。

山口: アハハハ、今日はホントに勉強になりました。

今回登場したお店

新宿ル・パラン
東京都新宿区新宿3丁目6−13 石井ビル 3F

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