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第7回 恵比寿 雄 佐藤雄一氏 第2章 だまし料理っていうのは初めてみたよ。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

料理人佐藤雄一の弟子であるカオリのフルネームを知ったのは、「サインしていただけませんか」とわたしの新刊『バーカウンターは人生の勉強机である』を出されたときである。「今日、銀座の教文館で買ってきたんですが、ちょうど最後の一冊でした」「それではカオリちゃん、本名をフルネームで書いてくれる?」メモ用紙には「吉野夏織」と美しい筆跡で書かれていた。わたしはピンときた。「そうか。ランチのメニューを毎日書いているのはカオリちゃんなんだね」「はい、そうです。どうしてわかったんですか」「いつもなかなかの達筆だと思って見ていたんだ」「ありがとうございます」「雄ちゃんはあんなに上手く書けないだろう」「ご明察です。わたしは料理以外はからっきし才能がないもので」とカオリの師匠が苦笑いしながら返してきたのであった。

立木:はい、お嬢、撮影は一丁上がり。ゆっくり召し上がれ。

岡村:まあ、美味しそう。冷や奴がありますね。

シマジ:岡村さん、まずそれから召し上がってください。

岡村:はい、わかりました。あら、これはクリームチーズみたいですね。

佐藤:それは一見豆腐にみせかけた“チーズ豆腐”なのです。少量の砂糖と牛乳が入っていますがクリームチーズです。

立木:だまし絵っていうのがあるけど、だまし料理っていうのは初めてみたよ。豆腐と思って口に入れた人に、なにこれって感じさせるんだな。

佐藤:左様でございます。

岡村:でも美味しいです。

立木:騙されてまずかったら、お客は怒るよ。

佐藤:わたしの料理がお客さまを裏切ることはありません。

岡村:これはおひたしですよね。

佐藤:はい、それは青菜のおひたしです。

岡村:この美味しいお肉は。

佐藤:合鴨のロースです。

岡村:このきんぴら風のものはなんですか。

佐藤:それは大根のきんぴらです。

岡村:このぬた和えのなかに入っているのはなんですか。

佐藤:それはサザエです。

シマジ:ワケギの柔らかさが抜群でしょう。コチの胃袋のぬた和えも美味いよね。

佐藤:今度コチが入荷次第作りましょう。

岡村:サザエのコリコリ感が堪りませんね。このイワシの煮たのも梅の味が滲みていて最高ですね。

佐藤:それはシマジさんお気に入りの大羽イワシの梅の棒煮です。

シマジ:それは小さく切っているけど、夜のメニューには丸々一匹ついてくるんです。炊きたてのご飯がこれまたよく合うんですよ。

岡村:この切り身で十分想像がつきますね。美味しい!これはトマトですよね。

佐藤:はい、そうです。プチトマトの酢漬けです。

シマジ:この八寸をちょこちょこ食べながらスパイシーハイボールを飲んでいると、1人で食事していても幸せいっぱいな気分になるんですよ。

佐藤:うちではこれを旬の前菜盛り合わせといっております。

立木:お前はこれをしょっちゅう食べているのか。ちょっと贅沢が過ぎるんじゃないか。70歳を越したらもっと粗食にしないと、長生き出来ないぞ。お前はチャーチルより1年長く、91歳まで生きるんだとどこかで書いていたよな。

シマジ:いやいや、チャーチルも美食家で呑んべえで、葉巻は1週間に100本も吸っていながら長寿だったんですから、これくらいは大丈夫ですよ。

佐藤:立木先生はご存じでしょうが、シマジさんは食べるのが速いんですよ。とくに1人でいらっしゃったときは大変です。

立木:シマジはむかしから噛まないで飲んでいるんだよ。こいつは心臓には毛が生えているわ、胃袋には歯があるわ、とんでもない男なんだ。

シマジ:先日胃カメラを飲んだら、インスペクターの先生がおれの名前をみて「シマジさんって、あの週刊プレイボーイの編集長だったシマジさんですか」と訊くんです。「そうですが」と答えたら「嬉しいな、若いときホントにお世話になりました」と礼をいわれたんですよ。そこで愛すべきあつかましさを持っておれが訊いたんです「わたしの胃はどうですか」。するとこういわれたんです。「シマジさんの胃には日本人としては珍しくピロリ菌がまったくいません。欧米人並の胃袋です。担当医にもいわれるでしょうが、胃癌にはなりにくいですね」と褒められました。

立木:そういえば以前大腸癌になったよな。あれは何年前のことだった?

シマジ:手術をしてこの12月で8年目に入るかな。

立木:じゃあ、無事5年は過ぎたんだ。もう大丈夫じゃないの。

シマジ:お陰さまで。

立木:ところでこの辺で資生堂からきたお嬢のことを訊いてあげたほうがいいんじゃないかい。

シマジ:そうですね。岡村さんの趣味はなんですか?

立木:また芸のない質問だなあ。まあいいか。

岡村:趣味は海外旅行です。1970年にはじめての海外旅行でグアムに行きました。

シマジ:それはちょうど岡村さんが資生堂に入社されて2年目のことですね。実家から通っていたからお小遣いも貯まったんでしょう。

岡村:それから年に1回は海外に行くことを目標に仕事を頑張ってきました。

シマジ:最高の場所はどこでしたか。

岡村:そうですね、バハマの海が最高でした。これまでみたことがないほどきれいな海の色でした。

シマジ:バハマですか。遠かったでしょう。

岡村:当時はまだ関西空港がなかったので、伊丹空港からまずサンフランシスコへ行き、それからマイアミ経由でバハマに行きました。でも普通は行きも帰りもマイアミで一泊するところ、わたしはマイアミに一泊もしないツアーを選んでいたためあまりにもタイトな移動となってしまったんです。それでマイアミ発バハマ行きの飛行機にわたしの預けた荷物が間に合わず、バハマに着いたその日は着替えることも出来なくて大変でした。仕方なく、丸1日着たきりスズメで過ごしました。

シマジ:うん、荷物が着かないことってよくありますね。スコットランドに行ったときわたしのゴルフバッグだけ着かなくて往生したことがありました。

立木:それは天罰です。

シマジ:ほかにはどこへ行きましたか。

岡村:ベトナムの3都市縦断もやりました。わたしは大阪から出発、友人は東京から出発してホーチミン空港で待ち合わせたんです。友人と合流後、フエに移動して宿泊。そこで観光したあとハノイに移動して宿泊。観光したあとまた移動して最終地のホーチミンに到着したのですが、相当疲れていたんだと思います。空港からホテルに到着したんですが、タクシーに積んだはずのわたしのスーツケースがなかったんです。タクシードライバーに片言の英語でクレームをつけたら「預かっていない」といわれたので、泣く泣く飛行場に引き返してもらったんです。引き返す途中、落ち込んでいたわたしにタクシードライバーが気を使って「ぼくはドラマの『おしん』が好きです」なんて片言の英語でわたしに伝え、少しでも会話してわたしを励まそうとしてくれているのがわかりました。ホントに親切なドライバーさんでした。

シマジ:それで肝心のスーツケースはあったのですか。

岡村:はい、スーツケースは飛行場の忘れ物センターのようなところに届けられていました。ひどく疲れていると、ついうっかりして忘れ物が多くなりますね。このときのスーツケースの忘れ物は、わたしにとって大失敗の経験でした。

シマジ:じゃあ、そのあとはまた同じタクシーでホテルまで戻ったんですね。

岡村:そうです。

立木:タクシーの運転手は大儲けだったわけだ。

新刊情報

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である
(ペンブックス)
著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

雄(ゆう)
渋谷区広尾1-15-3
クオリア恵比寿パークフロント1F
TEL:03-5793-8139
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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