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第11回 銀座 玉木 玉木裕氏 第1章 ハヤシライスは玉木とわたしの合作である。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

美味いものを喰わせるレストランや割烹には、いわゆる民主主義は存在しないのではないだろうか。そこは料理人と常連の客双方の“えこひいき”の世界である。客がその料理人の腕に惚れ、また料理人はお客の舌と気っ風のよさに惚れるのではないだろうか。
 銀座に店を構える玉木裕とわたしは、「玉木」が以前広尾にオープンしたころからの仲である。その店をわたしに紹介してくれたのは、わが人生の師匠柴田錬三郎先生の一人娘、美夏江さんであった。毎年先生の命日には二人でお墓参りをしてそのあと精進落としの宴をあげるのだが、美夏江さんがよく通っている原宿の名店「重よし」で修行した玉木が店をオープンしたというので、一緒に「玉木」を訪れたのである。それは2007年のことだ。わたしは早速玉木の腕に惚れて、その後も足繁く通った。あるとき、
「おれが子供の頃に食べたレトロなハヤシライスが時々恋しくなるんだが、玉木ならあの味を再現できそうな気がする。試しに今度、作ってみてくれない?」
 というわたしの半ば挑発的な提案に「面白い。やってみましょう」と玉木は乗ってくれた。試作品が出来たと連絡があったのですぐ食べに行った。だがそのときの
「うーん、これはちょっと違う味だね」というわたしの言葉が、料理人のさらなる探究心に火を点けたようだった。その後お互いにねばり強く試作と試食を繰り返した。かれこれ8回目であっただろうか、ついにわたしは絶賛の叫び声をあげた。
「玉木、これだよ、これ!」
それがいま、銀座の「玉木」でもランチの定番となって人気を博している。いわばこのハヤシライスは玉木とわたしの努力の合作なのである。

シマジ:広尾から銀座に移転してきて大成功だったね。

玉木:お陰さまで繁盛しています。

シマジ:ハヤシライスの評判はどうなの。

玉木:大人気ですが、いまのところ夜が忙しくてその仕込みに追われ、ランチは金、土しかやっていないんです。

シマジ:夜はいつきても満員だものね。玉木、よかったね。

立木:シマジはどこの店に行ってもオーナー面をしているけど、とくに「玉木」じゃやりたい放題やっているんだろう。

玉木:ハヤシライスはシマジさんとわたしの合作ですから仕方ありません。

シマジ:あっ、そうそう、今日の資生堂からの助っ人は愛知県一宮市出身の梶原由加さんです。

梶原:よろしくお願いします。

立木:一宮出身か、じゃあ中日ドラゴンズの熱狂的ファンだな。

梶原:それがわたしは地元ドラゴンズを裏切って阪神ファンになってしまいました。

立木:えらい!おじさんも徳島出身で熱烈な阪神ファンなんだ。握手しよう。

シマジ:玉木も阪神ファンだろう。

玉木:はい、神戸出身ですから。

立木:阪神タイガースの誰のファンなの。

梶原:新井良太選手です。

立木:なるほど、新井良太は2011年に中日から移籍してきた選手だな。兄貴の貴浩は今年から広島カープに移ったよね。お嬢は1シーズンにどれくらい観に行くの。

梶原:そうですね、関東を中心に20試合程度観に行きます。でも立木先生、やっぱり甲子園での観戦は格別ですよ。わたしはドーム球場よりも野外球場のほうが気持ちがよくて好きなんです。

立木:お嬢はなかなかいいことを言うじゃない。

梶原:シマジさんはどこのファンなんですか。

立木:こいつに野球のことを訊いてもちんぷんかんぷんだよ。訊くだけ無駄なんだ。

梶原:そうですか。ほかのスポーツはどうなんですか。

立木:シマジは全般にスポーツオンチなんだよ。シバレン先生に教えてもらったゴルフをちょっとやるくらいなんだ。そうだろう。

シマジ:おっしゃる通りでございます。子供のときから虚弱体質でありまして、体育の時間も具合が悪いとサボっては図書館で本ばかり読んでいました。

梶原:へえ、少年のころに野球はやらなかったんですね。

シマジ:はい。サッカーもそうですが、ルールもイマイチよくわかりません。ところで梶原さんはお酒は飲めますか。

梶原:大好きです。

シマジ:それではスパイシーハイボールをお作りしましょう。グラスを3つ用意してくれますか。これはわたしが持ち込んでいるタリスカー10年です。これに山崎のプレミアムソーダをゆっくり注ぎ、かき混ぜないのが重要です。その上からブラックペッパーをプッシュミルで振りかけて完成です。どうぞ、飲んでみてください。タッチャンの分も作りました。では乾杯しましょう。「スランジバー!」と言ってください。

全員:スランジバー!

梶原:スランジバーってどういう意味なんですか。

シマジ:スコットランドのバーに行くと毎晩「スランジバー」と言って乾杯し合っています。ゲール語で「あなたの健康を祝して」という意味です。

梶原:うん、これは飲みやすくて美味しいですね。

シマジ:玉木シェフ、そろそろ梶原さんに酒のつまみ風なものを出してあげてはどう?

玉木:はい、用意してあります。サバの燻製とキャロット・ラペといってニンジンをおろしてドレッシングで和えたものを添えてあります。魚は燻製にすると味が鋭角になります。とくにこれはワラで燻製してありますので格別ですよ。

梶原:美味しそうですね。このスパイシーハイボールと合いそうですね。

立木:お嬢、ちょっとだけ待っててね。おじさんがまず写真を撮ってから召し上がってくださいね。

梶原:そうでしたね。SHISEIDO MENの連載は欠かさず読んでいるんです。

シマジ:お昼は抜いてきましたか。

梶原:はい。これからどんなお料理が出るか愉しみです。

シマジ:シェフ、次はなんなの?

玉木:季節柄、百合根のムースをお出ししましょう。コンソメジュレと一緒に召し上がってください。

梶原:百合根ですか。大好きです。

シマジ:3番目は?

玉木:当然ハヤシライスでしょう。

立木:出た!ハヤシライスか。この間資生堂の福原名誉会長とシマジの自慢話を聞きながら食べたヤツだね。あれは美味かった。

シマジ:どうして美味いか。それは最高級の神戸牛のバラ肉を使っているからなんですよ。ねえ、シェフ。

玉木:はい、その通りです。料理の究極は材料ですね。

立木:はい、お嬢、召し上がれ。

梶原:わあ、嬉しい。いただきまーす。美味しい!こちらのお店に今度女子会で来てもいいでしょうか。

玉木:もちろん歓迎いたします。ご予約をお待ちしていますね。
立木先生、これは2番目の百合根のムースです。

立木:了解!これも美味そうだね。

玉木:立木先生の分もお作りしましょうか。

立木:おれはランチをしっかり食べてきたから、残念だけど撮るだけにしておくよ。

シマジ:そうだ、玉木の肌チェックをまだしていなかったね。

梶原:そうですね。どうしましょう。

シマジ:まあ、いいでしょう。ゆっくり食事をしてからやってください。

玉木:肌チェックってどんなことをするんですか。痛くはないですよね。

シマジ:少し痛いよ。だが男の子なら我慢するんだね。

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今回登場したお店

玉木
〒103-0000 東京都中央区銀座8丁目5−25 エイトビル 1階
Tel: 03-6252-9381
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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