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第2回 荒木町 Bar C-shell 牧浦侑氏 第1章 わたしはtenderであるよりmanを選択した。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

わたしは毎週末伊勢丹メンズ館8階のスタンドバーに立つ身だが、どうも「バーテンダー」という呼び名が嫌いである。だから店でもエッセイでも自分のことを「バーマン」と名乗っている。
四谷荒木町「バー シ・シェル」の牧浦侑(32)もわたしと考えが一緒らしい。彼の名刺の肩書きに「バーマン」とあるのを目にしたとき、わたしは彼に対して一瞬で親しみを覚えた。我々はtenderであるよりも、manであることを選択した者同士なのだ。

シマジ:カウンターの脇に松田優作のフィギュアが立っているね。

立木:なぜここに優作の人形があるんだ?

牧浦:僕がニューヨークにいる時に初めてスクリーン上で観た日本人が松田勇作さんだったんです。それ以来、心に焼き付いてしまってから彼の大ファンなんです。

立木:なるほど、もしも優作が生きていたら、ここにいるのが似合いそうな雰囲気がこのバーには漂っているね。

牧浦:そう言っていただけると嬉しいです。

シマジ:ご紹介しましょう。こちらが資生堂からいらした稲垣――、失礼ですが、このお名前はなんとお読みするんですか。

稲垣:アイリといいます。

立木:どれどれ、どう書くんだ。

シマジ:「朱以吏」と書いてあります。

立木:これは読めないね。

稲垣:この字を見てすぐにアイリと読んで下さった方は今まで一人もいらっしゃいません。

立木:どうしてまたご両親はこんな難しい名前にしたんだろうね。

稲垣:両親が、この子が成長するころには日本はグローバルな社会になっているだろうから外国人にもすぐ覚えられるようにと考えて、まずアイリーンという名前に似せてアイリと命名したんです。それから漢字を考えたのですが、「愛理」では画数がよくないということで、考えに考えた末、「朱以吏」に落ち着いたらしいです。

シマジ:アイリーンといえば、アイリーン・アドラーがすぐに浮かぶね。

牧浦:シャーロック・ホームズに出てくる『ボヘミアの醜聞』のアイリーン・アドラーですね。

シマジ:牧浦バーマンはなかなかの本読みなんだね。

牧浦:ぼくの好きなのはレイモンド・チャンドラーですけれども。

立木:「ギムレットには早すぎる」か。

牧浦:では最初にそのギムレットを、『ロング・グッドバイ』に出てくるものと同じレシピでお作りしましょうか。

シマジ:それは愉しみだね。2杯作ってくれない?タッチャンの分は後でね。アイリーンちゃんは飲めるでしょ。

稲垣:じつはあまりお酒に強い方ではないんです。カクテルはフルーティーなものしか飲んだことがなくて・・・。でもその前に、牧浦さんのお肌チェックをさせていただいてもよろしいでしょうか?

シマジ:そうでしたね。牧浦、ちょっとこちらに出てきて顔を貸してくれる?

牧浦:はい、どうすればいいんですか。

シマジ:ただ黙ってここに座っていればいいんだよ。

稲垣:生年月日だけ教えていただけますか?

牧浦:1982年5月28日です。

稲垣:えっ!わたしと同い年です。わたしは1982年11月30日です。

牧浦:えっ!同い年ですか。

稲垣:お肌チェックの結果が出ました。Cでした。凄いですね!

シマジ:Cは凄いよ。いままでのゲストはほとんどがEか、せいぜいDだったからね。これは驚いた。牧浦はなにか特別な肌の手入れでもしているの?

牧浦:いえいえ、まったくなにもしていません。

稲垣:同い年の牧浦さんのお肌がCというのはわたしも嬉しいです。本日お持ちしたSHISEIDO MENのアイテムを毎日使っていただければ、今後Bになる可能性もおおいにありますね。

牧浦:こんなにいろいろいただけるんですか。明日から頑張ります。

シマジ:稲垣さん、このバーには外国人もよく来るんですよ。

稲垣:そうなんですか。

シマジ:牧浦の英語の発音がニューヨーカー並なので、外国人も安心して来られるんでしょう。彼は2、3歳の頃から8年間ニューヨークで暮らしていたそうなんです。じゃあ牧浦、レイモンド・チャンドラーの愛飲したギムレットを作ってくれないか。完成したら巨匠の撮影に回して、それからこちらにお願いするね。

牧浦:この連載の愛読者ですので要領は心得ています。お任せください。

シマジ:ギムレットか。久しぶりだね。このところおれはシングルモルト一辺倒だからね。ところでチャンドラーは昔読んだけど、レシピまで書いてあったかな。

牧浦:チャンドラーはローズ社のライムジュースのことは書いているんですが、ジンについては言及していないんです。個人的な好みでジンはビクトリアン・バット・ジンを使っています。

シマジ:この時間にギムレットを飲むなんて、まさに「ギムレットには早すぎる」だね。稲垣アイリーンさん、これは古典的なカクテルなんですよ。

立木:はい、撮影終了。

シマジ:ではお先にどうぞ。

稲垣:ありがとうございます。うん、美味しいです。もっと強いお酒かと思っていたんですが。

牧浦:稲垣さんのお口に合うように、ジンの量を控えめにしておきました。

稲垣:ご配慮ありがとうございます。

立木:すげえ、ここに『ロング・グッドバイ』の原書が置いてある。

牧浦:それはぼくにとっての“バイブル”でして、何度も読み返しているんです。

立木:このご時世にあって、牧浦はハードボイルドの世界に浸っているんだね。

シマジ:むしろ格好いいじゃないの。

稲垣:お店の名前の「シ・シェル」というのは、どういう意味なんですか?

牧浦:英語の早口言葉の一部をもじった名前です。
“She Sells Seashells by the Seashore.” これは日本の「なまむぎなまごめなまたまご」と同じくらいにポビュラーなものなんです。

稲垣:外国人から見てこの店名は馴染みがあるんですね。

シマジ:たしかにこのギムレットは美味いね。これなら人気があるだろうね。

牧浦:はい、多いときには20杯は出ますね。

立木:我慢が出来なくなってきた。おれにもギムレットを作ってくれないか。

牧浦:喜んでお作りします。

シマジ:タッチャン、そうこなくっちゃ。

立木:それでこのあとはなにを作ってくれるの?

牧浦:うちの特製カクテルをお出ししたいと思います。ぼくは季節のフルーツなどを自分で漬け込んで、それを使ったカクテルを研究するのが好きなんです。時にはその研究が高じて、マッドサイエンティスト、などと異名をつけられたりもしています。次はこの、栗をブランデーに漬け込んだものを使うカクテルを召し上がってみてください。通称「モンブラン」です。

立木:ケーキのモンブランのこと?

牧浦:香りはあのモンブランと一緒です。栗の皮をむかずにそのままブランデーに2ヶ月以上漬け込んでおいて、コーヒークリームと一緒にシェークするんです。漬け込むとき栗には穴を開けておくんですが、そこからブランデーに栗の風味と甘みが出て、まさに飲むモンブラン的なカクテルができあがりました。これが、お客さまにはたいへんご好評をいただいております。

シマジ:それは自分で考えたの。

牧浦:そうです。

シマジ:じゃあ作ってくれる?

牧浦:では3人分お作りしましょう。

稲垣:そのようにシェーカーを体の真ん中に構えて振るスタイルははじめて見ました。格好いいですね。

立木:うん、派手なパフォーマンスとは違って、シックでいいじゃないの。

新刊情報

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である
(ペンブックス)
著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

Bar C~Shell(シ・シェル)
東京都新宿区荒木町9番地 ウインド荒木町 1F
Tel: 03-6380-6226
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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