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第6回 白金高輪 酒肆ガランス 星野哲也氏 第3章 人生は恐ろしい冗談の連続である。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

人生は恐ろしい冗談の連続である。星野にも若い頃、忘れられない苦い経験がある。
かつて星野は芝浦の「タンゴ」という店に勤めていた。“ウォーターフロント”という言葉が広まり、“最先端の遊び場”としてセレブを含め多くの人たちが芝浦エリアを訪れていた頃であった。倉庫を改造したレストラン「タンゴ」も人気があり、連日賑わいを見せていた。窓から水面が揺れるのを見たお客が言ったものである。「ここは東京のベニスだね」
その店に、ある日ミュージシャンのマイルス・デイビスがひょっこり姿を現わした。“ジャズの帝王”“ジャズ界のピカソ”などともいわれ、星野にとっては神さまと仰ぎ見るビッグゲストの来店だった。
ところがマイルスが現れたその夜、あろうことか星野はたまたま休暇を取っていたのである。なにも知らずに翌日店に出た星野は仲間から驚愕の事実を知らされて「マジかよ!」と叫び、こころで泣いた。これほどの恐ろしい冗談があるだろうか。
星野は早熟にも中学生の頃からマイルスに魅了されていた。福岡の実家で、FENのラジオから流れるマイルスの曲をカセットテープに録音し、何度繰り返し聴いたことか。「マイルスを聴いていればクールな大人になれる」星野はそう確信していた。「病膏肓に入る」の譬え通り、寝ても覚めてもマイルスを聴いた。部活ではトランペットの練習に励んだ。
凝り性の星野はついにはマイルスと同じトランペットを手に入れた。「マーティン・コミッティ・モデル1953年型」といわれる名器である。しかし名器は名器でも、所詮それはひとつのツールにすぎない。大事なのはそれを扱う人間の感性であり、表現力であり、生き方そのものである。そのことに自ら気付いたとき、星野鉄也は立派な大人になっていた。

星野:シマジさんはジョークの達人として有名ですが、このジョークはご存じですか。

シマジ:知らない。

立木:それはないんじゃないの。聞く前から知らない、なんていくらなんでも失礼だろう。

シマジ:タッチャン、お言葉ですが、ジョークを聞くときにはたとえそれを知っていても、知らない顔で聞くのがマナーというものなんです。だからこれはジョークとして、聞く前であれなんであれ、知らないと言ったまでですよ。

立木:じゃあ星野、やってみな。

星野:これは以前うちのバーにいらっしゃった立川談志師匠から教わったジョークです。

シマジ:知らない。ホントに知らない。

星野:まず6人の男たちが円になって椅子に座っているんです。次にその周りを褐色の肌の女性たち、シマジさんがお好きなフルボディの、6人の美女が音楽に合わせてグルグル踊りながら回ります。そして「ストップ!」というかけ声で、女性たちがめいめいの男性の前で止まるんです。

立木:うん、面白くなってきたぞ。

星野:そのなかに1人のきれいな食人族の女性が混ざっていたのです。

シマジ:アッハハハ。ジョークとしてはよく出来ているね。

立木:アッハハハ。それじゃシマジも、お返しジョークを一つやってくれ。

シマジ:それではお言葉に甘えてやりましょうか。

立木:それは知らないね。

シマジ:まだなにも言っていませんよ。

立木:さっきのレトリックを真似ただけだよ。

シマジ:アフリカの奥地に布教活動にやってきた神父が、ジャングルのなかでライオンに捕まった。神父が絶体絶命だと思っていると、ライオンが神父の前で十字を切るではないか。「おお、ありがたや。もしかすると、このライオンさまは慈悲深いライオンなのかも知れない」とこころのなかで一縷の望みに賭けていると、ライオンは大きなアクビをしながらこう言った。「神父さん、喜ぶのは早いですよ。おれはママの言いつけを守り、食事の前にはいつも必ずお祈りをすることにしているんだ」

星野:アッハハハ。神父にとっては一難去ってまた一難ってとこですね。

立木:やっぱりジョークは男同士のものだね。資生堂のお嬢はさっきからつまらなさそうな顔をしているじゃないの。シマジ、話柄を変えよう。

シマジ:そうだね。ところで坂上さんはどうして資生堂に入社したいと思ったんですか。

立木:お嬢、月並みな質問でごめんね。

坂上:いえいえ。わたしがまだ学生の頃、初めてデパートに化粧品を買いに行ったときに、資生堂のBC(ビューティー・コンサルタント)さんが、とても親切丁寧にカウンセリングをしてくれたんです。なにしろ生まれてはじめてする本格的な化粧だったのではじめは緊張していたんですが、だんだんきれいになっていくのが楽しくもあり、また衝撃的でもありました。そのときに、化粧はただ表面的に女性を美しくするだけではなく、こころまで豊かにしてくれるということを、身を持って体感したわけです、その気持ちを1人でも多くのお客さまに伝えたい気持ちで資生堂に入社いたしました。

シマジ:こころまで豊かにしてくれる、というのはわたしにも体感的にわかりますね。

立木:まさかシマジはおれに内緒でこっそり化粧なんかして、夜の新宿あたりを徘徊しているんじゃないだろうな。

シマジ:それはさすがにありませんが、資生堂アカデミーで教鞭を執っている矢野裕子先生に毎月1度、ネイルアートをしてもらっているんです。こうして自分の指先が美しく彩られていると、それだけで気分が上がるんですよ。

坂上:先ほどから気になっていたんですが、そのネイルアートは矢野先生にしてもらっているんですか。

シマジ:そうです。いままではパイプを描いてもらったり、自分の顔を描いてもらったりしていましたが、今度、スコットランドにシングルモルトのボトリングに行きますので、親愛の情を込めて右の親指にはスコットランドの国旗、左の親指にはタータンチェックの模様を描いてもらったんです。タータンチェックといえばスコットランドが発祥の地ですが、矢野先生に描いてもらったこのタータンチェックの色と柄は、わたしのバーがある伊勢丹メンズ館のイメージデザインと同じものなんです。

坂上:凝っているし、素敵なネイルアートですね。でも一般の男性でネイルアートをなさっている方はまだ少ないでしょうね。

シマジ:いえいえ、伊勢丹のサロン・ド・シマジでは月に1度、資生堂から矢野先生をお呼びして、SHISEIDO MENを1万円以上買われたお客さまに無料でネイルケアからネイルアートまでサービスしているんですよ。

立木:シマジのコアなファンはそこまでやっているのか。まあ、なんにせよそれで元気になるんだったら結構なことだけど。

星野:ぼくも興味が湧いてきました。

シマジ:そうだよ、星野はマイルス・デイビスの顔かトランペットを矢野先生に描いてもらうといいかもね。マイルスに会えなかった青春の苦くて甘い思い出を矢野先生に話しながら、1時間半くらいで完成する。なにごとも、興味があるならともかく試してみることだよ。自分に合っていればモチベーションが上がる。そういうものをいくつか持てることが人生を幸せに過ごすコツだと思うね。

坂上:なるほど。それにしてもシマジさんのお肌はツルツルピカピカですね。特別なお手入れでもしていらっしゃるんですか?

シマジ:坂上さん、よくぞ訊いてくれました。これも御社資生堂からのえこひいきの賜物で、月に1度山口智代先生にフェイシャルエステを毎回1時間半も受けているお陰でしょう。それからもちろん、SHISEIDO MENを毎日丁寧に塗り込むことです。そうだ、まだ星野の肌チェックをしていなかったよね。坂上さん、よろしくお願いします。

坂上:はい、ではやりましょうか。星野さんの誕生日を教えてください。

星野:1965年8月18日です。

坂上:はい、判定が出ました。Dです。

星野:Dはいいんですか、悪いんですか。

シマジ:Dはいいほうだよ。なにもしていない普通の日本男児はFが多い。

星野:菅原正二さんはどうだったんですか。

シマジ:正ちゃんはたしかBだったかな。

星野:えっ、70歳を越している菅原さんがBで、50代のぼくがDだなんて。

シマジ:正ちゃんは子供のときライオンの肉を食っていたからじゃないの。

立木:それに菅原は太陽にまったく当たらない生活をしているからじゃないか。

シマジ:正ちゃんはわたしがこっそり教えたのでSHISEIDO MENの隠れ愛好者だったりして。

星野:坂上さん、ぼくも明日からSHISEIDO MENをつけて頑張ります。

坂上:是非今夜寝る前からこれらをお使いください。

星野:えっ、こんなにたくさんいただけるんですか。なにかデザートを作りましょうか。

新刊情報

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である
(ペンブックス)
著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

酒肆ガランス
東京都港区白金5-5-10 2F
Tel: 03-6721-7588

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