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第7回 六本木 MIZUNARA CASK 篠崎喜好氏 第4章 ジャック・ダニエルの墓前の2つの椅子の謎。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

どんな職業でも、人が嬉々として働いている姿は美しいものである。今回のイケメンバーマン篠崎喜好さんも、山田バーマンも、伊藤バーマンも皆そうである。朝方まで働いているのに疲れた顔ひとつ見せないプロのバーマンたちである。
資生堂からいらした竹崎まりさんもまた、キャリアウーマンとして仕事に誇りを持っているのが、その溌剌とした姿からうかがえる。
仕事にちょっとでも不満を持っていたりすると、その人の顔つきは悪くなるものだ。第一元気がなくなる。元気こそ正義である。また両親と上司は自分では選べない。上司に恵まれるかどうかはやはり「運と縁とえこひいき」によるのではないだろうか。篠崎さんも竹崎さんも、人生の「運と縁とえこひいき」に恵まれているようだ。

立木:竹崎さんの趣味はなんなの。

シマジ:いい質問です。わたしも訊こうと思っていたところです。

立木:シマジは仕事の話しか訊かないからおれが訊く。

竹崎:趣味は登山です。先月は八ヶ岳の北横岳(2480m)に登ってきました。妊娠、出産でしばらく大好きな登山ができず、ほぼ2年ぶりの登山でしたが、娘を担いで本格登山をしてきました。

シマジ:えっ、凄い話ですね。本格登山ですか。

竹崎:いままで山小屋に泊まったり、テントを担いでアルプスの山々を登ったりしてきました。登山の醍醐味は、頂上でみえる雲海や朝日などの息を呑むような素晴らしい景色です。また頂上で調理して食べるごはんが美味しくて大好きなんです。でもその幸せな時間はとても短いものです。1日あたり10時間くらい、重い荷物を背負って、急な崖道を登り、ときには雨に打たれながら、またあるときはシカの死骸を跨いで歩いたりしながら登って行くんですが、きつくて、辛くて、寒くて、本当にもうやめたいと感じている時間のほうが圧倒的に長いのです。でも登山を終えるといつも「これに比べたら、仕事の辛さなんて大したことないな」としみじみ感じられて、日々の悩みやストレスが解消されてしまうんです。

シマジ:いやいや、畏れ入りました。竹崎さんの精神の強さは登山で鍛えているんですか。

竹崎:いまは子連れですからハードな山を登ることはできませんが、でも来年の夏は少なくとも4回くらいは長野の山に登る予定です。

シマジ:いやはや、今日は脱帽しました。わたしは高校生のときに一関の須川岳という標高1626メートルの登山に挑戦したことがあり、それが生涯で1度の登山経験ですが、結局頂上まで行けずに9合目くらいで挫折してしまいました。同級生4人で登ったんですが、全員で挫折して下山してきました。登山というのはあそこが頂上だと思い登っていくと、またもう1つの頂上が現れる。その繰り返しに参ったものです。

立木:シマジはもともと軟弱なやつだと思っていたが、そこまで情けないやつとは知らなかった。

竹崎:そうだったんですか。でも次から次へと頂上が変わって行くのがいいじゃないですか。それもまた登山の醍醐味だと思いますよ。

シマジ:わたしは登山の醍醐味の醍のところで完敗してしまったんです。その分、海では遠泳をしましたけれどもね。島を見るとすぐに泳いで渡りたくなったものです。若いころは10キロくらいは平気で泳げましたよ。

竹崎:シマジさんは山派ではなく海派だったんですね。

シマジ:篠崎さんはどちらですか。

篠崎:わたしはどちらでもありません。もっぱら飲み派ですかね。お酒はシングルモルトにかかわらず、ワインをはじめ、焼酎も蔵元まで行って、作るところから知りたくなってしまうんです。ラムの世界もブランデーの世界もお酒と名の付く世界は、自分の足で回って学んだつもりです。時間があれば世界中どこへでも、美味しい銘酒を探す旅を今でもしています。バーマンとしてわたしは、お酒の知識に関して片寄りがあってはいけないと思っているんです。

シマジ:その姿勢はさすがプロですね。わたしはまあ、にわかバーマンですから、今はシングルモルト以外に興味がありません。

篠崎:シマジさんは、バーボンは飲まれるんですか。

シマジ:社会人になって25歳から31歳くらいまでは毎晩ジャック・ダニエルを愛飲していましたよ。だんだん深く知るようになってからは、同じテネシー州のジョージ・ディッケルをよく飲んでいましたね。

篠崎:そのジョージ・ディッケルの蒸留所も行ってきましたよ。小さな美しい田舎の蒸留所でした。シマジさんは訪れたことはありますか。

シマジ:わたしはジャック・ダニエルの蒸留所と墓は行ったことがありますが、ジョージ・ディッケルの蒸留所に行ったことはありません。

篠崎:またどうしてジャック・ダニエルの墓まで行かれたんですか。

シマジ:お墓を見ると、その人の生前の人柄がわかるものです。ジャック・ダニエルの墓のそばには、真っ白に塗られた鉄製の椅子が2つ置かれているんです。どうしてかと訊くと、死んだら墓場に椅子を2つ置いてくれというのが彼の遺言だったそうです。生涯独身で名うてのプレイボーイだった彼としては、椅子が1つだと、1度に2人の女が墓参りにきたとき不平等になるといけないから、と配慮したんだそうですよ。

篠崎:ミスター・ジャック・ダニエルはなかなか粋な人だったんですね。

立木:それにしても、たしかに篠崎バーマンのように酒全般を極めないと酒の本質はわからないものなのかもね。

篠崎:お酒は学べば学ぶほどわからなくなってきますから、逆にそこが面白いんです。シングルモルトはイースト菌で発酵させますが、日本の焼酎は酵母菌で発酵させるんです。どうしてそうなったのか考えるだけでも面白いじゃありませんか。

シマジ:しかも篠崎さんの年代までは、どんな酒でもまだ安く飲めたでしょう。

篠崎:そうですね。1989年でしたか、サッチャーさんが当時の中曽根首相に掛け合って酒税法を改正させたのは大きかったですね。オーバーではなく、いまの10分の1か、20分の1の値段でなんでも飲めましたからね。わたしもその恩恵に浴しましたが、でもシマジさんや立木先生はもっと美味しい酒を安く飲まれたでしょうね。その点、先ほどもいいましたが、いまの若者は可哀相ですよね。

立木:シマジは集英社がバックについていたから、湯水の如く金を使い、浴びるように毎晩飲んだに違いないが、フリーのおれはそんな贅沢な思いをしたことはなかったよ。

シマジ:タッチャンより徳島で立木写真館を経営していたお兄さんのほうが贅沢なウイスキーを飲んでいたよね。

立木:いつだったか忘れたが、兄貴がまだ生きていたころ、シマジっていう口から生まれてきたみたいな男を連れて行くからな、と兄貴に言って徳島に乗り込んだんだが、シマジはそのときYSの飛行機が大揺れして酔ってしまい、そのままひと晩元気がなく、兄貴に煽られっぱなしで、しまいには「シマジさんって温和しい人なんだ」と言われて形無しだったことがあったよな。

シマジ:ありましたね。そのときわたしはタッチャンのお兄さんには酒の量も負け、話も負け、すべて負けた夜でしたね。

篠崎:へえ、そんな温和しいシマジさんがいたんですか。

シマジ:すべてはYSの飛行機が悪かったんです。

竹崎:そうですか。そんな無口なシマジさんに会ってみたいです。

シマジ:竹崎さんまでからかわないでください。

立木:シマジ、心配するな。もうYSの飛行機は日本には存在しないから。

シマジ:よかった。

篠崎:それからシマジさん、よくソムリエとシェフはぶつかるでしょう。

シマジ:なるほど、おたがい譲りませんものね。

篠崎:ところがバーマンとシェフは仲がいいんです。ここMIZUNARA CASKのシェフとバーマンはみんな仲良しなんですよ。

シマジ:わかります。だからここのメニューは品揃えが豊富なんですね。今日は開店前にお呼び立てしてしまいましたが、愉しい話が聞けました。ありがとうございました。

篠崎:どういたしまして。こちらこそ面白かったです。ありがとうございました。また個人的にも遊びにいらしてくださいね。竹崎さんも子育てが終わったら、ぜひご主人と来てください。大歓迎いたします。

竹崎:ありがとうございます。

新刊情報

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である
(ペンブックス)
著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

ミズナラカスク
MIZUNARA CASK

東京都港区六本木6-1-8六本木グリーンビル6F
03-5414-3222
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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