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第2回 現代ビジネス編集長 瀬尾傑氏 第3章 セオは取材先で襲われた。

<店主前曰>

セオの実家は大阪で代々続く医者の名家である。男だけ4人兄弟の末っ子に生まれたセオ・マサルだけがどうしたわけか、医者の家系から外れて編集者になった。よく以前正月に兄弟が全員揃っても1人だけ話題についていけない。3兄弟の日本一繁盛している耳鼻科だという病院の宣伝文には兄弟全員医師だと謳っている。可哀想にマサルだけが表舞台からのけ者としてはずされているのだ。そんなことでめげるマサルではない。胸には数々の輝けるスクープの勲章がぶら下がっている。何たって業界切っての”愛妻家”の勲章はほかの編集者がうらやむところだ。
 セオは社会の病巣に鋭いメスで切り込む外科医的ジャーナリストである。その情熱と才能をもって、たった1人で立ち上げたウエブサイトの『現代ビジネス』も早2年経って、軌道に乗せ黒字にした。及ばずながら、わたしもその一助を担っている。いま50本の連載を1人で仕切っている。セオは友情にも篤い男である。日経ビジネスで同じ釜のメシを喰ったミツハシとも仲がいい。ミツハシとは、日経BPの「乗り移り人生相談」のわたしの名相棒、ミツハシのことである。人生って不思議なものだ。いま2人はわたしの大切な担当編集者なのである。作家と編集者の関係はパソコンなどの文明の利器の発達によって、ますます希薄になっている。ところがわれわれの関係は濃密でアナログなのである。

セオ うちのカミサンがこの連載を読んでいるんですよ。「シマジさんはあなたの仕事をちゃんと評価してくてれるのね」て言ってました。

シマジ 本当か、それはよかったね。

立木 セオが「うちのカミサン」って言うのを聞くと、刑事コロンボを思いだす。コロンボも顔は洗ってるが、化粧品は何にも使わないタイプにみえるね。

セオ ぼくはこれを機会にこころを入れ替えて、SHISEIDO MEN 党になりましたから、コロンボと一緒にしないでください。

シマジ セオは、世間の諸悪を暴くところは刑事コロンボに似てなくもない。第一、おまえはいまサラリーマン的編集者が多いなか勇敢だ。なかなか戦時下のイラクになんて進んで行く編集者なんていない。よく出かけていったよな。しかもそのころは総合月刊誌、『現代』の編集者だったんだろう。

野田 怖そうだけど面白そうな話ですね。

セオ ぼくは、事実上戦争状態が続いていたイラクをみたかったんです。フセインがみつかったあの隠れ家に行きたかった。本当にフセインがあんな小さな穴蔵に隠れていたのかどうか自分で同じ穴蔵に横になって入ってみたかったんです。

立木 よくセオの愛妻がそんな危ない取材をOKしたよな。

セオ もちろん保険をかけて行きましたよ。

シマジ 戦闘状態のイラクに行くのによくまた保険に入られたね。

セオ 当時の小泉首相のお陰です。小泉は国会で「あれは戦争ではない」と断言していたから、それを逆手にとって保険に入れたんです。

シマジ おまえ顔に似合わず機転が利くんだね。

立木 どこからイラクに入ったの。

セオ ヨルダンのアンマンからです。現地の事情を調査すると、アンマンからイラクの国境を越えて、バクダッドまでクルマで行くのに、8時間はかかるということでした。しかもイラクのハイウエイはアリババ街道と言われていて、そこはテロリストやゲリラの強盗が毎日出没している。しかし彼らは午前中は寝ているらしいという情報も得た。

シマジ テロリストも編集者も午前中は寝ているんだね。

セオ だからわれわれはアンマンを深夜1時ごろクルマで出発して、アリババ街道のハイウエイを午前中に突っ走ればテロリストの強盗には遭わないだろうと踏んだのです。ところが国境の検問所にまだ暗いうちに到着したのですが、なかなかイラクに入れてくれない。すったもんだしているうちに、時間が過ぎて昼近くになってしまった。そこで困って、自動小銃を持ったアメリカ兵に頼み込んで、何とかそこを通関できたのです。ぼくは非武装中立では何にもできないんだとそのとき実感しましたね。

シマジ アメリカと日本は同盟国にあるわけだから、哀れな肌のあれたセオに手を貸したんだろうな。

セオ イラク兵は日本人は入れないと頑固に拒否するんですが、アメリカ兵と一緒に行って話してもらったら、弱いやつは強いやつには弱く、1発でOKが出た。計画通り朝早くに入国できなかったんですが、午後1時過ぎに出発したんです。

シマジ それではテロリストも編集者も起きるころ、やっと出発できたんだ。

立木 何か嫌な予感はしなかったか。

セオ 目指すバクダッドがもうすぐだと武者震いして出発しました。

シマジ テロリストも金が欲しいから金をもっている外人を狙うんだな。

セオ そうなんです。ぼくと一緒に同行したコラムニストの勝谷誠彦さんがニコンのカメラを2台もっていました。

立木 現金はどれくらいもっていったの。

セオ 現金が唯一のぼくたちの武器ですから短い滞在でしたが、7、80万円、ゲンナマでありましたね。おっかなびっくりアリババ街道を走ってあと1時間でバクダッドに着くというとき、ぼくたちは狙われたんです。ぼくらのクルマを猛烈なスピードで白のホンダアコードが追っかけてきて、ぼくらの前に急停車した。黒いTシャツ、黒いズボン、黒いサングラスを身につけた4人組の男たちが自動小銃をもって降りてきて、ぼくらのクルマの窓ガラスをガンガン叩く。窓を開けると、首筋に大きな口径の冷たい自動小銃を突きつけられて、「金を出せ!」と脅された。まるで映画のワンシーンのようでした。最初の1人に10個くらい現金を分けていた財布の1つを渡すと、次の男がまた銃を突きつける。そいつが目ざとく勝谷さんのニコンに気がつき奪った。またもう一人の強盗に現金の財布を奪われて最後のやつには、またカメラを奪われたんです。いちばん怖かったのは、かれらがクルマに戻り、証拠隠滅のために自動小銃でぼくらを撃つことなんです。幸いそのまま走り去って行きました。実際、襲われたとき怖かったかというと、正直言うと、半分はうれしいと思い、これで自分の面白い体験記のスクープを書けるなと内心思いました。残りの半分は男の死に方としてはいい死に方だな。ジャーナリストの端くれとしては本望だというか、理想の死に方だなとこころのなかで思っていましたね。

野田 さぞ奥さんは心配だったでしょうね。

セオ 結婚する前に、こういう死に方がぼくのジャーナリストとして夢だみたいなことをカミサンに言ったことがあるんです。そしたらカミサンが「そんな無駄な死に方はやめて」と引かれたことがありましたね。

シマジ セオのジャーナリストとしての血が騒ぐんだろうなあ。

セオ それからバクダッドに到着して、先に到着していた戦場カメラマンの橋田さんとその甥っ子で助手の小川さんと合流したんです。ぼくらの総勢は、イラク人の運転手と通訳の計6人です。この6人の決死隊で、それから運命を共にするんです。自衛隊のサマワにも行きました。いちばんの取材目的は、フセインの隠れていた穴に行くことなんですが、地元のイラク人に相談すると、あそこはフセインの本拠地だから、絶対無事には戻れない、まちがいなく命を落とすと言うんです。それでもどうしてもぼくは行ってみたい。フセインがみつかった穴にぼくも横になってみたい、と思ってました。だか、外は、昼夜、銃声の音がひっきりなしに続いている。出発する前日、さすがにぼくも怖じ気づき、勝谷さんに「恥ずかしいけど、あしたの出発はやめませんか。いままでの分で十分原稿になります」と相談したんです。すると勝谷さんが「橋田さんに訊こう」ということになり、相談すると、橋田さんが「うーん、じゃあ、自動小銃をもったイラク人のガードマンを3人雇って行こう。セオさん、いくらお金あるの」と訊くので、ぼくは急にケチになって「1人1日100ドルでしたら払えます」と言ったんです。「じゃあ、おれがガードマンを雇う交渉をしてみる」ということになった。

シマジ すごい話になってきたぞ。ここで、セオ、ネスプレッソ・ブレーク・タイムにしようよ。

セオ シマジさん、これはネスプレッソの連載ではありませんよ。SHISEIDO MENの連載ですよ。

シマジ あ、そうだった。おまえとタッチャンがいるから、おれはてっきり、ネスプレッソの連載とまちがえていた。ゴメン、ゴメン。それからどうなったんだ。

セオ 翌日、3人のガードマンが自動小銃を担いでホテルにやってきた。みんな警察の制服を着ている。おかしいなあと思い、ぼくが尋ねると、1人はティグリートの警察署長だったんです。非番でアルバイトにやってきたそうです。こころ強いんだけど、撃ち合いになったら、講談社軍対フセイン軍みたいな関係になるのか、それはマズいなという気持ちになりました。それから現地まで何とか無事に行けまして、いろんな手をまわして、ついに夢にまでみたフセインが隠れていた穴に到達したんです。そこはみるからに小さくて狭く。どうみても独裁者フセインが隠れていたとは思えない。

立木 シマジ・サロンより狭いのか。

セオ ここのほうがはるかに広いです。実際、ぼくが穴に入ってみたんですが、横になってやっと寝られる狭さでした。フセインは絶対ここに隠れてはいなかったとぼくは直感で思いました。これは現地に行ったからこそ言えます。あれは独裁者の隠れている穴では決してない。痩せても枯れても、フセインはイラクの独裁者ですよ。

立木 そんな穴に入るから、セオの肌はあれっぱなしなんだ。

シマジ やっぱり、セオ、運命的にSHISEIDO MENと出会うようになっていたんだ。これは一種の人生のご褒美かもしれないよ。

セオ フセインはSHISEIDO MEN、使っていたでしょうか。

シマジ 今度、資生堂の丸山部長に訊いておく。

セオ ぼくの推測ですが、フセインはあんな農家の納屋みたいなところで捕まったんじゃなくて、別なところで捕まったんでしょう。でも内通者の安全とかいろんなことを考慮して、アメリカ軍はあそこでみつけたことにしたんでしょう。

シマジ あり得る話だね。それはアメリカのやり方だよな。

立木 たしかにフセインは忠臣蔵の吉良上野介ではないよな。

シマジ どうなんだろう。果たしてイラクからフセインを取り除いて、国民は幸せになったんだろうか。おれはちがうような気がしてならない。イスラム教はスンニ派とシーア派と別れていて、しかも部族がたくさんいる。ちょうどむかしの日本の戦国時代なんだ。フセインは信長みたいな存在だったんだよ。必要悪の存在だった。あんなところに民主主義をもって行くのはいかがなものかとおれは思うがね。

セオ そうですよ。しかも日本の戦後とちがい物資が街に溢れているんです。たった200年ちょっとしか歴史がないアメリカの考えることの大いなる誤算でしょうね。

シマジ バクダッドは偉大なる文明をもっていたんだからね。産業革命までは勝ち誇っていたんだからな。石油の発見がかれらを幸せにし不幸にしてしまったんだ。

立木 この辺でネスプレッソ・ブレーク・タイムとしようよ。

セオ そうしましょうか。

シマジ そうしよう。資生堂名誉会長の福原さんも毎日飲んでるんだから。

野田 わたしもハラハラドキドキで喉が渇きました。いただきます。

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