＜店主前曰＞

徹夜明けのイタモトは、こんな魅力的な浜田雅子さんが目の前にいるのに、ときどき睡魔に襲われる始末だ。それでもイタモトは遠くなる意識を懸命に戻しながら、頑張っている姿は可愛い。男は可愛げがないと女にモテない。シマジサロンのパウダールームで顔を洗ってきたイタモトは、すっきりして再び座談に参加した。それをやさしくみつめる浜田さんはなんと素敵な女性なのだろう。彼女の夫は渓流釣りにうつつを抜かしているそうだが、もったいない話だ。タッチャンはお目々がパッチリのイタモトを真剣に撮っていた。セオは遺影にタッチャンの写真を使いたいなんて言っていたが、イタモトは見合い写真にこれを使えばいいんじゃないか。寛大なタッチャンもきっと許してくれるだろう。ねえ、タッチャン。

立木　シマジがいちばん驚いたコレクターは誰なの。

シマジ　それはシングルモルトを２,５００本も、マンションの部屋に所狭しと置いている山岡秀雄さんかな。

浜田　ここシマジサロンにも所狭しと沢山シングルモルトがありますが、２,５００本って凄くありませんか。

シマジ　おれは、たかが２００本くらいしか置いてないけど、おれのシングルモルトの師匠格、山岡さんは正真正銘の”ロマンティックな愚か者”なんだ。住んでいるマンションの値段より、持っているシングルモルトの総額のほうが高いというんだから、山岡さんのマンションに行った人はみんな腰抜かすんだよ。

立木　それじゃ億単位で集めているってことだな。

シマジ　少なくともおれの百倍はコレクションしているだろう。しかもコレクターって、わりと吝嗇が多いんだ。飲まないでただ飾っている人がいるなか、山岡さんは気前よく高価で貴重なシングルモルトをガンガン飲ませてくれる。この間なんて、わざわざ電話をくれてブラックボウモアを開けたから、飲みにこないって言うんだ。おれは締め切りを沢山控えていたんだけど、西麻布の山岡さんのマンションに駆けつけた。

浜田　ブラックボウモアってバーで飲むと、シングルでいくらくらいするものなんですか。

シマジ　シングルで一杯５万円はするだろうね。

浜田　さっきから観察していますと、こんなに林立しているシマジサロンのシングルモルトのボトルは、全部少しずつ減っていますよね。

シマジ　浜田さん、あなたは鋭い。おれはコレクターではないので買ってくると、必ず１人でシングルを加水して３杯はすぐ味見することにしている。だから、ここには処女のボトルは１本もないんだ。

立木　それってそんな力を込めて自慢する話じゃないじゃないか。ただ単にシマジは、シングルモルトに卑しいヤツだってことだ。

浜田　山岡さんって何をされているかたなんですか。

シマジ　鋭い質問だ。彼は小学館の編集者なんだ。しかも小学館から自分で翻訳したマイケル・ジャクソンの『モルトウィスキー・コンパニオン』というシングルモルトの名著を出している。

浜田　マイケル・ジャクソンって、まさかあのマイケルじゃないですよね。

シマジ　ちがう、ちがう。英国人のシングルモルトの泰斗なんだ。マイケル・ジャクソンって英米ではいっぱいるらしい。、日本で言えば、鈴木一郎みたいなものらしい。

浜田　そうですか。今日は勉強になります。

シマジ　それから山岡さんはアイラ島で開かれるシングルモルトのノージング・コンテストでここ３年連続優勝してるんだ。

浜田　ノージングって何ですか。

シマジ　利き酒みたいなもので、９種類のシングルモルトを当てるコンテストなんだ。アイラが８種類でもう一つ別なところのシングルモルトが混ざっていて、その銘柄を鼻で嗅いで当てる。それを、外国人を尻目に全部当てちゃうんだから、山岡さんは、単なるシングルモルト・コレクターではない。

浜田　凄いですね。山岡さんは子供のときからお父さまの影響でシングルモルトを飲んでいたんでしょうね。

シマジ　ところがビックリすることに、山岡さんは３０過ぎてからシングルモルトを飲み出したそうだ。それまで酒という酒は飲んだことがない。もちろん、シガレットもシガーもやらない。

立木　山岡さんはシングルモルトだけに命をかけて特化しているわけだ。シマジのようにシングルモルトを飲み、葉巻を吸い、派手なお洒落をするし、女の子の尻を追いかけるのとはわけがちがうんだ。まさに山岡さんは求道者だな、

シマジ　だから、おれにとって尊敬出来るシングルモルトの師匠なんだよ。わからないことは何でも訊くことにしている。

浜田　山岡さんには彼女はいらっしゃるんですか。

シマジ　うん、鋭き質問だ。最近、若くて美しい気立てのいい恋人がいるみたい。

浜田　それはよかったですね。わたしはウィスキーと結婚している人とばかり思って心配していました。

シマジ　彼女もシングルモルトが大好きらしいよ。

立木　シングルモルトが取り持つ縁か。

シマジ　よく山岡さんは原価割れのシングルモルトの試飲会をやっている。だから山岡さんの信奉者が沢山いる。

立木　きっとそこで彼女をみつけたんじゃないのか。

シマジ　今度会ったら訊いてみる。

浜田　ほかに凄いコレクターはどなたですか。

シマジ　それなら眼科医の草野達也さんかな。

浜田　その方は何のコレクターなんですか。

シマジ　葉巻。

立木　蛇の道は蛇だね。シマジ、よくみつけたね。

ジマジ　シガーラバーの草野ドクターは、作家の馳星周から紹介してもらったんだ。馳の話は面白い。草野ドクターが、とあるバーで見知らぬ客に声をかけられたそうだ。「草野先生、お宅には何本くらいシガーがあるんですか」「そうですね。数えたことはありませんが、１０００箱はありますかね」と答えたそうだ。たしかに取材で草野ドクターのお宅を訪ねたら、ここのシマジサロンより広く天井も高いウォーク・イン・ユミドールがあった。おれは腰が抜けそうになった。シガー好きなら失神してしまうだろう。何せ、いまは亡きキューバン・ダビドフのキャビネットが、そのシガールームにぎっしりとうずたかく詰まっているんだ。むかし懐かしいラトゥール、ドンペニリオン、イケム、マルゴー、ＮＯ２とか、凄いコレクションばかりなんだ。シングルモルトの日本一が山岡さんなら、シガーの日本一は草野さんだろうね。しかも山岡さんみたいに気前がいい。「シマジさんは同時代でＮＯ２を吸ってらしたんでしょう。どうぞ、いかがですか」って、ボックスごと出してくれたんだ。いまは作られていない幻の葉巻なんだ。

浜田　それって１本いくらくらいするんですか。

シマジ　そうだね、５万円はするだろうね。

浜田　へえ、５万円もするんですか。

シマジ　そのときおればかりではなく、生まれてはじめてシガーを吸うイタモトにも吸わせてくれたんだ。なあ、イタモト。

立木　シマジ、こいつは徹夜で草臥れているんだ。そっとしてやるのが武士の情けというものじゃないか。。

イタモト　は、はい。

シマジ　イタモト、もう一度パウダールームに行って、今度は水で顔を洗ってきな。

イタモト　は、はい。そうします。

立木　イタモトはこの際、寝かしておいてやれ。おれが代わりにしゃべってやる。

シマジ　そうはいかない。資生堂の本社からわざわざきてくれた浜田さんに申し訳ない。

浜田　別にわたしは構いません。

イタモト　ああ、スッキリしました。何の話でしたっけ。

シマジ　野田首相はいつまで保つかって話題をしていたんだよ。

イタモト　それは無理でしょう。今年の１１月まで保つかどうかでしょうね。

シマジ　タッチャン、イタモトはそう言っているけど、どうですか。

立木　野田総理にSHISEIDO MENを贈って使ってもらったらどうだ。

シマジ　どうしてまた。

立木　そうすれば、賢人福原さんの強運のおこぼれがもらえるかもしれないじゃないか。

シマジ　そんな必要ないね。こんな不景気に消費税をあげら、一体どうなるんだろう。

立木　アッハハハ。シマジと小沢一郎が同じ考えなんだ。

イタモト　シマジさんが編集者を引退するとき、小沢さんもきていましたよね。

シマジ　それとこれとは別の問題だ。イタモト、せっかくクレンジングフォームで顔を洗ってきたんだから、もう一度、順番にSHISEIDO MENを使ったほうがいいぞ。

イタモト　そうします。えーと、まず魔法の水のトーニングローションでしょ。これって気持ちいいですね。ほのかな香りが最高です。それからアクティブコンセントレイティッドセラムです。ぼく、これがいちばん好きですね。入れ物が美しい。閉めたときのこの音が何ともいえない。そして、ぼくはまだ若いけど、一気にスキンエンパワリングクリームをたっぷり肌のなじませるんでしたよね。最後にアイスーザーで目元を引き締める。このアイスーザーはもっと刺激的にして、眠気が飛ぶように出来ませんかね。

浜田　無駄な刺激はお肌にはよくないんです。いまのイタモトさんのお肌は生まれ変わったようにピカピカです。きっとこのまま続ければ、将来、素敵なお嫁さんがみつかるでしょう。

イタモト　ありがとうございます。

立木　浜田さん、そのセリフはさっきも言ってなかったか。

浜田　そうでしたかしら。

イタモト　ぼくははじめて聞いたようなような気がします。

シマジ　イタモト、おまえ相当疲れているね。渡辺編集長にイタモトはオーバーワークだと言っておいてあげる。

イタモト　ありがとうございます。今日はうたた寝してしまってスミマセンでした。

立木　イタモト、おまえはもしかすると、大物かもしれないな。

浜田　オーバーワークはお肌に悪い影響がすぐ出ます。

シマジ　イタモト、今日の肌チェックでＥが出たのは、オーバーワークがせいかもしれないよ。

立木　イタモトが居眠りしていた可愛い顔を撮っておいたから、後日送ってあげる。

イタモト　ありがとうございます。そう簡単には、自分の寝顔ってみられませんから、大変嬉しいです。

シマジ　たしかに自分の寝顔ってみたことないよな。