第12回 ゲスト 渋谷 ドンナ・セルヴァーティカ 古屋敷幸孝氏氏 第4章 このバーはまるで古屋敷バーマンの書斎である。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

オーセンティックバー「ドンナ・セルヴァーティカ」の店内は古い威厳のある家具に沢山の本が置かれており、いわば古屋敷バーマンの書斎のようにも見える。嬉しいことに、わたしの近著『お洒落極道』もあるではないか。この世には酒を飲む人と飲まない人がいるように、本を読む人と読まない人がいる。酒を飲んで本を読む人はどんなに幸せか、古屋敷バーマンは知っているのだろう。そういう人は慎んで独りの時間を愉しめる人間である。

立木:最初に飲んだ、カルヴァドスをスパークリングリンゴジュースで割ったものをもう1杯お代わりしたいね。

津田:わたしもお願いします。

シマジ:わたしにもください。ボトルのなかに入っていたリンゴをツマミにしてもう一度「スパークリング・カルバドス」を飲んでみたいですね。

古屋敷:かしこまりました。それでは3つ作りましょう。

シマジ:古屋敷さんは本がお好きなんですね。

古屋敷:はい、好きですね。名著に裏切られることはまずありませんしね。

立木:シマジも本の虫だが、最近はなにを読んだんだ。

シマジ:ベストセラーになった『ワイルド・スワン』の著者ユン・チアンが書いた『西太后秘録 近代中国の創始者 上/下』<講談社>ですかね。これは書友、福原義春さんから「読んでください」と薦められた本です。西太后という女性は中国近代化の立役者なんですよ。それも、日本と同じく男社会であった当時の中国でそれをやってのけた。もともとは手紙も書けない西太后だったんですが、立派な漢文で手紙を書くまでになる。鎖国の中国を、お雇い外国人を使って開国していく。そして当時の4億人の民を率い、47年にわたって統治を続けたんですから、西太后は凄い女性です。悪女、残忍な女帝などというイメージを持たれがちですが、じつは辣腕の政治家だったんです。一方で宦官との秘められた恋や、彼女の肖像画を描いたイギリス人女性との友情など、西太后の知られざる人間性もこの本には描かれています。

古屋敷:面白そうですね。読んでみます。シマジさんが以前推薦していた『HHhH(プラハ、1942年)』(ローラン・ビネ)<東京創元社>には感動しました。

シマジ:あの小説の舞台になったプラハは19世紀の建物がそのまま残っている美しい街ですからね。あの本はプラハを舞台にしたまさに冒険小説ですよね。

立木:シマジはプラハには行ったことがあるのか。

シマジ:一度あります。

立木:プライベートで?

シマジ:いえいえ、取材です。

立木:おれに内緒で行ったんだな。

シマジ:いいえ、タッチャンにほかの仕事が入っていてスケジュールが合わなかったんです。

立木:あの街は男も女も美男美女だらけだっただろう。

シマジ:そうですね。オープンカフェに座って街行く人を眺めていると、まるで沢山の俳優と女優がその辺を歩いているみたいでしたね。

立木:でもなぜかみんなお腹がポッコリ出ているのが可愛いんだよ。どうしてだかわかる?

津田:わかりません。

シマジ:ビールが美味い国だから、みんな子供のときから飲んでいるためでしょう。

立木:ピンポン、その通り。でもみんなポッコリ出ているから誰もそんなこと気にもしていないんだよ。

シマジ:みんながみんな出っ腹じゃ、それが当たり前になってしまうんでしょうか。それにしてもプラハの街並みはじつに美しい。市街を流れるヴルタヴァ川に架かるカレル橋は、プラハ最古の建造物と言われていますが、重厚感あふれる美しい石橋です。橋から見えるプラハの街並み、特に夕景がこれまた世界でも指折りの美しさと言われていますね。

津田:プラハに是非行ってみたくなりました。

古屋敷:はい、出来ました。どうぞ。

シマジ:どれどれ、うん、何杯飲んでもこれは飽きないね。

津田:美味しいです。

立木:さわやかさがいいよね。そうだ、肝心のことをシマジに訊くのを忘れていた。どうしてプラハくんだりまで取材に行ったんだ。

シマジ:それはカザノヴァの取材で行ったんです。彼は晩年落魄してある伯爵のお城に住まわせてもらっていたんです。一応、図書館を整理するという、まあ言ってみれば司書のような仕事をすることになっていたようですが、その城のなかでカザノヴァは退屈しのぎに『カザノヴァ回想録』を書いたんです。そのお城がプラハ近郊にあったんです。

古屋敷:あの浩瀚な『カザノヴァ回想録』をシマジさんはすべてお読みになったんですか。

シマジ:カザノヴァはいままでの人類の雄のなかでいちばんモテた男です。どうしてそんなにモテたのか、その極意を知りたくて全6巻読みました。彼は73歳で亡くなるんですが、もちろん生涯独身でした。

古屋敷:あれは化粧箱入りの立派な本でしたね。

シマジ:そうです。いまは絶版で、親本しかありません。でもきれいなカラーの本で、美しいエロティックな挿絵が入っていましたね。挿絵は古沢岩美、翻訳は窪田般弥訳で、河出書房新社ではなくまだ河出書房の時代の本です。昭和43年ごろに出版された本ですから、わたしが週刊プレイボーイのペーペーの編集者のころに買ったんでしょう。

立木:カザノヴァはいったいどんな風にモテたんだ。

シマジ:例えば、ある晩舞踏会で知り合った美しい婦人と寝たカザノヴァが、あくる晩にちゃっかりその婦人の娘を口説いて舞踏会で踊っていると、婦人がそっと娘に近づいてきて耳元でこう囁くんです。「あなた、この殿方はなかなかいいお仕事をする方よ」すると娘は大きくうなずいた。そうカザノヴァが書いています。

立木:革命前のフランスの上流階級がいかに淫らで乱れていたか。そんなことだから革命が起こったんだよ。

古屋敷:全6巻を読んでいちばん気に入ったところはどこですか。

シマジ:いい質問です。それは何千人もの女性と恋をした、まさに恋多きカザノヴァがこう告白しているところです。「わたしは多くの女たちを死ぬほど愛したが、やはり1人でいる自由こそが最高である」

立木:カザノヴァってシマジみたいに勝手なヤツだったんだな。

シマジ:それよりもなぜプラハはナチスドイツに攻められても武器を持って刃向かわなかったのか。同じようにソ連に侵攻されても抵抗しなかったか。

立木:おい、急に難しいことを言うなよ。

シマジ:いやこれは重要なことなんです。それはプラハの街があまりにも美しいからだったんです。プラハの人たちは戦争で街を破壊したくはなかったんでしょう。

古屋敷:19世紀の美しい建物を無抵抗で守ったんですか。いいお話ですね。

津田:今日はいろいろ勉強になりました。また呼んでくださいね。

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今回登場したお店

ドンナ・セルヴァーティカ

東京都渋谷区神南1丁目3−3 サンフォーレストモリタビル4F
Tel: 03-6416-9272

資生堂ビューティートップスペシャリスト

津田 浩世

ビューティーコンサルタントを経て、 2014年に「資生堂ビューティートップスペシャリスト」に就任。
全国約1万1千人のビューティーコンサルタントの頂点に立つ。

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