第2回 恵比寿 BAR ODIN 菊地貴彦氏 第2章 凝り性の菊地はまた料理の冒険家でもある。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

菊地貴彦バーマンに供されるものは、素材も料理のセンスもすべてが洗練を極めた逸品ばかり、それらはまさに“特別料理”である。先日はそろそろシーズンの、車エビを老酒漬けにしたものを2匹出してくれたのだが、1匹は天然もので、もう1匹は養殖ものだと言う。イタズラっぽい表情を浮かべて菊地バーマンがわたしに訊いた。
「シマジさん、どちらが天然で、どちらが養殖のものか、おわかりになりますか」
「食べてから判断してもいいですか」
「どうぞ、そうしてください」
大きな皿の上に、老酒漬けにされた姿形のいい車エビが2匹並んで乗っている。見た目にはどちらが天然でどちらが養殖かなど区別がつかない。わたしは天然のウナギならば一口食べただけで違いがわかる自信はあるが、車エビの真贋を見極めるというのは初めての試みだった。
「うん、これは交互に食べると違いが歴然とわかりますね。こちらが天然で、こちらが養殖でしょう」
「ピンポーン。その通りです。でもこの養殖は相当にスグレモノで、下手な天然よりも美味いんですよ。とは言え今日の天然は、これまた最上級のものを仕入れてきたんですが」
「うん、天然と養殖ではねっとり感がちがいますね。それからコクでしょう。まあミソの風格が違うんではないですか。それにしても上海ガニの老酒漬けはしょっちゅう食べていますが、車エビの老酒漬けは初めて食べました。この味は菊地さんが老酒にかなりいろんなものを混ぜて作っていますね」
「その通りです。いろんなスパイスを入れています」
凝り性の菊地バーマンは、料理の世界の冒険者であるのだ。

立木:さっきから聞いていると、お嬢は滑舌がいいというか、聞きやすい話し方をするね。

岡田:ありがとうございます。じつはわたしは資生堂に入る前に、熊本の放送局でアナウンサーとして働いていたんです。小さな放送局でしたので、記者も兼ねて現場リポーターもしていました。そんなときはメークも当然自分でやっていました。

シマジ:さすがはタッチャンだね。彼女の発音の良さまでは気がつかなかった。そうですか。でも熊本でしたら、いまは地震の被害で大変でしょう。ご実家はどうなんですか。

岡田:それが申し訳ないんですが、出身は徳島なんです。でも熊本にいる知人の様子が心配でいつも気になっています。早く余震が収まることを祈っています。

立木:えっ!お嬢は徳島出身なの。

岡田:そうです。立木先生は徳島出身の有名人ですから、今日はお会いできるのを愉しみにして参りました。

立木:撮影が終わったら、シマジ抜きでオジサンとゆっくり話そうか。

岡田:わあ、嬉しいです。よろしくお願いします。

シマジ:菊地マスター、次の飲みものはわたしが決めていいですか。

菊地:どうぞ。

シマジ:そこにあるラフロイグ15年を、1対1.3くらいで水としてシェークしてくれませんか。岡田さんとわたしに1杯ずつ作ってください。

菊地:承知しました。

シマジ:岡田さん、このラフロイグ15年のラベルには、ロイヤルワラント(王室の紋章)がついているでしょう。これはチャールズ皇太子の紋章なんです。チャールズ皇太子は無類のラフロイグファンで、毎晩ナイトキャップ(寝酒)として飲んでいるそうです。でも毎回自分の紋章を見ながら飲むのはいやだと言う皇太子のために、ラフロイグはせっかく頂いた紋章を泣く泣く外したんです。ですからいまのラフロイグ15年にはロイヤルワラントはついていません。このボトルはラフロイグの200周年記念ボトルなので、特別に紋章がついています。きっと美味しいと思います。飲んでみてください。

菊地:はい、どうぞ。

シマジ:こうしてまず香りを嗅いでから飲んでみてください。

岡田:うーん、美味しいです。飲みやすいですね。スモーキーな香りがします。チャールズ皇太子が王室御用達として認めたのが、わたしにもわかるような気がします。

シマジ:さすがはタッチャンと同じ徳島出身だけありますね。そこまで言っていただければ、わたしがこれ以上説明することもありません。同じ徳島出身の瀬戸内寂聴先生もお酒が大好きな方で、いまでも飲んでいらっしゃいますが、岡田さんもやっぱりイケる口ですね。

岡田:そうでしょうか。自分ではわかりません。

立木:これは簡単だ。シマジが飲む前に、ボトルとその一杯をこちらに回してくれる。

菊地:失礼しました。写真を撮るんでしたね。

シマジ:菊地さん、タッチャンは寛容の人です。そんなことで気を悪くなんてしないから大丈夫ですよ。

菊地:ではシマジさんのまだ口をつけていないグラスをお借りします。

シマジ:どうぞ、どうぞ。あとでゆっくり飲みますよ。でも最後はやっぱり菊地さんの18番のマティーニにしてくださいね。

菊地:わかりました。

立木:はい、撮影終了。シマジ、こころおきなく飲んでくれ。

シマジ:ありがとうございます。うん、やっぱりロイヤルワラントがついているボトルのほうが美味く感じるのはどうしてなんだろう。それだけ古いからかしら。

岡田:チャールズ皇太子のロイヤルワラントがあるのとないのとでは雰囲気が違いますよね。

シマジ:裏ラベルには小さいながら、一応ロイヤルワラントがついてはいますがね。

岡田:こういう紋章つきのウイスキーはほかにもあるんですか。

シマジ:ラフロイグだけでしょう。

立木:ロイヤル・ロッホナガーは違うのか。

シマジ:あれは王室の別荘の近くにたまたまロッホナガー蒸留所があって、ヴィクトリア女王が蒸溜所を訪れ、ロイヤルの称号を与えたと言われています。なんでも女王は「わたしは死ぬまでこのロッホナガーを飲みたい。気に入りました。ロッホナガーの前にロイヤルをつけてもよろしい」ということになったとものの本に書いてありました。ですが、ロイヤルワラントはついていません。

菊地:ロイヤルの冠がついているのはあとロイヤル・ブラックラがありますね。あれはジョームズⅣ世によってロイヤルの称号をもらった最初の蒸留所です。はい、マティーニができあがりました。どうぞ。あっ、そうだ。撮影するためにまず立木先生に回さないといけませんでしたね。シマジさんの分を撮影しましょう。立木先生、これでお願いします。

立木:マスター、これはおれが飲みたいんでシマジにはもう1杯作ってやってくれる。

菊地:かしこまりました。

シマジ:岡田さん、これは秀逸なカクテルですよ。ジンからベルモットから菊地マスターが手を加えてほとんど自家製にしているんです。

菊地:オリーブも半自家製です。

岡田:どうしてわざわざ、既製のもので済まさずに自家製のものをつくるんですか。

菊地:そうすると角が取れて味がまろやかになるんです。

岡田:うん、美味しいです。いままで飲んできたマティーニより、たしかにまろやかな気がします。

菊地:お待たせしました。はい、シマジさんの分ができました。

シマジ:ありがとうございます。うん、何度飲んでも美味いね。

立木:「これは開高健に飲ませたかった」とシマジが言う前におれが言っておこう。

シマジ:天井に古そうなスピーカーがかかっているね。

立木:シマジは酒瓶ばかり見ているから気がつかなかっただけだよ。おれなんかここに一歩入った瞬間から、いいスピーカーがあるなあって気づいていたよ。

シマジ:これはどこのスピーカーですか。ウッディーなところがいいですね。

菊地:イギリス製のタンノイです。

シマジ:なにか音楽をかけてくれませんか。

菊地:では、これはどうですか。

立木:いい音色だね。ジャズってるね。

菊地:このジャズ、誰が歌っていると思いますか。

シマジ:聴いたような声だけど・・・。

立木:美空ひばり。

菊地:ピンポーン!

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