第12回 ゲスト講談社 生活文化局 局次長 原田 隆氏 第2章 シマジに「こいつ使える」と思われたら大変だ

<店主前曰>

伊勢丹のサロン・ド・シマジの常連のシラカワ・カズヨシは、ここで購入したばかりのパーカーの万年筆で、インクは山栗色を使って、立木義浩巨匠に撮影の礼状をしたためた。万年筆を使うと大人になれる。巧い下手は関係なく、万年筆の字はこころが籠もるのである。このようにサロン・ド・シマジに通うようになって、多くの若者たちが文化的に成長していることは慶賀なことである。
 手紙をもらって驚いた立木先生は、シラカワの自宅にモノクロの写真を1枚送ってきた。わたしと一緒に映っているシラカワの写真は、いつもみているねっちょりとした男ではなく、凛々しいイケメンに映っているではないか。
 たまたま来店していた同じBランクのライバル、モリマサがチャチャを入れた。
「さすがに立木先生は凄い。これはまさに写真の魔術だね。ねっちょり男のシラカワがこんな立派なイケメンに映っているとは、ぼくは嫉妬さえ感じるねえ」常連の長老、ヤマグチがさらにチャチャを入れた。
「もしホストクラブでこの写真の男をみて指名したOLが、シラカワ本人が登場してきたら、『ウソでしょう!チェンジ!』って叫びますわな」
 どんなにオチョクられても、今日のシラカワは泰然自若として相手にしなかった。むしろみんなと一緒に笑っていた。ねっちょり男のシラカワも成長したものだ。むしろ立木義浩先生に撮影してもらっただれにも勝る優越感に気持ちよく浸っている様子だった。
 そこへ、クガ・キョウコが飛び込んできた。
「シマジ先生、うちのダーリンが、今朝、『おれも、目の下に一本シワができてしまった。サロン・ド・シマジに行って、アイスーザーを買ってきてくれないか』というので、参りましたのよ」
「ご主人はドイツ人で白人だから目の下のシワができやすいのでしょう。どうせならこの際、5点セット全部お買い求めになったほうがいいんじゃないですか」
「ぼくたちは、朝晩、2回きちんとシマジ先生にいわれる通りにぬって、やっとBなのですよ」とモリマサとシラカワが隣から美容部員顔負けの強引さでプッシュした。
「わかりました。全部買いますわ」とマダム・キョウコは2人の迫力に気圧されて全部買って帰った。
 こうしてドイツと日本の美しいき夫婦愛がサロン・ド・シマジで華が咲いたのである。

シマジ でもハラダ、50代でDを保っているのは大したものだよ。

水井 そうです。編集者という職業は不規則なんでしょう。

ハラダ ええ、まあ、不規則といえば凄く不規則です。でも慣れですね。

シマジ ハラダは鎌倉の奥から音羽まで通っているんだろう。終電に間に合わないことだってあるだろう。

ハラダ そのときはカプセルホテルに泊まったりします。

シマジ そのときはSHISEIDO MENはお預けだよな。

ハラダ そうですね。仕方ありません。

シマジ 翌日は肌断食ってことか。

立木 シマジもおれも山手線のなかで暮らしているから、その辺は実感としてわかないけど、こないだ資生堂の福原さんがおっしゃっていたけど、東京から帰って大船を過ぎると、ガラッと空気が変わるそうだね。

ハラダ そうです。酸素の量がふえるのでしょう。毎朝、ウグイスの声で目を覚まします。

水井 素敵です。優雅ですわね。

立木 ハラダ、そこに置いてある大きな袋に何が入っているんだ。

ハラダ ああ、これ。これはあとでシマジさんに渡す『アカの他人の七光り』の初稿原稿です。

立木 またおれのことをおちょくっている原稿なんだろう。

ハラダ いや、今回は極めて真面目な原稿ばかりです。

立木 どうしてもシマジと真面目とは、水と油のようにしか考えられない。じゃあ、ハラダ、一本でいいから、真面目なエッセイを読んでみてくれないか。

ハラダ えっ、朗読するんですか。シマジさん、いいですか。

シマジ おれは別にかまわないけど。

立木 これは宣伝にもなるよ。

ハラダ じゃあ、やりましょうか。このようにアトランダムにパッと開いたところを読みましょう。どこを読んでも真面目です。担当編集者のぼくが保証します。

立木 じゃあ、パッと開いたページを読んでみてくれ。

ハラダ じゃあ、ここにしますか。
「『眞サポート』とは、わたしのパソコンのなかに棲む”神さま”のことである。現在わたしはパソコンで原稿を書いている。恥ずかしい話だが、はじめは200字の満寿屋の原稿用紙にモンブランのマイスターシュテュックの万年筆で書き、それをみながら一太郎で雨垂れ音のごとく、ポツポツと左右の一本指で打っていた。いまはマシンガンとはいかないが、速くなって一本指の早撃ちマックになった。
 これは集英社インターナショナルを引退する一年前から、有能な部下の佐藤眞に手ほどきを受けたお蔭である。売文の徒となり一人でパソコンの前で仕事をしているとき、突然、画面がヒステリーを起こしてフリーズすることがよくある、逆上したわたしは早朝であろうと、深夜であろうと眞に電話して助けを求める。

 眞は石神井の自宅から駆けつけてくれる。何度もそんなことをやっていたら、コンピュータの天才が『わたしがシマジさんのコンピュータのなかに入りましょう』といった。いまでは『眞サポート』という窓がわたしのパソコンに張り付いている。原稿を書いて画面がジャミングすると、眞に電話する。すると眞が現れて、わたしの代わりに遠隔操作してあっという間に直してくれるのだ。
もちろん眞がわたしのメールを読もうと思えばすべて読めるだろうが、わたしは眞に隠すものはない。眞はそんな下品な人間ではない。眞はまさにわたしのパソコンの神さまなのである。まったくもって、眞なくしてはわたしはパソコンライフをやっていけない。
 最近はじまったネットの『現代ビジネス』の対談の原稿もわたし自身が書いている。これは横書きでやっている。枡目の200字の原稿用紙とはまったく送稿方式がちがって、わたしの手に負えない。仕方なく瀬尾編集長に早朝わたしの仕事場にきてもらって、瀬尾のパソコンに送稿してもらっている。『これではむかしの原稿取りとまったく変わりません。お願いですから眞さんに教わってください』
 神さま、仏さま。眞さまだ。この横書きのフォーマットもじつは眞に作ってもらったのである。
『いいですよ。いつでも眞サポートをヒットしてください』と眞は快く助っ人になってくれるのだ。が、そろそろ自力で瀬尾に送稿できるようにならないといけないなと思っている。
 以前、パソコンで書いた原稿が何度もどこかに消えてしまって、頭に血が上ったことがあった。あのときの衝撃はいまでも忘れられない。だから書き終わるとすぐコピーを取ることにしている。わたしの稚拙なパソコンライフは原稿を作成することがメインであり、あとはメールとウェブの『乗り移り人生相談』『現代ビジネス』『資生堂メン』を読む愉しみとたまにアマゾンで本を買うことだけである。
 20年前、トロンの発明者、坂村健教授に「教授、わたしにパソコンを教えてください」とお願いしたら「いやいや、パソコンのほうからシマジさんに近づいてきますよ」といった。たしかに、眞サポート付きだが、パソコンはグングンわたしに近づいてきている。
そろそろ映画もパソコンで予約したい。どこへいくときも、何時に恵比寿駅を出発するか検索できるようになりたい。情けないことに、いまでもまだ集英社インターナショナルの小林恵理子女史にお願いしてメールで教えてもらっている有り様なのである。」

立木 アナログ人間のシマジらしい話だね。でも眞は可哀想にいまでもこき使われているんだな。

ハラダ シマジさんに「こいつ使える」と思われたら、もうオシマイです。一生コキ使われますよ。

立木 たしかにそうだ。おれをみればわかるよな。トモジなんていまでもマグナカルタで使われているもんな。

ハラダ でもトモジさんは名文家ですね。マグナカルタの南伸坊さんの「本人事件簿」のトモジさんの文章には、思わず笑っちゃいますね。でもシマジさんといると、面白いからついついみんなついて行っちゃうんです。

立木 これで面白くなかったら、おれはつきあっていないよ。でもハラダ、よくぞ『アカの他人の七光り』ってつけたね。

水井 面白そうですね。わたし、買います。

立木 やっぱり、シマジ、朗読してよかったろう。これで100冊は売れるぞ。

シマジ ありがとうございます。

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