アウトサイダー・アート
「ヘンリー・ダーガーが生んだ少女たちの王国」
1997年1月14日〜 2月16日

ザ・ギンザアートスペースでは、1991年から毎年アウトサイダーアートの作家を紹介
してきました。今回のヘンリー・ダーガーは、ウィリアム・ホーキンス、ビル・トレイラ
ー、アロイーズ、マッジ・ギル、カルロに続き6人目となります。

5歳から7歳くらいまでの少女たちが画面を埋めつくし、遊び回ったり、兵隊と戦ったり、
時には拷問をされたりする様子が描かれたヘンリー・ダーガーの作品。ヒロインの少女た
人と戦うという架空の世界を生みだしたダーガーは、死の年まで人に知られることなく、
アパートで一人孤独の中でこの世界の物語を描き続けました。しばしば裸で描かれ、男性
器がつけられた少女たちを描いたダーガーの作品は、子供服の広告や新聞、雑誌に載った
少女の写真、漫画の登場するキャラクターなど、見つけられる限りあらゆる少女の画像を
切り集めたものを、コラージュしたり、画像をトレースしたりして作られています。展覧
会では、淡く優しい水彩の色調の中に、独特のサディズムとヴァイオレンスを内包したダ
ーガーの世界を紹介します。

ヘンリー・ダーガーは、1892年にアメリカ、イリノイ州シカゴに生まれました。幼少
の頃、母が妹の誕生とともに死に、生まれた妹もすぐに養子に出されました。ダーガーが
孤独のうちに執拗に描きつづけた少女の原形は、現実に会うことなく失ったこの妹ともい
えます。8歳になるとカトリックの少年施設の入れられ、その後知的障害児のため施設へ
と送られました。16歳でそこを出た後、71歳で足を痛めるまで病院で掃除夫や皿洗い
などの仕事をして生活を支え、1973年81歳でこの世を去りました。
ダーガーが、部屋を出た後に、家主である写真家のネイサン・ラーナーがその部屋に見つ
けたのは、彼が生涯をかけて制作した手製の本でした。この本は、タイプ打ち原稿で15
巻の15145ページにも及び、大きいものでは、幅が3メートルにもなる87点のコラ
ージュを施した水彩画と、67点の鉛筆による素描で飾られていました。病院の仕事を終
えて夜になると、ダーガーは『非現実の王国として知られている国の、ヴィヴィアンの少
女たちの物語。あるいは子供奴隷の反乱が引き起こした、グランデーコ=アンジェリニア
ン戦争の嵐の物語』という非現実のもう一つの世界を創りあげることに夢中になりました。
ダーガーが、この物語を書き始めたのは19歳の時でしたが、思春期の込み入った性的空
間は、その後正しい知識を得ることなく、少女たちに男性器を与え、そして彼女たちの拷
問や虐殺といった残虐な場面を生みだしました。これらは、ダーガーの作品の大きな特徴
となっていて、アウトサイダー・アートの中でもひときわ異彩を放っています。
今回は、作品14点とともに、ダーガーが過ごした部屋の様子も写真資料で紹介します。

ヘンリー・ダーガー(Henry darger)略歴
1892年4月12日アメリカ・イリノイ州シカゴに生まれる。
1896年(4歳)その年の誕生日の直前、母が産床敗血症でなくなる。その際生まれた妹も
すぐに養子に出される。その後身体に障害のある父親に育てられる。
1900年(8歳)カトリックの少年施設に入れられ、その後知的障害児ののための施設に移
される。
1909年(17歳)サン=ジョゼフ病院の皿洗い兼掃除夫の職を得る。以降、シカゴのいくつ
かの病院を転々としながら71歳で足を傷めるまでこの仕事を続ける。
1973年(81歳)死去。
主な展覧会
1979年「アウトサイダーズ」展 ヘイワード・ギャラリー(ロンドン、イギリス)
1991年「セルリンガー」展 マルメ美術展(マルメ、スウェーデン)
1993年「パラレル・ヴィジョン」展 ロサンゼルス・カウンティ・ミュージアム
(ロサンゼルス・アメリカ)、レイナ・ソフィア国立美術館(マドリード、
スペイン)、バーゼル・クンストハレ(バーゼル、スイス)、世田谷美術
館(東京、日本)
1993年「ヘンリー、ダーガー」展 アール・ブリュット美術館(ローザンヌ、ス
イス)
1996年「ヘンリー・J.ダーガー:ザ・アンリアリティー・オブ・ビーイング」展
アイオワ大学美術館(アイオワ、アメリカ)
1997年「ヘンリー・J.ダーガー:ザ・アンリアリティー・オブ・ビーイング」展
アメリカ・フォーク・アート美術館(ニューヨーク、アメリカ)