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資生堂は明治5(1872)年、漢方薬が主流の時代にあって、日本初の洋風調剤薬局として東京銀座に誕生した。創業者の福原有信は海軍病院の薬局長で日本にはない医薬分業システムの実践を志し、資生堂を開業した。資生堂という名称は、中国の古典『易経』のなかの一節「至哉坤元 万物資生」に由来する。この一文は「大地の徳はなんと素晴らしいものであろうか。すべてのものは、ここから生まれる」という意味。そこには、新たな文化を生み出そうとするフロンティア・スピリッツが感じられるとともに、西洋薬学に基づく新事業を興すにあたり、東洋哲学から命名するという「和魂洋才」の考えがあらわれている。
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