OTONA BIBLE

夢を実現するための 「逆算思考」

[CM・映像 ディレクター]

森ガキ侑大

2017.03.15

1983年生まれのCM・映像 ディレクター、森ガキ侑大。来月から放映されるウーノ新CMの監督だ。
美大や映像系の専門学校出身ではない、言わば叩きあげの映像作家としてデビューし、今や「グラブル」、「dマガジン」、「ソフトバンク」など、誰もが知っているCMの企画/演出を手がけている。
地元広島で一人映像制作をしていた大学時代から、福岡でのCM制作、そして東京へ。自らの夢を実現すべく邁進した、その努力の背後には、彼ならではの「逆算の思考」があったという。この秋には、初の長編映画『おじいちゃん死んじゃったって。』(主演・岸井ゆきの)の公開も決定している森ガキの過去・現在・未来を聞いた。

CHAPTER 1

過 去

どうすれば映画監督に
なれるのか?
誰も知らなかった

レンタルビデオ屋のオススメは片っ端から見まくった

高校までは、ずっと陸上競技をやっていました。種目は800メートル走。大学の推薦が取れるくらい一生懸命やっていたんです。ただ、先のことを考えると、やっぱり陸上では厳しいかなと思って。それで高校の終わり頃、大学の推薦もお断りしてスパッと陸上をやめてしまうんです。その頃から、近所のレンタルビデオ屋さんに通って、映画を見るようになりました。特に映画に詳しいわけでもなかったから、お店の人が選んだベスト10とかを片っ端から見て、そこで気づいたんです。見る映画によって、自分の気持ちがすごく左右されることに。それまでは自分の進路について悩んでいたのに、ある映画を見たら「明日から頑張ろう!」って素直に感じたり。見る人の感情を動かすことのできる映画って、すごく面白いと思いました。そこからですね。漠然と、将来は映像業界で働きたいと思ったのは。

映画監督のなり方がわからない

高校卒業後は美大や映像の専門学校に行こうと思い立つのですが、母親に止められました。「今、映像だけで食べているのは、ビートだけしぐらいだけど大丈夫なのか?」って。まあ、いろいろ間違っているんですけど(笑)。地元の広島を離れて関東の美大に行ったら、アルバイトに追われて自分の作品を作る時間がないという意見は、一理あるなと。それで広島の大学に進学して……大学時代は、授業もそこそこに、ドキュメンタリーを撮ったり、演出を学ぶために劇団に入ってみたり、一人で試行錯誤してました。
就職活動中は、映画監督の求人を探しました。でも、大手の映画会社の募集はプロデューサーだけでした。みんなどうやって映画監督になっているんだろうと思って、東京の制作会社に直接足を運んでいろんな人に話を聞いたりしました。だけど、どうやったら映画監督になれるのか、全然わからないんですよ(笑)。具体的にどうすれば映画監督になれるのか、現場の方は誰も答えを持っていないんです。
ただ、その頃、中島哲也さんのように、広告業界から映画監督になっていった人が当時目立っていました。そういう道もあるのかなと広告の勉強を始めたんですが、東京にある大手の制作会社の募集は、もう全部終わっていて。名古屋と福岡だけ、まだ募集していたので、まずは地方でいちばんになって、それから東京に行こうっていう作戦をひそかに自分の中で立てて……縁もゆかりもない福岡の映像制作会社に就職しました。

福岡時代があったから今の自分がある

それから3、4年、福岡で働いたんですけど、あの頃があったから今の自分があるんだなって思うぐらい勉強になりました。福岡の人たちは、東京に負けないぞっていう意識がすごく強い。といっても、福岡の予算では、普通にやったら絶対東京には勝てない。そこで福岡の人がどうするかといったら、もうアイディアで勝負するしかない。予想を裏切るような企画、過激な企画をやるしかないっていう。そこで培った大胆な発想力は、今も自分の中に活きています。そのあとようやく東京に出てくるのですが、当時は本当にお金がなくて。僕が今も所属しているディレクターズ・ギルドという団体は、毎月のお給料が出ないんです。ただ、仕事や人の紹介は、どんどんやってくれるので、毎日いろんな会社に顔を出して、ひたすら広告の企画を出したり、CMメイキングの仕事をしたり、何でもやっていました。

自分から行動しないと物事は絶対に進まない

やめたいなって思ったことはあります。挫折もいっぱいしたし、とにかく生活が苦しかった。その頃、親に「あと3年、東京でやってダメだったら広島に返ってこい」って言われたんです。当時27歳ぐらいだったから、30歳までってことですよね。それまでにものにならなかったら、広島に返ってきて地元でちゃんとした仕事につけと。だから、何とか結果を出そうと、できることはすべてやって……その頃から、30までにちゃんとするためには、今、何をすべきかっていう「逆算」の思考で物事を考えていました。ただ、当時は本当に切羽詰まっていて……その頃の記憶があんまりないんですよ(笑)。それぐらい毎日必死でした。アポなしでレコード会社に行って、ミュージックビデオを撮らせてくださいって、いきなりお願いしたり。一度思い立ったら、実際に動かないと気が済まないというか、行動力は絶対大事だと思うんです。自分から行動しないと、物事は絶対に進まないので。

相手が求めていることを察知する理解力

そうやって仕事をしていく中で僕が撮った、武蔵野銀行という地方銀行のCMが、ACC※という広告賞に選ばれて……それをきっかけに、大手広告代理店の方から声を掛けてもらえるようになりました。28歳のときでした。そこからソフトバンクをはじめ、大きいプロジェクトに携われるようになって。もちろん自分の作品を気に入ってもらえたからというのはあると思いますけど、恐らく一番の理由は、その頃の僕が絶対にノーと言わなかったから。みんなが断るようなことも、ノーと言わずにやりました。あと、向こうが求めているものをすぐに理解して提示することをかなり意識していました。相手が求めていることを察知する理解力は、広告に限らず、すべての仕事において大事だと思います。
※ACC・・・全日本シーエム放送連盟

世の中の人がどう感じているかを知ること

その話とも通じるのですが、世の中の人は何をもって心動かされるのか――それを考えることは、映像を作る上ですごく大事だと思います。CMも映画も全部一緒というか、人の心を動かすものという意味では全部同じ。作り方は違うけれど、同じものを軸にしている。それを知るために、自分が感じていることはもちろん、世の中の人がどう感じているかを知ることもすごく重要です。
僕は3年ぐらい前に、『ゼンマイ式夫婦』という短編映画を撮ったのですが、それも結婚している友だちから聞いた愚痴がもとになっています。みんな相手への不満しか言わない(笑)。それは何でだろうと考えたら、相手を道具だと思っているからなんです。自分の世話をしてもらうための道具。そこから、背中にゼンマイのついた夫婦がお互いのゼンマイを回し合うというアイディアが出てきたんです。つまり自分のために相手のゼンマイを回し合うという。

「ゼンマイシキ夫婦」

「ゼンマイシキ夫婦」

CHAPTER 2

現 在

これから先10年残るような
CMを作りたい

鏡の前=unoにしたい

僕は現状、CM制作が7割、残りの3割がドラマや映画、ミュージックビデオという形で映像の仕事をしています。CMの監督をする場合、いちばん意識するのは、やはりその企業のイメージを良くすること、その商品が売れるようにすること――なのですが、そこにもうひとつ、「あの企業のあのCMが良かったよね」と、ずっと言われ続けるようなものを作りたい。
20代の半ば頃、銭湯に行ったとき、中学生たちが鏡の前でunoのテーマソングを口ずさんでいるのを見ました。それが理想というか、「鏡の前=uno」となるようなものを作りたいんです。今の時代は、情報がとにかく多いので、1・2年経ったら、大概のCMは忘れられてしまう。そういう中で、10年残るCMを……本当は50年とか100年残るCMを作りたいけど、そうすると今度は目の前の世の中が見えづらくなるので、まずは10年、みんなの中で「あのCM良かったね」って言われるものを目指しています。

かっこつけてるだけでは、かっこよくない

unoの新CMのポイント――竹野内豊さん、窪田正孝さん、野村周平さんの御三方は、みなさんスターなので、まずは「あこがれ」です。CMを見た人たちが、あこがれるようなものを作りたいというのが、最初にありました。ただ、それを単に「かっこいいでしょ?」っていう見せ方ではなく、竹野内さんだったら竹野内さんの人間味を出した上で、かっこいいものにしたいと思っていました。「かっこよさ」っていうのは、ただかっこつけているだけではないというか、ときにはドジを踏んでしまうような、愛嬌のある「かっこよさ」だってあると思うから。そういう「かっこよさ」が、今の若者たちの「あこがれ」に繋がっていくんじゃないかと思っています。

時代とともに変化する「かっこよさ」の定義

今は、昔よりも「照れ」の意識が強いと思います。キメキメにかっこつけるのは、ちょっと恥ずかしいというか。あまりクール過ぎても、そこにあこがれは生まれない。「かっこよさ」っていうのはファッションと同じで、時代によって変わるものだと思います。たとえば、昔は寡黙な人がかっこよかった。今は容姿はかっこいいけど、中身はそれとちょっと違うというか、ギャップのある人のほうがかっこよかったりする。それは、竹野内さんと事前に打ち合わせしたときにもおっしゃっていました。「かっこいいだけのものは撮らないでね」って。なので、それを僕なりに解釈しながら――でも、画面のトーンは、かっこよくしようというのは決めていたので、そのギャップみたいなものを意識しながら、今回のCMは作りました。

CHAPTER 3

未 来

CMと映画のあいだを
行き来する存在

CMの仕事は、やっぱり映像制作の花形

広告の仕事は、やっぱりすごく面白いです。映像の仕事の中でも、いちばん華やかというか、花形の仕事だと思うので。それは、予算的なことを考えても――たまに、自分と同い年ぐらいの映画監督と話すんですけど、みんな予算がないと言っていて。もちろん、予算がないのはしょうがないことだけど、その状況に慣れてしまうと、どうしてもアイディアそのものが小さくなってしまう気がするんです。新しい技術も、CMから始まることが多かったりするので。そういう意味で、僕はすごく広告の仕事に助けられていると思います。だから、今後も広告の仕事は続けていくつもりですが、その一方で、広告の世界で培ってきたものをもとに、映画やドラマを撮ってみたいという思いもあります。それで映画『おじいちゃん、死んじゃったって。』を撮りました。(2017年秋 公開決定)

10年先、20年先に残るような映画を

この映画は、おじいちゃんのお葬式をきっかけに、主人公の女の子が死について考えるようになるという物語で……ひとことで言うと、死をテーマとした家族映画です。最近身近な人が亡くなるなど、死について考えることが増え、このテーマでやってみたいと思いました。いわゆるCM的なものというか、流行りの題材で撮ろうと思えば撮れると思うんですけど、そういうものって、それこそファッションと一緒で、時代の変化によって、忘れ去られていくものが多いと思うんです。でも、家族とか死というものは、普遍的な要素がある。先ほどの話じゃないですけど、映画を撮る上でも、10年先、20年先に残るものを考えています。なので、今後は広告をやりながら、ドラマや映画とかにもどんどん挑戦していって、そこで学んだことを今度はCMの世界で活かしたり。そうやって、CMと映画やドラマのあいだを行き来するような存在になれたらいいなって思っています。

「おじいちゃん、死んじゃったって。」
(2017年秋 公開決定)撮影風景

逆算

今振り返って大事だったと思うのは、物事を逆算して考えることかな。2年後、3年後に自分がどうなっていたいかを具体的に考えて、今何をすべきかを逆算する。もちろん、逆算して行動しても、計画通りにいくとは限らないし、僕自身失敗したこともたくさんあります。毎日考え通りに行動できる人なんてほんの一握りだと思うし、追い込み過ぎて、身体を壊してまうこともあるかもしれない。
ただ、成し遂げたいことがあるなら、逆算して考えるしかないです。それが当たり前というか、運というのは、その先に訪れるものだと思うから。何もしないまま待っていても、絶対に運なんて転がってこない。その発想は、陸上をやっていた頃から、30歳をリミットに働いていた上京時代、そして今も続いています。

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