OTONA BIBLE

「作り続ける中で見えてきた、究極の“普通”を求める姿勢」

[バイオリン製作者]

松上一平

vol.2

2017.09.29

2012年にイタリアで三年に一度行われる弦楽器製作コンクール「クレモナ・トリエンナーレ」で30歳以下対象の最優秀賞「シモーネ・フェルナンド・サッコーニ賞」を受賞したバイオリン製作者・松上一平。彼の仕事へのこだわりは「“普通”であることを追い求める」というもの。一つ一つのバイオリンにじっくり向き合う中で何を思い、今の考えに至ったのだろうか。日頃なかなか知ることのないバイオリン製作者の頭の中を探ってみた。

CHAPTER 1

バイオリン製作という選択

バイオリンの魅力に惹かれ、
製作の道へ。

「いろんなことに関心があった」思春期

_高校卒業後の進路を考えていく中で10歳から習っていたバイオリンと、もともと好きだった「工作」や「美術」とが結びつきバイオリン製作者を志すようになったという。

「バイオリンは母親に連れられてなんとなく始めましたが、練習嫌いでしたし習っている事になんとなく気恥ずかしさもあり友人には内緒にしていました。小さい頃から野球をやっていたので、どちらかというと体育会系の少年時代を過ごしました。 学生のころはいろんなことに関心がありましたが、明確に何になりたいというものがありませんでした。ただ、美術や工作が好きだったので、何かの職人やモノづくりに携わる仕事をしたいなと漠然とは考えていました。いざ具体的に進路を考えなければならない時になって、これまで習っていたバイオリンと好きだったモノづくりが結びついて、バイオリン製作という仕事に関心を持つようになりました。そこで、習ってはいたもののそれまでは退屈・窮屈というイメージを持っていたバイオリンや、関心が薄かったクラシック音楽にしっかり向き合ってみようと思いました。手始めに、巨匠と呼ばれるハイフェッツ演奏のチャイコフスキーのバイオリン協奏曲のCDを聴き、鮮烈な印象を受けたことを今でも覚えています。 意識してバイオリンという楽器、クラシックという音楽に向き合うと、作曲家や演奏家それぞれの個性がぶつかり合う格闘技のようで、これはすごくカッコイイ世界だなと思うようになったんです。作曲家や演奏家だけでなく、その音を作る楽器の製作者も含め、それぞれが人生をかけて作り出したものがまじりあって芸術として完成する事に大きな魅力を感じるようになりました。そんな世界に惹かれ、バイオリン製作の道に進む事を決意しました。」

上京してバイオリン漬けの日々

_高校卒業後、東京のバイオリン製作の専門学校に進学。バイオリン製作に向き合い続けたこの期間は、どのようなものだったのだろうか。

「まずは刃物を研ぐ、道具を作るということから始まります。基本的な道具の使い方や手入れを学び、二ヶ月ほど経った頃にようやくバイオリンの木材を扱い始めるんです。バイオリンを作る事より木工の基本を身につける事が一番の目的で、その中で二年間かけてしっかりしたものを一台作るという方針でした。じっくり丁寧に作っただけあって最初のバイオリンは今見てもそれなりによくできていると思います。はじめのうちはなかなか完成が見えず、フラストレーションがたまる事もありましたが、そこでの経験が今の自分の基礎になっています。ただ、バイオリン製作のメソッドは一つではないので、バイオリン製作に対する様々な考え方を知りたいと思い、一年生の途中からは都内の楽器店で見習いとして修理の仕事をはじめ、専門学校卒業後もしばらくお世話になりました。学校と楽器店の両方で学ぶ環境があったおかげで、常にバイオリンに触れる日々を過ごすことができました。休みの日にはよくクラシックのコンサートにも行きましたね。東京はいつでもどこでもコンサートをしていますので。」

卒業後、一般的ではないキャリアの積み方を選択

_日本人製作者の多くは、長年楽器店などでの修理の仕事をしながらその合間に自分のバイオリン製作を行うというのが一般的なキャリアの積み方だそうだが、松上はまもなく故郷の山梨を拠点に、製作中心の生活にシフトする。

「卒業後は修理の仕事がメインになっていましたが、やはり自分のバイオリンを作りたいなという思いが強くなってきて、地元の山梨に戻り、バイオリン製作に専念する環境を整えようと決めました。山梨は東京とのアクセスも良かったので、週二日東京に通い修理の仕事をして、あとは山梨で製作に専念。ただ、一般的ではない進路を選択した事に、楽器店の親方や同業者の仲間にはかなり心配されましたが…。」

CHAPTER 2

故郷・山梨で
製作に没頭

「意地」から「いい楽器を作りたい」
--心境の変化

見知らぬ人に楽器を気に入られる喜び

_こうして故郷・山梨にて本格的なバイオリン製作をスタートさせた松上。

「形にするだけなら誰でも出来るバイオリン製作。プロとアマチュアが明確に線引きされているわけではありません。この頃は自分の肩書きや存在価値について悩む事もしばしばありました。自作のバイオリンを商品として楽器店に納品し売買が成立した時に初めて、自分を“バイオリン製作者”と名乗っていいのかなと思いました。」

_そんな製作者としての駆け出しの頃、特に「印象に残っているバイオリン」はどんなものなのか尋ねてみた。

「やはり初めて楽器店に納品したバイオリンですね。そのバイオリンは12歳の男の子が買ってくれたんです。その男の子は分数楽器(子どもが使用する小さいサイズの楽器)から買い替えの時期で親御さんと一緒に楽器選びに来店したそうです。その後、親御さんとお話する機会があったのですが、自分のバイオリンを試奏した時に『音がキラキラしてる』と言って即決してくれたそうです。自分と縁もゆかりもない人たちが、決して安価ではない自分の楽器を気に入って買ってくれるという事に毎回感動しています。」

コンクールで感じた自信と課題

_山梨に拠点を移してから数年後、松上はイタリアでの弦楽器製作コンクール「クレモナ・トリエンナーレ」にて入賞することになる。長年作り続けてきた中で、ついに大きな舞台で評価される機会が訪れた。

「普段ひとりで製作をしているとつい視野が狭くなってしまいがちです。海外のコンクール等に出展して客観的に評価をもらうのはとても大事なことです。入賞したクレモナのコンクールでの評価基準は、製作の技術と音響の評価に分かれていて、技術評価では木工技術の精度や全体的なスタイルなどで評価されます。その後音響の評価が加わり点数がでます。特に音響の評価は審査員の好みによるところも大きいですね。入賞できたのは、何か飛び抜けて評価された項目があったわけではなく、悪い点数がつかなかったからだと思っています。それなりに自信をもって製作したものだったので、評価された事はもちろん嬉しかったですが、このような大きなコンクールでまさか入賞できるとは思っていませんでしたし、最初に聞いたときは間違いかもしれないと思いました。コンクールでは製作者がわからないように提出するので、もしかして他の人と間違ってしまったのではと…。現地に飛んで、受賞作として展示された自分の楽器を確認してやっとホッとしました。もともと好きだったビオラ(中音域で優しく暖かい音色が特長のバイオリン属の楽器)が、このコンクールで入賞したこともあり、次第にビオラを作ることがメインとなっていきました。」

_この入賞によって、松上の心境にはどのような変化があったのだろうか。

「実は、自分が入賞した喜びよりも優勝した女性製作者のビオラを見た時の衝撃の方が大きかったです。こんなに素晴らしい楽器を作る人がいるんだと。入賞しなかった楽器でも、洗練された素晴らしい楽器が他にもたくさんあり、自分もそのようにもっと魅力的な楽器を作りたいと思いました。入賞したからといって軌道に乗ったとか自信になったとは思っていません。ただ、たくさん作ってきた中で楽器の見方も変わってきて、見えてくる景色も広がって…以前は製作者として“成功したい"というような意地が原動力だったのが、純粋に“いい楽器を作りたい”という心境に変わってきています。」

CHAPTER 3

目指すのは
究極の“普通”

“普通”を目指して、
答えのない中を進んでいく。

今考える“いい楽器”とは

_「純粋にいいものを作ろう」--そのような思いに変化していく中で、松上が今考えている“いい楽器”像はどのようなものなのか聞いてみた。

「造形的にも音響的にも、目指しているのは“普通のバイオリン”です。 この言葉は恩師である山田聖先生(ドイツ国家資格バイオリン製作マイスター)から頂いた言葉です。造形的には、普遍的で自然な伝統美を備えたもの。音響的には、主張しない音、奏者の声になれる音。そういう楽器が、普通であり、良い楽器であると思っています。 手工品であるバイオリンには製作者の個性や自分らしさがおのずと反映され、意識しなくてもにじみ出るものです。それが本物の個性であり自然な造形美に繋がります。当たり前の事をして当たり前に作っていくこと、つまり“究極の普通”を追求する事が、“究極の個性”として形になるのだと思います。」

過去の名器から、名工達の頭の中を想像する

_長年の歴史の中で様々なバイオリンが生まれてきた。そんな名工たちの数々の作品からどんな影響を受け、松上が志す“普通のバイオリン”製作にどう生かしているのだろうか。

「バイオリン製作には答えがありません。もちろん昔の名工のバイオリンを見て、その形や寸法を学ぶことは、とても勉強になりますし必要なことではあります。ただ、そういった情報よりも名工達がどういうことを考えて作っていたかについて思いを馳せることを大切にしています。名器と言われるバイオリンは良い意味で普通でありながらすごく個性的なんです。今のように様々な情報を得ることができなかった時代だからこそ、自分と楽器とにひたむきに向き合い自然美を備えた独創的なバイオリンが作れたのではないかと思います。名工達のバイオリンを真似するのではなく、彼らの頭の中を想像し、バイオリンに対する考え方を知る事が、洗練された自分らしいバイオリンを作る一番の近道ではないかと思っています。」

演奏家と共に成長できる楽器

_最後に、これからのバイオリン作りへの展望について聞いた。

「音は感じ方や好みによって評価が大きく分かれるため、“絶対的に良い音”を目指すことは不可能です。だからこそ、“自分にとっての良い音”を押し付けるのではなく“奏者の声になれる楽器”になればと思っています。楽器は完成して終わりではなく、その後の調整なども重要になってくるので、作り手と弾き手のコミュニケーションはとても大事なことです。奏者とともに楽器も成長し、奏者にとっても“究極の普通”の楽器になればいいですね。そういう思いでこれからもこの仕事を続けていきたいですし、そのためには無理せず自分のペースでやることが必要だと思っています。もちろん、これからもコンクールに参加したり、そこで評価されたらいいなと思ったりもしていますが、基本的には今のスタイルで製作をしていきたいと思っています。」

マイペース

「過去の自分の作品は、それはそれで面白い作品だと思うのですが、今だったらこうするかな、と振り返る点もあります。しかし、そうやって作ってきた数々の作品があるからこそ今に繋がっていると思っています。20代の人はこれからやれることは沢山ありますから、自分のペースで、穏やかに。あまり焦らなくていいと思います。たとえうまくいかなかったとしてもそこから得ることは沢山ありますし、今やっていること全てが必ずプラスになる!と考えるのが良いのではないでしょうか。」

撮影協力:こめいバイオリン工房 米井伸夫

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