OTONA BIBLE

「大切なことは、『憧れ』に向かって強く思いつづけること」

[株式会社ビームス 
コミュケーションディレクター]

土井地博

vol.2

2017.12.01

セレクトショップの草分けとして知られる「ビームス」。そのコミュニケーションディレクターとして活躍する土井地博は、普段どんな仕事をしているのだろうか。そして、彼はどんなことを考えながらファッションの世界に進むことを志し、今のファッション業界に対してどんな思いを抱いているのだろうか。自身の過去を振り返りながら語ってもらった。

CHAPTER 1

コミュニケーション
ディレクターとは

人と人、モノとコトを繋げる
“何でも屋”

足し算だけではない、化学反応を引き起こす

_土井地が働くのは、宣伝や広報など、いわゆる「プレス担当」という役割を超えて、ビームス全体のプロモーションを行う部署であるという。具体的には、どんな仕事を行っているのだろう?

「一応、“コミュニケーションディレクター”という肩書きになっていますが、要は人と人、モノとコトをいろんな角度で繋げて形にしていくようなポジションです。ビームスというと、洋服屋のイメージが強いのですが、そこから次のステップに進むために、いろんな企業やブランドとコラボレーションをしていきながら、足し算だけではない、化学反応みたいなものを引き起こしていこう。そういった一連の企画を取り仕切る部署のリーダー、わかりやすく言うと、ビームスそのものをプロモーションする営業マンであり、なおかつ“何でも屋”みたいな感じでしょうか(笑)。」

洋服屋だけではない魅力を表現

_各メーカーとのコラボアイテムの企画や雑誌とのタイアップ、果てはマンションや車のプロデュースに至るまで、多岐に渡るプロモーションに従事している土井地。そのなかでも、特に思い入れの強いのが、彼自身も愛する音楽との関わりであるという。

「いろいろなことをやってきましたが、そのなかでも自分が力を入れてやってきたのは、洋服+カルチャーの部分です。たとえば、ファッションと音楽って、もともと近い部分があると思うんですが、一般的な認知としては、そんなに距離が近くなかった気がするんです。その距離を近くするために、フジロックやクラブイベントのプロデュースをしたり……昨年10月には、ビームス創業40周年企画の一環で、ファッションと音楽という2つの視点から東京のカルチャーを振り返るミュージックビデオ「TOKYO CULTURE STORY」を外の人の力を借りながら製作・公開し、洋服屋としてだけではないビームスの魅力を表現しました。それが結果的に「アジア太平洋広告祭」など、国内外の広告賞を受賞できました。」

今の生活者に求められているものを形に

_そんな土井地は取材時、「BEAMS AT HOME」シリーズ通算4冊目の製作中であった。通常のファッションカタログではなく、全国のビームスで働くスタッフたちの部屋やこだわりをカタログのように紹介する、実にユニークな試みだ。

「毎シーズン、洋服のカタログを作ったりはしていたのですが、今はとにかく選択肢が多いので、「全身ビームスを着てください」みたいな時代は、とうに終わったかなと思っていて。今はブランドだからいいという時代ではないんですよね。であるならば、次のステップは何だろうと考えたときに、ビームスの売りはスタッフたちだなって思ったんです。面白い集団であることを見せたいというか。それこそ、うちは動物園みたいな感じで、象もいればサイもいる、チーターもいるみたいな、そういう会社なんです(笑)。それで、ビームスで働く人たちの暮らしを取材してビジュアル化してみたら、すごく好評だったんです。ここに載っているのは全員ビームスのスタッフで、一冊あたり100名以上のスタッフが出ています。単純なインテリア本ではなく、ある種のプロファイリング本というか、100人いれば100通りのセンスがあり、みんな高級なものだけに囲まれて暮らしているわけじゃないんですよね。価値観は人それぞれというか、たとえ安いものでも、それに対する「熱」は同じなんです。高いものと安いもののMIX感、配置やバランスに、それぞれのセンスが出るというか。そのセンスこそが、今の時代、多くに人に求められているものだと思います。」

CHAPTER 2

世界中を旅する
仕事がしたい

ビームスで働くとは、
想像もしていなかった

洋服も音楽も旅も好き

_既存の枠組に囚われない、自由で斬新な企画を次々と実現させている土井地。その発想の源は、どこにあるのだろうか?

「もともと洋服が大好きで、大学生の頃にビームスの大阪店舗でアルバイトをしていました。ただし、好きなことを仕事にしたいとは思ってなかったです。若い頃は、とにかくいろいろなものが好きで、洋服はもちろん、音楽も好きだったし、旅も好きだった。そのなかでも、世界中を旅する仕事がしたいなっていうのは、漠然と思っていたかもしれないです。学生の頃から、歴史や地理が好きだったので、そういう背景を知ったうえで、その土地に行くような仕事をしたいなと。なので、アルバイトはしていたけど、ビームスに入社するというのは、全然想像してなかったです(笑)。」

原点は人を幸せにできる経験

_とはいえ、結果的にビームスの社員試験を受けて、見事合格。その決め手となったのは何だったのだろうか。

「月並な言い方ですけど、自分の原点は、いちばん最初の接客経験なんだと思います。当時アルバイトだった自分でさえも、誰かのことをちょっとだけ幸せにできるんだっていう経験がいくつかあって。たとえば、好きな人に渡すプレゼントを一緒に選んであげたら、後日、「あれをきっかけに付き合い始めました」って言われたり。よくある話かもしれないですけど、単なる消費者向けのサービス業というだけではなく、アルバイトの身であっても、お客様のことを幸せにできるんだと。そういう経験が、今思うと、ビームスに入るきっかけのひとつだったのかもしれないです。最近はウェブを通じてビームスを知ってもらうことも多いようですが、やっぱり小売りの原点は店舗だと思うんです。なので、ショップスタッフに、いかに僕らが考えていることを理解してもらって、それをどうやってお客様に伝えてもらうかは、今自分がやっているプロモーションの仕事のなかでも、いちばん重要視しているとことですね。」

先輩から経験を、後輩からは感性を

_ビームス入社後しばらくして、大阪の店舗から東京に移り、現在の部署に配属。その当時は、慣れない部署、しかも前例がほとんどない部署であるがゆえ、数々の戸惑いがあったという。

「今の自分があるのは、23歳から30歳くらいまでの経験のおかげだと思っています。その頃に考えていたことが、今、爆発的に形になっているので。当時は、いろんな人たちと話をしていました。一応、上司はいたんですが、その人と同じことをやればいいという仕事でもなかったので、まあ、いろいろぶつかっていたわけです(笑)。そうしているうちに、自分にも部下ができて、だんだん責任も大きくなっていった頃、ある先輩から言われた、「先輩から経験を学んで、後輩から感性を学べ」という言葉は、今でもすごい覚えています。先輩と同じことはできないけど、その経験を学ぶことはできるし、やっぱり感性というものは、年を取るにつれて、何かしら欠落してくることもあるんですよね。そこはちゃんと下の世代も声も聞きつつ…それは今でも、すごく意識していることですね。」

CHAPTER 3

おしゃれをしていく
場所が足りない

ちょっとした憧れを
常日頃から持っていた

自分の気持ちを高揚させる洋服を

_ところで土井地は、現在のファッションをめぐる状況について、どのような考えを抱いているのだろうか?

「ファストファッションの台頭とか、いろんな要素があると思うのですが、最近の洋服は、価格とかお手頃感みたいなものが、すっかり優先されるようになってしまいました。もちろん、それを否定しているわけではないし、自分が今20歳とかだったら、多分ファストファッションを手に取っていたと思います。そういうなかで、ビームスとしても、これまでとはちょっと違うやり方をやらなくてはいけないわけです。ただ、そこで安価なラインを作って、3割、4割安いものを作るということは、決してやりませんでした。そうではなくて、洋服や小物、カバンといったものが本来持っている意味に立ち返るというか……結婚式に、Tシャツ短パンで行く人はいないですよね。それと同じように、洋服だったり小物っていうのは、髪をセットするのと同じように、本来どこかに出かけたりするとき、自分の気持ちを高揚させるアイテムのひとつなんだと思うんです。

「ちょっと」をさりげなく提案する

「今、世の中に足りないのは、ファッションに対する若者の意識ではなくて、単純におしゃれをしていく場所ではないでしょうか。意識は、みんなあるんです。ただ、その意識が違うものに向いているというか。だから、本来僕らがやらなくちゃいけないのは、おしゃれをしていくような場所を作ることだと思います。ビームスが関わっているイベントも、実はそういう提案のひとつだったりします。さらにその一方で、そういうハレの場だけではなく、日々の生活をちょっとだけ豊かにしてくれるようなものも、いろいろと提案していきたいと思っています。ちょっとだけいい音楽を聴きたい、ちょっとだけ美味しいコーヒーを飲みたい、あるいはちょっとだけいい家具を置きたいとか。そういう生活の一部の「ちょっと」をさりげなく提案するのが、今のビームスの使命であり役割だと思っているんです。」

自分もそうなりたいと素直に思った

「自分が20代の頃を振り返ってみると、ちょっとした憧れっていうのは、常日頃持っていたような気がします。自分よりも少し上の世代のかっこいい先輩たちへの憧れというか。あの先輩のようになりたいとか、あの先輩が行っている店に自分も行ってみたいとか。大阪から東京にきたときは、やっぱりちょっとショックでしたから(笑)。洋服や音楽について、自分もそれなりに知っているつもりだったけど、東京には自分の何百倍、何千倍も知っている人がゴロゴロいたので。ただ、そこで「自分なんて……」と卑屈になるのではなく、「ああ、自分もいつかそうなりたいな」って素直に思っていました。そういう、ちょっとした前向きな気持ちが、日々の生活を楽しくしてくれていたというか、今振り返ると、それが日々の活力みたいなものになっていたのかもしれないですね。」

0を1にするチカラ

「若い人たちに向けて何かを言うとするならば、やはり「0を1にする」ことを目指してほしいということですね。自分がビームスに入社して、先輩たちの何がすごいと思ったかというと、それは「0を1にする力」だったんです。たとえば、40年前は日本に入ってなかったナイキやリーバイスを、いち早く日本に持ち込んだのが、ビームスの大先輩たちなのですが、それって本当にすごいことだと思うんです。もちろん、今のような情報化社会のなかですごく恵まれている僕らが、それと同じようなことをすぐにできるとは思わないですが、それを信じて何かを続けていれば、自分では気づかないうちに、いつかそれが0から1になっていることがあるかもしれない。1を2にしたり3にすることも大切ですが、心のどこかで「0を1にしよう」と思っていること、特に20代の頃にそうやって強く思っていることは、後々のことを考えても、すごく大事なことだと思います。」

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