OTONA BIBLE

「やるなら楽しもう。心配するな。」

[OCEANS 編集長]

太田祐二

vol.9

2018.06.11

アラフォー世代を代表するファッション雑誌として、幅広い世代の支持を獲得している『OCEANS』。その編集長を務める太田祐二が提案する、日々の生活のなかにある、ささやかなロマンの重要性とは。自身の過去も振り返りながら、その思うところを語ってもらった。

CHAPTER 1

ファッションから
ライフスタイルを提案

普段の自分らしい
雑誌を作りたい

雑誌の舵を取る仕事

_太田がその立ち上げから参加し、編集長になってからは今年で11年目になるという月刊誌『OCEANS』。それはどんな雑誌であり、太田自身はそこでどんな役割を果たしているのだろうか?

「『OCEANS』は、アラフォー世代をターゲットに、ファッションだけではなく、ライフスタイルも提案する雑誌です。雑誌というのは、ターゲットによっていろいろ特性があると思いますが、『OCEANS』は、アラフォー世代でなおかつ健康的でアクティブなライフスタイルを好むような男性を想定しています。なので、彼らが興味を持ちそうなネタを、編集部で毎号集めて、それを誌面にしていきます。ただ、雑誌作りそのものは、編集者だけでやっているわけではなく、カメラマン、スタイリスト、ヘアメイク、ライター、そしてデザイナーなど、外部のクリエイターたちと協力しながらやっているので、オイラの役割としては、それぞれの企画の方向性を判断する立場であり、雑誌全体の舵取りを担う仕事ですね。」

一生懸命に作れば売れると思っていた

_出版の世界で働くようになってから、すでに20年近いベテランである太田だが、社会人としてのスタートは、意外にも別の業種だったという。

「僕はもともと出版畑の人間ではなく、大学卒業後はメーカーに就職して、そこの海外部に4年ほど勤務していました。その後、編集プロダクション勤務を経て、2001年に、『LEON』というファッション雑誌の立ち上げに、たまたま関わることになって。特にファッション雑誌をやりたかったわけではないのですが、請負いの仕事ではなく、自分から発信するものをとにかく作ってみたかったんです。『LEON』では、雑誌作りのノウハウを1から学ぶことができました。雑誌をやる前は、出版物というのは、一生懸命作ったら普通に売れるものだと思っていたのですが、必ずしもそうではないという現実も知りました(笑)。ただ頑張るだけはなく、いろいろなアイディアを練ったり、売るための工夫もしなくてはならない。その経験は、『OCEANS』をやり始めてからも、随所に活きていると思います。」

『OCEANS』の立ち上げ

_不良がかった中年男性―「ちょい不良(ワル)オヤジ」のイメージによって、一世を風靡した『LEON』。しかし、その成功とは裏腹に、太田の胸中には、ある思いが増していったという。

「『LEON』をやり始めたとき、僕はギリギリ20代だったのですが、編集長は50代で、読者層も自分より上の年代でした。それはそれで面白かったというか、世代によってカッコいいと思う感覚が違うことに気づいたり、当時の自分の年齢では行けないような場所に行けたりするなど、いろいろ勉強になったのですが、だんだん普段の自分と地続きの雑誌を作りたいと思うようになりました。『LEON』は割とラグジュアリーなものを中心に扱っていたのですが、普段の自分は、もっとカジュアルなものが好きだったんです。それで2006年、『OCEANS』の立ち上げに参加することになりました。」

CHAPTER 2

今も変わらない
自分らしさ

好奇心旺盛な少年が
歩んだ道

自分の知らない世界がここにある

_「必ずしもファッション雑誌をやりたかったわけではない」という太田だが、もちろんファッションそのものに興味がなかったわけではない。彼はどんな青年時代を送っていたのだろうか。

「割と普通の少年でしたよ(笑)。ファッションに目覚めたのは、高校生のとき……いや、中学生ぐらいだったかな? 5歳上の兄がいるのですが、兄が買ってきたファッション雑誌を読みながら、色の合わせ方だったり、着こなしを勉強していました。「自分の知らない世界がここにある!」って、雑誌に載っている着こなしを、真似してみたり。もちろん、モテたいというのもありました(笑)。ただ、当時から、どちらかと言えばカジュアルなものが好きでした。それは今も変わらないかもしれないですね。やっぱり、自分が自分らしくいられる服が、いちばんだと思うので。」

同い年に触発された海外留学

_少年時代から、自分の知らないことを知ったり聞いたりするのが好きだったという太田。そんな彼は、高校時代にある大きなショックを受けたという。

「地元ではない私立の男子高校に行ったのですが、そこは全国各地からだけではなく、海外から戻ってきた"帰国生"の生徒も多く集まる高校だったんです。そこで、彼らの存在にものすごいショックを受けたんですね。同い年なのに、自分が想像もできない世界のどこかで暮らしてきて、ヘタをすると日本語より英語や仏語、中国語のほうが得意だったりして。それで、自分も海外に行ってみたいと思うようになって、高校の一年間、交換留学でアメリカのネブラスカ州に留学しました。車がないと生活もできないような田舎町だったのですが、見るもの聞くものすべてが新鮮で。よくよく考えると、海外のものに関わらず、何にでも興味を持つような、好奇心旺盛な少年だったのかもしれないですね。」

誰かのものではなく、自分でものを作りたい

_その後、大学へと進学した太田は、学業よりもむしろアルバイトに精を出していたという。

「大学時代は、先輩の繋がりで、音楽系のフリーペーパー制作や放送作家のアシスタント、マガジンハウスでアルバイトなどをしていました。まあ、アルバイトなので、大した仕事はしてないのですが、そこに出入りしていたカメラマンだったりスタイリストだったり、フリーランスの方々を見ながら、世の中にはいろいろな仕事がある、いろんな大人がいるんだなって思って(笑)。今、考えると、その経験はのちのち大きかったかもしれないです。ただ、その一方で、海外に対する憧れもあって。だから、就職活動をしていたときも、海外勤務のありそうなところに絞ったんです。で、メーカーに就職して……実際に赴任はしなかったですけど、海外出張はかなり多かったので、それはそれで満足でした。ただ、オイラは海外営業マンだったのですが、時が経つにつれ、誰かが作ったものを売るのではなく、自分でものを作りたいと思うようになって。それで学生時代に親しんでいた出版の世界に、再び飛び込むことを決意したんです。」

CHAPTER 3

自分自身が
満足できるもの

小さなロマンを
散りばめた本

人とふれあえることが楽しい

「雑誌作りの醍醐味は、自分たちが雑誌で提案したファッションなりライフスタイルに、読者からの反響があることです。それを実際に実践してくれる人を街で見かけたときは、かなり嬉しいです。あと、最近、『OCEANS』では、読者も交えたワークショップ的なイベントもやっています。そこで、実際に読者の方々とふれあうのも、同じ趣味を持った仲間のような感じがするので、非常に楽しいことですよ。ただ、編集者としての醍醐味は、それとはまた違ったところにあるのかもしれないです。読者の反響はもちろん嬉しいですけど、編集者というのは、会いたいと思う人に会えたり、普通は行けない場所に行って取材することができるから(笑)。何なら憧れの人と一緒に仕事ができてしまう可能性もあるわけです。それはやっぱり、ものすごくテンションの上がることですよね。」

人生をちょっぴり幸せに

「『OCEANS』が目指しているのは、人生中盤のライフステージを迎えて、そこから先の人生を"ちょっぴり"幸せに、楽しく過ごせるようなファッションとライフスタイルを提案することです。年を取ったからといって、いつも高価なものを身に着けたいわけではないじゃないですか。そういう意味で、僕らの感覚というのは、ひょっとすると今の若い人たちの感覚に、ちょっと近いのかもしれないですね。普段はファストファッションのカジュアルな服をミックスしたって全然構わないけど、ときには高価なものを身に着けたり、美味しいものを食べたりしたい。というか、誰かに評価されるために服を着たり、高価なものを買うのではなく、自分自身が気持ち良かったり満足できるものが、やっぱりいちばんいいと思うんです。それは今の若い人たちも、同じなんじゃないかな。」

日常の中にある、ちょっとしたロマン

「『リアリティ』って、言葉で言うのは簡単なんですけど、それを実際雑誌のなかで表現するのは、すごく難しいんです。雑誌に限らず、あんまりカッコ良すぎるものって現実感がないし、かといって庶民的過ぎても魅力がないですよね。ある程度、リアリティはあるんだけど、ちょっとだけ憧れもあるようなものが、実はいちばん魅力的であるような気がしています。日常のなかにちょっとだけあるロマンみたいなものって、年代にかかわらず、生きていく上ですごく大事だったりするじゃないですか。『OCEANS』の読者の方々は、その程よい塩梅というか、ちょっとしたロマンみたいなものを、きっと感じでくれているんだと思います。」

やるなら楽しく!

「嫌なことでも、やらなければいけないのなら、絶対楽しんでやったほうがいいと思います。普段、仕事をしていても、やらされてる感がプンプンの人って、いるじゃないですか。でも、どうせやるなら、真剣に楽しんだほうがいいと思うんです。たとえば出張なんて、またとないチャンス。普段はできない経験が、いろいろできると思ってポジティブに楽しんだほうが、よっぽどいいと思うんです。自分の経験を振り返ると、そう思わなくてはやってられないぐらい、きつい状況が多々あったということなのかもしれないですけど(笑)。自分が編集長になったばかりの頃は、雑誌が全然売れなくて、本当にどん底の状態でした。ただ、それでも楽しくやっていたら、結果的になんとかなったんで。たとえどんなにつらい状況でも、その状況を自分自身が一生懸命面白がったり、楽しもうとすれば、なるようになっていくんです。だから、『心配するな、なんとかなる』っていう感じですね(笑)。」

NEXT

働く男の数だけ、スタイルがある
自分らしく活躍する男たちに
今に至るまでの道のりを聞いた

BACK NUMBERS

ページトップへ