撮影:立木義浩
<店主前曰>
現在パリと東京で、高級フレンチレストランのシェフを務めるドミニク・ブシェは、8歳のときにコニャック地方のジョンザックという片田舎でレイモン・オリヴィエの料理番組を見てすっかり釘づけになり、自分も料理人になろうと決心したという。人生の進路を決めるのは早いほどいい。ドミニク少年は居ても立ってもいられず、14歳にして田舎の小さなレストランに住み込み、そこから学校に通った。夢はますます膨らみ、16歳のとき笈を負ってパリに単身上京した。子供のころ、あんな料理人になりたいと尊敬していたレイモン・オリヴィエ本人と直接会うことは叶わなかったが、いまとなってはドミニク自身が堂々としたスターシェフである。偉大なる先輩、オリヴィエはフランス人シェフのなかではじめて日本人女性と結婚した日本贔屓であった。ドミニクもまたオリヴィエの驥尾に付して、日本人のチャーミングな女性と結婚した。
シマジ:白井さん、ドミニクの肌をチェックした結果は出ましたか。
白井:はい、凄いですよ。Bでした。
ドミニク:Bはいいんですか。
シマジ:Bの判定はなかなか出るものではありません。なにか特別なことをしているんですか。
ドミニク:わたしはしょっちゅうシャンパンを飲んでいます。ほかの人と違うことといえばそれくらいですか。
白井:SHISEIDO MENの“シマジセット”をお持ちしました。さっそく明日から使ってみてください。
百合子:えっ、こんなに種類があるんですか。すごいですね !
シマジ:ご主人の肌判定はBですから、このシリーズを使い出したらそのうちAになるのも夢ではないですね。Aを獲得したら、資生堂の福原名誉会長とスーパーランチをご一緒できるという特典があるんですよ。
百合子:えっ、ホントですか。ドミニクに頑張ってもらってわたしも通訳として同伴してもいいですか。
シマジ:もしAになられたときは、ブシェ夫妻として招待いたしましょう。
百合子:嬉しいです!
立木:意外に日本人じゃなくフランス人がAを獲得したりするんじゃないのか。
春日:わたしもシマジさんに薦められて使っていますが、判定はよくてCですね。とくに乾燥しているいまの時期はEになったりします。
ドミニク:新しい料理がきました。これはプロバンス地方のスタイルで、料理のタイトルは「プロバンスの海と大地」です。一口召し上がるとプロバンス地方を旅している感じを味わえると思います。
白井:白インゲン、ホタテ貝のムースなんですか。
ドミニク:そうです。これはうちの若いシェフの発想から生まれた一品です。

シマジ:ドミニクは16歳でパリの料理学校に入ったそうですね。料理の見習い修業について日本では“刑務所に入るより厳しい”といわれることがあるんですが、フランスではどうなんですか。
ドミニク:そのレトリックはよくわかります。わたしも店で見習いとして働きながら、規律が厳しい料理学校に入りましたから、店でも学校でも鍛えられました。でもそんなときにジョエル・ロブションと出会ったんです。年齢はロブションのほうがわたしより7歳年上でした。そのころのフランスでは一年間兵役につく義務がありました。わたしは20歳で兵役に参加し、パリに帰ってきたときにロブションがチーフシェフをしていたオテル・コンコルド・ラ・ファイエットに引き抜かれました。
シマジ:日本にはじめていらしたのはいつでしたか。
ドミニク:日本にいたフランス人の友人が日本人女性と結婚することになり、はじめて来日しました。でもそのときはなぜか日本が怖くて怖くて仕方がなく、ほとんどホテルに閉じこもっていました。多分日本には2度と来ることはないと思っていました。
シマジ:どうしてまた?
ドミニク:わかりません。当時は日本についてフジヤマ、ゲイシャくらいしか知らなくて、ともかく怖いところに思えていました。いまでは軽く一冊本が書けるくらい知っているし、日本が大好きなんですが。それから29歳のとき、ニューオータニのトゥール・ダルジャンに最年少の三つ星シェフとして、2度目の来日をしました。
シマジ:いまはパリ-東京間を行ったりきたりしているんですよね。
ドミニク:はい、半月パリであとの半月は東京におります。
シマジ:この素敵な店はいつオープンしたんですか。
ドミニク:グランドオープンは昨年の9月4日です。
シマジ:お店がメゾネットになっていて、地下2階がメインルーム、地下1階がウェイティングバーというのが洒落ていますね。
ドミニク:ありがとうございます。
春日:あっ、そうだ。ドミニクのアイディアで作ったキャビアケースをご覧に入れましょう。どうです、きれいでしょう。この白い球体をこのように開けると、ガラスの器に入った黒いキャビアが突然現れるんです。キャビアは銀のスプーンを嫌います。だから必ずべっ甲のスプーンが使われているんです。
シマジ:せっかくですからブランビジュでスプーンまで作ったほうがお洒落ですよ。
春日:なるほど、そのアイディアいただきます。それからこのブランビジュのベース素材は、すでにロボットの脚の関節部材などに東大や早稲田で使われています。いまは、それを人間に応用したらどうだろうと研究をはじめたところです。ブランビジュのベース素材は、半導体のチップを作るために必要な先端素材であったり、人間の関節の代用になったりしてサイエンス分野で活躍しつつ、一方、アート分野向けに企画開発し、パリでマテリアルブラントとして創業したブランビジュは、パリを中心に彫刻素材としてアーティストを魅了し続け、昨年からドミニクのレストランのお皿になったり新しい価値を創出しています。
ドミニク:変色しない美しい白だからアートピースからテーブルウェアまでかなり広い分野に使えますね。
シマジ:このキャビアケースの値段はいくらぐらいになる予定ですか。
春日:いまは実験段階ですが、実際に売るとなれば、15万円くらいでしょうかね。
百合子:また立木先生がわたしを撮っていらっしゃるんでしょうか。
シマジ:気にしないでください。タッチャンは美しいものを追いかける人間ですから。
百合子:レンズを向けられるとどうも緊張して、通訳に集中できません……。
立木:それではマダム、胃カメラに換えましょうか。
シマジ:面白い!ところでマダム、ドミニクとはどこで巡り会ったんですか。
百合子:パリのオテル・ド・クリヨンでナンパされました。
ドミニク:ぼくが彼女にナンパされたんです。
シマジ:同時ナンパですか、それは運命的な出会いだったんでしょうね。
百合子:2人ともバツイチなんですよ。
シマジ:最初の結婚でウォーミングアップをして、2回目が本番ってやつでしょう。ところでわたしは、百合子さんに以前どこかでお目にかかったような気がしてならないんです。
立木:おい、ドミニクの前でマダムを口説くつもりじゃないだろうな。
百合子:じつはわたしは雑誌モアのインタビューのスタッフとして、よく集英社に出入りしていました。
シマジ:そうでしょう。集英社の玄関あたりですれ違っていたかもしれませんね。男にとって、美しい女性というのは記憶のどこかに残っているものです。
百合子:わたしはシマジさんのことは存じ上げております。何冊かエッセイを読ませていただきました。
シマジ:それは恐れ入りました。ありがとうございます。
春日:百合子さんは翻訳家でもあるんですよ。
シマジ:ますます恐れ入りました。
立木:シマジ、そろそろ資生堂からきたお嬢のことも訊いてあげないといけないんじゃないの。
シマジ:そうですね。では次回は白井さんに徹底尋問といきますか。
白井:やさしくお願いいたします。