
<店主前曰>
万年筆博士、足澤公彦がサロン・ド・シマジにやってきて面白い話をしてくれた。最近細川布久子女史のガイドで著名なフランス人数名がお忍びで日本にやってきた。当然京都の割烹料理に案内した。同行した足澤が驚いたのは、そのフランス人一行のなかに、84歳の世界一ロマネコンティを飲んだ男がいたそうである。老紳士は出された日本酒を大きな鼻で嗅ぎながらいった。
「うん、リンドウの香りがする」すると居合わせた料理人がビックリしていった。
「この原料の米は岩手県産でその農家は副業でリンドウを栽培しています」
人間の感覚は研ぎ澄まされると、ワインであれ日本酒であれ、原料が植えてある近くの畑や田んぼの状況まで、その嗅覚を通してみえてくるらしい。
優れた料理人もそうである。鼻がものをいう。
シマジ シュウちゃんの店に最近入店した中村楓美ちゃんは可愛いね。
桝谷 宇都宮短期大学付属高校の調理科をこの3月に卒業して、うちでどうしても働きたいといって入ってきたばかりの新人です。
シマジ むかしの料理人はシュウちゃんのように中学校出てすぐ働いたほうがものになるといわれているけど、まあ調理学校出なら将来性はあるかな。
桝谷 そうですね。調理科卒ですから、普通科とはいくらかちがうでしょう。いまは彼女にホールの仕事をさせています。
シマジ いいことだね。シェイクスピアも『マクベス』のなかでいっている。「最高のソースはもてなしのこころである」とね。
立木 シマジも72歳になっていいこというじゃないの。
野口 SHISEIDOの店頭でもお客さまのおもてなしが大切だと教わっています。
桝谷 おもてなしのこころを学ぶのはホールがいちばんなんです。
シマジ どうしてルッカに入ってきたの。誰かの紹介なの。
桝谷 ちがいます。中村自身がうちの店に同級生と食べにきて、どうしてもここで働きたいといってきたんです。
シマジ すごい好奇心だね。好奇心は人生の重要な武器だからね。そういえば、シュウちゃんのところで働いている女性従業員はなぜか、みんな名前が”あ”からはじまるのが多いよね。あみ、あゆ、そして奥さんが、あぶだろう。
桝谷 それは偶然です。
シマジ ルッカは家族的でいい店だけど、一緒に働いているお母さんもお父さんも素敵な人たちだね。
桝谷 親父はどうしようもない遊び人です。
シマジ そうか。だからおれと気が合うんだな。いい顔しているじゃないの。シュウちゃんは両親に働いてもらっているというのは、ある種の親孝行だね。
桝谷 そうですかね。新人も入ったことだし、そろそろ引退させてあげようかなと考えているんです。
野口 つかぬことを訊いてもいいですか。
桝谷 何でも訊いてください。”ウソ発見器”が目の前にありますから、何でも正直にお答えしますよ。
野口 どうしてアブちゃんとお知り合いになったんですか。
桝谷 テレビの「はなまるマーケット」に出演したとき、たまたま知り合ったんです。そのときなぜかぼくは彼女にだけ名刺を渡したんです。そしたらまもなく彼女がルッカにプライベートで友達と食事にきてくれたのがきっかけですね。
野口 結婚して何年ですか。
桝谷 もう3年になりますか。シマジさんは結婚して何年ですか。
シマジ 25歳で結婚したから、もう47年かな。まあ、おれの話はいいよ。名物の縞エビスープの話をしようじゃないの。あれは絶品だね。
桝谷 5月になったら縞エビが解禁ですから出しますよ。
立木 シマジ、そんな美味いものをおれに黙って、ひとりで喰っているのか。
シマジ ゴメン、今度解禁になったら一緒に喰おう。
桝谷 是非召し上がってください。
シマジ あれはフランス料理でいう甲殻類のビスクだよね。
桝谷 そうです。あれは焼いてミキサーにかけて粉々にして、ゆっくりとろ火で煮込むんです。
シマジ あの縞エビは北海道産だよね。
桝谷 あれは北海縞エビというんですが、紋別のサロマ湖で採れるんです。そこは海水と真水が50%対50%の湖なんです。食材は北のほうが豊かですね。
シマジ だから美味いんだ。
立木 早く食べたい!シマジ、何とかしろ。おまえに不可能なことはないだろう。
シマジ 毒蛇は急がない。もうすぐ5月がくるよ。さてこれから何を作ってもらおうか。
桝谷 今日はシマジコースの定番ですので、次はサラダですね。ちょっと作ってきます。
野口 わあ、色味がきれいですね。いろんな野菜が入っていますね。うん、トマトが美味しいです。小さいけど味が濃いですね。キュウリも小さいけど美味しいですね。今日は幸せです。
シマジ 野口さん、タリスカーのスパイシー・ハイボールを飲みながら食べてください。そのほうが消化にいいんですよ。
野口 たしかにこれは食欲をそそりますね。
立木 シマジがこんなに野菜を喰ってるとは知らなかった。最初のルッコラをあんなに食べたあとに、またこんなに野菜サラダを喰うんだ。驚きだね。
シマジ おれはこれでも大腸癌になり、冠動脈が詰まったり大変だったんだけど、九死に一生を得てから、出来るだけ野菜を食べるようにしているんだよ。
立木 まだまだ長生きして悪さしようって魂胆なんだな。
シマジ 肌のためにも野菜はいいんだよ。
桝谷 野菜を沢山食べるわ、SHISEIDO MENはぬりまくるわ、到底、世のオッサンたちはシマジさんに叶いませんね。シマジさんがSHISEIDO MENの愛用者代表をおつとめになっているのがよくわかります。シマジさんはモテるでしょうね。
シマジ モテる話はこちらの立木先生に訊いてください。
立木 おれは撮影で忙しいんだ。勝手にこちらに話を振るな。ちょっと、みんなでレンズをみてくれない。
シマジ もう一度乾杯しようか。カンパイ!
桝谷 カンパイ!
野口 カンパイ!
桝谷 シマジさんはいつから肌の美に目覚めたんですか。
シマジ SHISEIDO MENを毎朝使ってから、ちょうど9年目になるかな。
桝谷 だからこんなに艶がいいんですね。
シマジ シュウちゃんはどうして料理人の道を選んだの。
桝谷 小学4年生のころだったと思うんですが、唐揚げとちくわのサラダを作ったんです。それを近所の人に褒められたんです。勉強がからっきしダメだったのですが、料理を作るのは大好きだったので、中学を卒業すると同時に、神楽坂のフランス料理屋で雇ってもらったんです。そこのシェフの渡邊さんという人が天才シェフでして、いろいろ教わりました。人生設計も教わりまして、10年したら自分の店を持てといわれました。当時時給500円で働きました。でも天才シェフの渡邊さんは「シュウちゃん、ゴメン、今月の給料は取りあえず5,000円渡しておくわ。あとは少し待ってくれないか」といわれたことがありましたが、天才シェフの渡邊さんはぼくにとって憧れの存在でした。
シマジ 若いときに憧れの人がそばにいることは大切なことだよ。するとその人の真似をする。その人から盗む。人生のすべてはまず真似からはじまるんだ。じゃあ、シュウちゃん、渡邊シェフの天才ぶりを聞かせくれないか。