
<店主前曰>
今回の資生堂からのゲスト、鎌田由美子さんは、資生堂ビューティートップスペシャリストである。宣伝・広告などの撮影では、草刈民代、ミッシェル・リー、杏、スン・リーなど、国内外の女優、モデルのヘア・メーキャップを手がけている。とくに、和装分野にも卓越したセンスと高い技術を発揮して、毎年京都の名刹を舞台に行われる和装と洋装のファッションショー「ファッションカンタータ」ではヘアメークの総合チーフを務めている。
シマジ 料理の世界でも美容の世界でも、トップになってメシを喰えるようになるって大変な努力が必要なのでしょうね。
立木 努力もさることながら、やっぱり才能だろう。シマジがいつもいっているじゃないか。「編集は才能で持っている」って。あれだよね。料理と美容、どちらの世界も、まず才能がなくては話にならないと思うね。
シマジ 写真の世界もそうだよね。
立木 当然だね。
木下 才能もさることながら、とにかく料理が大好きでなければこの世界は務まりませんね。
鎌田 それからどんなに苦しくても、歯を食いしばってやり遂げる情熱が必要でしょうね。
シマジ お二人とも絶えず上を目指しているところがいいですね。
鎌田 ニューヨークで仕事しているときは、言葉の障害はありますけれど、感覚的に何とかなっちゃいますね。
木下 わたしもそうでしたね。料理の話でしたらフランス語でも英語でも通じるものですね。
シマジ 前回に続けて資生堂のSABFA(サブファ)出身のビューティートップスペシャリストに会いましたが、SABFAの存在って凄いですね。
立木 たしかにこの間会った男の子は並の面構えじゃなかったね。
木下 SABFAって何ですか。
鎌田 それはShiseido Academy of Beauty & Fashionの略で、資生堂が1986年に開校したプロのヘアメーキャップアーティストを養成する学校です。受験対象は美容師免許を持っている人で、実技と面接がありますが、少数精鋭で非常に狭き門なのです。日本全国にメーキャップスクールは沢山ありますが、美容師免許を持った人を対象に運営している学校はSABFAだけなのです。業界では知る人ぞ知る存在なのです。
木下 もちろん鎌田さんもそのSABFAの卒業生なのですね。
鎌田 はい、そうです。
シマジ しかもその学校を創設したのは、資生堂名誉会長の福原義春さんなんですってね。
鎌田 そうです。福原さんが初代校長です。
シマジ さすがに先見の明がありますね。「美はすべて資生堂にお任せ」というコンセプトがいいですよね。
鎌田 パリコレをはじめ、世界のファッションショーにはいまやSABFAの卒業生たちは欠かせない存在ですね。
木下 いまサッカーの世界でも海外で日本人が大活躍していますが、美容業界もそうであるように、いずれ料理の業界も日本から海外に出て行くでしょう。そうなるためにわれわれが努力しなくてはいけません。
シマジ 料理人になって料理長になるのは、ちょうど編集者になって編集長になるようなものでしょうが、タケちゃんは何歳で料理長になったの。
木下 フランスでの修業を終えて日本に帰ってきて、原宿のオープンテラスカフェ、”オーバカナル”で働き出して、料理長になったのはちょうど26歳のときでした。
シマジ 凄く若くして料理長になったんだね。
木下 お前もシェフになったら孤独を味わうぞ、と先輩シェフにいわれていましたが、シェフになってはじめてそれがわかりましたね。
シマジ その気持ちはわかるね。どんな雑誌の編集長になっても、長という名のつくポジションは孤独なものだからね。第一売れないとすべて編集長の責任だ。料理長も同じでしょう。
木下 まったくそうですが、シェフは舌の肥えたお客さまに教わることが多いですね。
シマジ あっ、そうだ。木下シェフが見事なザ・お子様ランチを作った話をしてくれない?あの話は何度聞いても胸を熱く打つ。
鎌田 ぜひお願いします。
木下 まだ白金のフランス料理店「モレスク」で働いていたころの話ですが、そのころ仲のいいご夫婦と可愛い娘さんが毎週土曜日必ずわたしのフランス料理を食べに通ってくれていたんです。その裕福で幸せを絵に描いたような一家に、突然、悲劇が訪れました。まだ20歳という若い娘さんががんに侵されたんです。抗がん剤の副作用でぐったりしている最愛の娘に父親が「何か食べたいものはないか」と尋ねたら、お嬢さんはか細い声で「きのやんが作ったお子様ランチが食べたい」と訴えたそうです。父親がやってきて「きのやん、頼む。娘のためにお子様ランチを作ってくれ」と娘さんの気持ちを伝えられました。じつはわたしはいままでお子様ランチなど作ったことがなかったんですが、店の最高級の和牛を叩いてハンバーグにして生まれてはじめてお子様ランチを作りました。
シマジ まさにこれぞザ・お子様ランチだね。
木下 食欲を失っていたお嬢さんはそのお子様ランチを「おいしい、おいしい」といって、ぺろりと平らげたそうです。そしてご両親にいったそうです。「おいしい料理はいっぱい食べたけれど、温かくておいしい料理はお母さんと、きのやんのだけだった」それから3日後、お嬢さんは静かに息を引き取られたそうです。お父上から後日そのことを告げられたとき、わたしは辺り構わず号泣しました。
立木 うーん、切ない話だね。
鎌田 わたしももらい泣きしそうです。
シマジ 娘さんにとっての最後の晩餐がきのやんのお子様ランチだったんだね。最高級の和牛のハンバーグステーキだったんだね。あっ、そうだ。鎌田さんに食べてもらう料理は何にするの。
木下 シャランの鴨のコンフィでいかがでしょうか。
シマジ いいね。パリパリに油であげた鴨のコンフィがここの名物だからね。
木下 どうぞ。
鎌田 わあ、おいしそう。いただきます。
立木 鎌田さん、ちょっと待って。撮影してから召し上がってください。
鎌田 ごめんなさい。
シマジ この香りは堪らないでしょう。ちょっと待ってください。
立木 はい、どうぞ。鎌田さん、召し上がれ。
鎌田 立木さんの撮影は速いですね。
立木 シマジ流にいうと「はやい、うまい、たかい」といいたいんだが、残念ながら「はやい、うまい、やすい」んだよ。
シマジ 鎌田さん、どうです。うまいでしょう。
鎌田 鴨のコンフィってこんなにおいしいんですか。
シマジ 木下シェフの作る料理はみんなうまいですが、鴨のコンフィは格別ですね。
木下 あと一品最後は何にしましょうか。
シマジ ホワイトアスパラのビスマルク風もいいですし、梅ラーメンも人気があります。鎌田さん、どれにしますか。
鎌田 ホワイトアスパラってはじめてです。
シマジ それじゃホワイトアスパラのビスマルク風にしてください。
木下 かしこまりました。
立木 梅ラーメンって気になるね。
木下 これは昆布と鰹節の出汁が利いていて、麺がカッペリーニなんです。
立木 うまそうだ。今度、おれ、それを頼むわ。
木下 麺がカッペリーニだと知るとお客さまは目を丸くしますね。