
撮影:立木義浩
<店主前曰>
わたしの尊敬してやまない書友、福原義春資生堂名誉会長の近著『美-「見えないものをみる」ということ』(PHP新書)。なかでは、ロオジエについてわざわざ章を立てて5ページも割いて書かれている。題して、ロオジエ - 銀座の象徴・柳L'Osierとある。
わたしにいわせれば、ロオジエはまさに資生堂のシンボルだ。レストランそのものがリッチで美しい。幸運にもわたしはここ10年くらい前から、毎月、福原さんにいろんなレストランでスーパーランチをご馳走になっている。2年半の休業後、満を持してリニューアルオープンしたロオジエに先日案内していただいた。いまは予約が3ヶ月後までいっぱいらしい。当然ながら料理も洗練されていた。新しいシェフのオリヴィエ・シェニョン氏がわざわざわたしたちの席まで挨拶にきてくれた。無口ながら自信に満ちたいい顔つきをしている。奥さまが日本人らしく、彼は日本語を少し話せた。まだ若い。35歳だという。だから料理が洗練されていながら勢いが感じられた。
それから2週間してわたしは、カツラでレオナール・フジタに変装してロオジエを再訪した。オリヴィエ・シェニョンシェフは2週間前に会ったわたしだと気がつかず、日本流にまた名刺をくれた。以前ロオジエのエグゼクティブシェフとして活躍したジャック・ボリーさんにはさすがにバレて、「おお!レオナール・フジタ、お元気ですか」と挨拶された。資生堂の執行役員、関根近子さんには「カワユイ!」と褒められた。このカツラとひげは資生堂のトップヘア&メーキャップアーティスト、計良宏文さんの丹精を込めた作品だったのである。
その日カツラがずれると大変だと計良さんにもロオジエに同行していただいた。
関根 今日はビックリしました。ちょっと遠くからみていたらシマジさんだとわかりませんでした。お声を聞いてやっぱりシマジさんだと判明したのです。とってもよくお似合いです。
シマジ 今日は関根さんのためにビッグサプライズをしたかったのです。こんなに喜んでくれて嬉しいです。これは計良さんの作品です。
関根 やっぱりそうですか。彼は天才ですね。
シマジ 計良さんによれば、カツラの毛は専門家が中国の奥地などに行って買い付けた上質なものが多いそうです。そういう髪をわたしの灰色の髪の毛にそっくりに染めて、頭のサイズに合わせて全体を作り、それからカットしてもらったんですよ。やっぱり本物の人間の髪の毛でないとダメなようですね。
関根 うちの計良はパリコレなどに行ってトップモデルのウィッグをしょっちゅう作っていますから、慣れたものでしょう。でもはじめてこのシマジさんに会った人はこういう方だと思うでしょう。素敵です。また丸と四角のフレームのメガネがお洒落ですね。
シマジ 今日の店はロオジエですから、めいっぱいのお洒落をしてきました。
ではいつものSHISEIDO MENの座談会をはじめましょうか。
関根 わたしは毎週金曜日に更新されるこのトリートメント&グルーミングのウェブサイトはいつも愉しみに読んでいます。とくに立木先生とシマジさんの大人の掛け合いに笑っています。立木先生、よろしくお願いします。
立木 よろしくお願いします。それにしても今日のシマジはやり過ぎだよ。福原さんが知ったら怒られるぞ。ロオジエはもう出入り禁止になるかもね。
ボリー 大丈夫、福原さんはユーモアセンスの豊かな人です。シマジさんがレオナール・フジタになってやってきたことをわたしからいっておきますよ。「そうお、ホント」というだけでしょうが。
シマジ ボリーさん、今度の新しいエグゼクティブシェフを紹介してください。
ボリー 彼はオリヴィエ・シェニョンといいまして、年齢的にはわたしの息子みたいなものですが、若いながら腕の立つ料理人です。
シマジ シェニョンシェフ、この連載では毎回肌チェックというのをやっているんです。関根さん、むかし取った杵柄でシェニョンシェフの肌チェックをしていただけませんか。
関根 新しいマシンですよね。出来るかしら。
シマジ いまの関根さんに不可能なものはないでしょう。
シェニョン お願いします。
関根 やってみますか。
シェニョン ロオジエで働き出してからSHISEIDO MENを使っています。判定はどうでますか。Fだったら首になるかもしれませんね(笑)。とっても怖いです。
ボリー 息子よ、心配するな。そのときは福原さんにお願いしてあげるよ。福原さんもシェニョンシェフの腕を高く買っているんだよ。
シェニョン ありがとうございます。
関根 シェニョンシェフの結果が出ました。Cでした。
シマジ シェニョンシェフ、さすがだね。こんなに毎日予約がいっぱいで忙しいのにCを獲得するのは偉い。また、さすがはSHISEIDO MENの威力だね。
立木 いままで外国人はいなかったよね。
シマジ いなかったね。フランス人ははじめてだよ。
関根 シェニョンシェフはもともとキメの細かい肌をしています。
シマジ なるほど、畑がもともといいところに上質な肥やしを撒いた感じですかね。
ボリー おめでとう、シェニョンシェフ。これはロオジエの総料理長として面目躍如たる結果だよ。
シェニョン メンモクヤクジョってなんですか。
ボリー シェニョンシェフもわたしのように日本に40年以上暮らすとこういう言葉が自然に出てくるようになる。いまは知らなくてもかまわない。そうだね、フランス語で説明すると、こうかな。
avec joie évidente de ayant eté à la hauteur de sa re'putation.
シェニョン なるほどね。
シマジ シェニョンシェフはどうして料理人の道を進んだのですか。
立木 そんな月並みな質問するなよ。シマジらしくないよ。
シェニョン それは両親の友人だったパティシエの家にぼくも一緒に遊びに行ったとき、料理に興味を持ったのです。
シマジ 何歳のときに?
シェニョン そうですね。8歳ごろからそのパティシエを手伝っていましたね。16歳で見習いシェフになり、調理学校に通い18歳のとき若手シェフが腕前を競うフランス大会で優勝したんです。
シマジ やっぱりどのみち才能がものをいうんだね。
シェニョン それからパリのタイユヴァンなどで腕を磨きました。
シマジ タイユヴァンですか、懐かしい。いまから20年前に一度行きました。あそこは江戸元禄時代にオープンしたんですね。
立木 シマジはまだまだおれに隠しごとがあるね。お前がタイユヴァンに行っていたとは初耳だね。
関根 タイユヴァンもなかなか予約が取れない大変なお店だそうですね。
シマジ 蛇の道は蛇で、何とかなりましたよ。友人にワイン商がいて彼から紹介してもらったら簡単に入れました。
立木 シマジ、今度、おれを案内してくれ。おれも30年くらい前に一度行ったことがあるくらいだ。
シマジ 東京にはせっかくロオジエやアピシウスのようなグランメゾンがあるんだから、こういう本格フレンチを食べて舌を鍛えておかないと、なかなかタイユヴァンの味は愉しめないかもね。
ボリー わたしがはじめてホテルオークラから引き抜かれてロオジエにきたころは、まだまだ日本人には本格フランス料理の味はわかってもらえなかったですね。
シマジ よくわかりますね。日本人の味覚をここまで豊かにしたのはジャック・ボリーさんの貢献が大でしょう。
ボリー いやいや、福原名誉会長の精神的なバックアップがなかったら、ロオジエはここまで成功しなかったでしょうね。
シマジ 福原さんは初代資生堂の社長福原信三さんの精神を受け継いでおられる方です。「『ものごとはすべてリッチでなければならない』敷衍すればリッチとは本物や豊かさのことをいうんです」といつか説明していただきましたが、それがいわゆる文化なんでしょう。資生堂パーラーから本格フランス料理店が誕生したんですから、資生堂の文化に対する限りない挑戦がうかがわれますね。
ボリー そうですよ。福原さんがわたしを信用してくださったのです。だから客席の面積よりも厨房のほうが大きな極めて贅沢なグランメゾンが生まれたのです。
関根 福原名誉会長は「ブランドとはロオジエのようなものだ」といつもおっしゃっています。
シマジ お客さまの数と従業員の数がほぼ一緒だそうですね。
ボリー すべて一流ということは格がちがうことなのです。わたしたちは絶対にお客さまを失望させてはならないのです。それは本物の料理を出し続けることなのです。
シマジ でも福原さんは「ロオジエはいま80点ほどのところにきているのではないかと思う」と近著に書いていましたね。
立木 厳しいところが殿らしくていいじゃないの。
関根 本物にこだわるのが資生堂精神ですから、福原さんに100点をいただけるようにみんなで頑張りましょう。