撮影:立木義浩
<店主前曰>
オーナー・料理人、浅井太一はまだ32歳の若さである。彼は高校を卒業するとすぐ大阪阿倍野にある辻調理師専門学校に1年間通い、卒業すると生まれ育った京都の祇園の名割烹「丸山」で4年間修業し、その後東京に進出した。今度は創作フランス料理レストラン「よねむら」で7年間修業した。そして一念発起して西麻布に創作割烹「浅井」を昨年7月にオープンしたのである。はじめてわたしが訪れたのは9月下旬だった。わたしの若い親友、富田拓郎の案内だった。舌の肥えた富田は「よねむら」で浅井太一と親しくなっていた。わが友、小泉武夫教授流にいえば、わたしは一夜にして浅井の創作料理に“頬落舌踊”<ほおらくぜつよう>させられた。今回はこの若き名料理人浅井太一がゲストである。なお資生堂からは鈴木さやかさんが参加してくれた。
シマジ: 「浅井」はインテリアがモダンでいいね。
立木: 若くてお洒落な料理人に似合っている。第一、君はイケメンだね。
浅井: ありがとうございます。立木先生にそんな風にいわれるなんて光栄です。
鈴木: イケメンでしかも背がお高いですね。
浅井: 180センチちょっとありますが。
シマジ: 誰か影のスポンサーがいるの。
浅井: いえいえ、自力でなんとかオープンしました。
立木: それは大変なことだね。
シマジ: いまどき銀行からお金を借りるんだって大変だっただろうね。
浅井: はい、銀行さんなくしてはこの店はオープン出来ませんでした。
シマジ: 日本の銀行は担保なしになかなか貸さないでしょう。
浅井: それが幸いなことに担保なしで貸してくれたんです。
シマジ: 凄い話だね。料理人として腕が認められたんだ。浅井自身の才能が担保なんて素敵な話だね。日本の銀行も変わってきたのかな。
浅井: わたしは「丸山」で見習いとして働きはじめた19歳のときから、将来必ず自分の店を持とうと夢見て、わずかの額でも、実際そのほうが多かったのですが、毎月欠かさず貯金をしてきたのです。その地味な真面目さが銀行に好印象を持たれたようです。
立木: 18歳からコツコツと毎月貯めたというのは、感動的な話だ。シマジはいまでも貯金を出来ないでいるようだが、浅井の爪のアカを煎じて飲んでみてはどうだ。
シマジ: おれの場合お金が止まってくれない。入ってきてはすぐいなくなる。なんでなんだろうね。73歳になってもよくその仕組みがわからないんだ。
鈴木: シマジさんの場合は、それはそれで大胆で男らしいんではないですか。浅井さんの場合は自分のお店を持とうという大きな夢があってそれに向かって頑張った男らしさが美しいですね。
立木: 鈴木さん、シマジの浪費を知らなすぎる。ああ、サロン・ド・シマジ本店に呼ばれたことがないんだ。
鈴木: ありません。
立木: 鈴木さん、所狭しとシングルモルトのボトルが床に林立して葉巻のヒュミドールが6個も置いてあり、稼いだ金はすべて消えるものに使っているシマジタイプと、将来の人生設計に向かって真面目に貯金している浅井タイプと、女性としてどちらと結婚したいですか。
鈴木: なにかイソップの「アリとキリギリス」みたいな話になってきましたね。普通は浅井さんタイプを選ぶでしょうね。
シマジ: 鈴木さん、なかなかいい線いっています。こちらにいらっしゃる美女は浅井の奥さんです。いまお店の会計などやりながら夫婦で一緒に働いているんです。
鈴木: 奥さまも背がお高いですね。お似合いの美男美女ですね。
浅井: ありがとうございます。
鈴木: あっ、そうそう。肌チェックをしないといけませんでした。浅井さん、ちょっとこちらにいらしてください。
立木: シマジ、肌チェックはもう撮らなくてもいいよな。
シマジ: いいと思うね。どうせ絵柄が同じだからね。
鈴木: 結果を発表します。Eでした。
浅井: Eってどうなんですか。
シマジ: Eはいいんです。
鈴木: たいがいの男性はEですね。でも今日お渡しするSHISEIDO MENを毎日お使いになれば浅井さんなら1ヶ月でD、Cとすぐ上がっていきますよ。
浅井: 頑張ってみます。
シマジ: 貯金と同じでコツコツ毎日やることです。浅井ならあっという間にCにはいくね。
立木: じゃあ3人でレンズをみてくれる?そうそう、もっとごきげんな顔して、そうです。OK.
浅井: 立木先生は仕事が速いですね。
シマジ: 先生は、はやい、うまい、たかいを売り物にしているんだ。
立木: ウソをつけ。それはシマジのセリフだろう。おれは、はやい、うまい、それなのにやすくシマジにこき使われているんだよ。
シマジ: 浅井の料理もはやい、うまい、だよ。鈴木さんはいわれた通り今日はランチを軽くしてきましたか。
鈴木: はい、ランチは抜いてきました。
シマジ: 素晴らしい!じゃあ、浅井、ドンドン作って出してあげてください。
浅井: 承知しました。
シマジ: 鈴木さんにも新入社員のときがあったでしょう。
立木: 当たり前じゃないか。福原名誉会長にだって誰だって新入社員のときはあるんだよ。
鈴木: 浅井さんがお料理を作っている間にわたしのことをお話してもいいですか。
シマジ: どうぞ。
鈴木: 資生堂のコーポレートメッセージである「一瞬も一生も美しく」という言葉に強く惹かれ、自分もこの言葉のように生きたいと思い資生堂を受けました。
シマジ: タッチャン、資生堂に入社するのはなかなか難しいらしいよ。いつだったか知り合いの立派なお嬢さんが資生堂を受けて落ちちゃったんだ。しかも福原名誉会長の推薦がありながらだよ。
立木: それが返ってよくなかったんじゃないの。
シマジ: そうかもしれない。福原さんがいっていた。わたしは100人くらい推薦してきましたが、たった1人受かっただけです、それも結果的にはNHKにいってしまったようですって。
立木: そこが資生堂のフェアなところなんじゃないの。
シマジ: 鈴木さん、あなたは福原さんの推薦でなくてよかったですね。
鈴木: わたしは青山学院大学文学部フランス文学科を2006年3月に卒業して翌月の4月に資生堂に入社しました。
シマジ: 輝ける新入社員おめでとうってところだね。
鈴木: 入社してすぐ資生堂盛岡オフィスに配属され、3年間岩手県のドラッグストアの営業を担当しました。
シマジ: 鈴木さんは東京生まれ東京育ちだったのでしょう。
鈴木: そうです。
立木: 岩手か、シマジとよく似ているね。大学も一緒だし岩手も一緒だ。
シマジ: 岩手で営業していちばん大変だったのはなんですか。
鈴木: もともとわたしはペーパードライバーだったのですが、岩手にきていきなり営業でクルマを運転するのが大変でした。まずはクルマの運転の練習からはじめました。
シマジ: とくに冬の雪道運転は大変だったでしょう。
鈴木: はい、何度も雪にはまって動けなくなりました。
シマジ: 盛岡は雪が多いからね。
鈴木: でも岩手の人はみなさん親切で、そういうとき何度も助けていただきました。いちばん遠いお店は久慈や二戸にあったのですが、そこは海の幸が美味しいところでランチが愉しみでした。
シマジ: 岩手は海の幸、山の幸両方に恵まれているからね。
鈴木: 美味しいものを食べ過ぎて服が破れたこともありましたし、とてつもなく太ってしまった時期でしたね。
浅井: お待たせしました。どうぞ。これは前菜でフグの部位をすべて使って自家製の千枚漬けを和えたサラダ仕立てにしたものです。
鈴木: わっ、美味しそう!
立木: 鈴木さん、ちょっと待って、まずは料理を撮影することになっているんです。