第2回 麻布 浅井 浅井太一 第3章その料理は記憶に残る大きな“知る悲しみ”だったね。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

サラリーマンは上司を選べないが、料理人は自分が教わりたい名料理人を選べることもあるらしい。浅井太一は「丸山」で4年間修業した後、東京に出てきて銀座6丁目にあるレストラン「よねむら」の門をくぐった。ここはフランス料理店だが、オーナーシェフ米村昌泰は創作フランス料理を得意としていた。

シマジ: 浅井は京都からついに東京に進出してきたんだね。

浅井: 「よねむら」は京都にもありますから、最初は京都の「よねむら」に入れてもらおうとしたのですが、京都は定員いっぱいだったのです。それで一念発起してちょうど8年前に銀座の「よねむら」に入れてもらったのです。

立木: 「よねむら」はまだそんなに古い店ではないよね。

浅井: そうですね。わたしが入ったときはオープンして1年目だったと思います。

シマジ: 鈴木さんは黙々と食べているけど、もう食べ終わるようだよ。浅井、次の料理はなににするの。

鈴木: わたしだけ遠慮なくいただいてすみません。

立木: いいんです。資生堂代表としてたっぷり召し上がってください。

鈴木: 浅井シェフとお呼びするべきでしょうか。浅井さんでいいでしょうか。

シマジ: お好きなように。

鈴木: 浅井さん、最初のお料理を美味しくいただきましたが、フグのすべての部位が入っていましたね。フグのお刺身、皮、骨身、白子といったふうに――。それに京水菜と千枚漬けとをうまくマッチさせてサラダ仕立てにしているんですね。

浅井: そうです。千枚漬けは自家製です。

鈴木: 今度女子会でくるときはなんていってこれを注文すればいいんですか。

浅井: フグのサラダ仕立てといいますが、うちではアラカルトではなくすべてコースで出しておりますから、そんなにしっかり覚えていただかなくてもかまいません。

シマジ: じゃあ、2つ目にいってみようか。

浅井: あんこうと九条ねぎのブイヤベースにあん肝を加えた料理です。どうぞ。

鈴木: わあ、美味しそう。

立木: ごめんね。シマジの命令でまずは写真を撮らなければなりません。それからゆっくり召し上がってくださいね。お嬢、わたしを恨まないでね。恨むならシマジですよ。

鈴木: あっ、そうでしたね。ゆっくり撮影してください。

シマジ: この料理はあん肝を加えているからコクが出るんだね。

浅井: その通りです。あん肝が決め手ですね。

立木: お嬢、はい、どうぞ。撮影は完了しました。

鈴木: では、いただきます。ブイヤベース仕込みですからやっぱりサフランとニンニクの香りがしますね。

シマジ: ブイヤベースといえばやっぱりプロバンス料理じゃないかな。

浅井: そうです。わたしはそれを和風スタイルで出したいのです。

鈴木: たしかに九条ねぎが和風らしさを強調しているのかしら。さっぱりしていて美味しいです。

浅井: 次はホタルイカとウニと浜防風の冷製パスタです。立木先生お願いします。

立木: 浅井はわかっているね。お嬢、ちょっと待ってね。

シマジ: 待っている間にスパイシー・ハイボールをどうぞ。

鈴木: こんな昼間から飲んでいいのかしら。これから会社に戻るというのに。

シマジ: いいんです。これは仕事なのです。鈴木さんは今日でこの担当は終わるのですから、ガンガン飲んでください。そうだ、このスパイシー・ハイボールのお蔭で伊勢丹のサロン・ド・シマジのタリスカーの売上が全国のバーでベスト5に君臨しているんですよ。

鈴木: たしかにこれは美味しいし飲みやすいですものね。

シマジ: SHISEIDO MENの売上だっていい線いっているんじゃないですか。

鈴木: そうですよ。わたしは今度デパート部に配属されましたから、詳しい状況を調べてシマジさんにご報告しますね。

立木: はい、お嬢、召し上がれ。

鈴木: ありがとうございます。うん、これは美味しいです。浜防風が効いていますね。冷製パスタも乙ですね。

シマジ: いつだったか、親しい割烹がたまたま空いていたので、浜防風だけをさっとオリーブ油で炒めてもらって大量に食べたことがあったけど、あのニガミがなんともいえない。浜防風はわたしの大好物の一つです。

立木: 浜防風って普通は刺身にちょっとついているものじゃないの。これは大量に食べるものではないよ。シマジ、お前は浜防風とキャベツをまちがえていないか。

シマジ: 浜防風が大量に食べられるというのは、その店に相当えこひいきされていてこそだよ。

立木: 「浅井」ではまだダメか。

シマジ: まだでしょう。もう少し通わねば無理でしょう。

浅井: なにをお話していらっしゃるのですか。

シマジ: いや別に――。

浅井: 次は長野県産村沢牛のヒレカツにフォンドボーベースのソースを添えています。

シマジ: 関西ではトンカツより牛カツのほうが食べられているようなのはどうしてなんだろう。

浅井: それは関西は豚肉より牛肉のほうが豊富に生産されているからですかね。

立木: たしかにおれもはじめて東京にきたときトンカツの店が多いのには驚いた。

鈴木: そうですか。東京生まれのわたしには当たり前のように思えていましたが、それにしてもこのビーフカツはイケますね。フォンドボーのソースとピッタリです。

シマジ: そういえば文豪開高健と大阪でよくビーフカツを食ったなあ。おれはせいぜい200グラムだったが、グルマンの文豪は300グラムのビーフカツを美味しそうに目を細めてペロリと平らげていた。それと先日おれは、1年間冷蔵庫で熟成された極上のサーロインをステーキで食べたんだが、これは記憶に残る大きな“知る悲しみ”だったね。

立木: シマジ、また抜け駆けしたな。どこで食ったんだ。

シマジ: 一関の格之進という店だ。ベイシーの正ちゃんも一緒だった。正ちゃんから聞いた話だが、子供のころサーカス団が飼っていたライオンを戦争が激しくなったために泣く泣く射殺することになり、正ちゃんのお祖父さんが愛用のライフルでその役を買って出た。その謝礼でライオンの肉をもらい受けて食べたらしいよ。その正ちゃんが、格之進の熟成牛肉はライオンの肉を凌駕すると感動していた。

立木: 卑怯者!なぜおれを一関に連れて行かないんだ。

シマジ: じゃあ、そのうちまた一関にSHISEIDO MENで出張取材しますか。

立木: ライオンの肉も食べてみたい。

シマジ: それは日本では無理だろうね。アフリカに行けば食べられるらしい。そういえばベルリンのデパートの地下の食品売り場でもライオンの肉が売られていたね。

鈴木: ライオンの肉はいいですが、1年熟成の牛肉は食べてみたいですね。そうだ、もうわたしはこの連載の担当を卒業するわけですから、一関には出張出来ないのでした。残念!

立木: 代わりにしっかりおれが食べてきてあげるね。あっ、いけない。ビーフカツの写真を撮るのを忘れていた。浅井、もう一つ急いで作ってくれるか。

浅井: お安い御用です。

シマジ: いま全国で美味い牛肉の生産が盛んだね。おれが一関で食べたスグレモノは門崎丑とかいっていたな。

立木: 日本は味で勝負しないと、TPPが決まってしまったらアメリカの牛肉がドッと安く入荷されてきて大変なことになる。

浅井: はい、ビーフカツが出来ました。

立木: じゃあ撮ろう。

浅井: では鈴木さんには最後にデザートで自家製アップルパイとキンカンコンポートにバニラアイスを添えてお出ししましょう。

鈴木: 嬉しいです。コーヒーをください。あっ、そうだ。今度は撮影してからいただきます。

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今回登場したお店

麻布 浅井

東京都港区西麻布1丁目9−11 サワタカビル1F
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