
撮影:立木義浩
<店主前曰>
36歳の神木俊行は銀座6丁目で『BAR YU-NAGI』(バー夕凪)のオーナーバーマンをしている。神木は大学を卒業すると埼玉県のJA、いわゆる農協の職員になった。そこで情熱を込めて野菜を作る農家の人たちと親しくなり、彼らの熱意と仕事ぶりに感動した。この野菜の美味しさをもっと多くの人に伝えたい、と神木のこころが燃えた。よーし、銀座で修業してバーマンになり、優れた生産者の豊潤なトマトを使って最高のブラディ・マリーを作ろう。これからの日本は農業だ。その手助けをおれはやりたい。
決心をすると行動は早かった。神木は3年で農協を辞めて銀座に出た。彼がビルの地下に構えたBAR YU-NAGIは、オーセンティックなバーでありながら、まるでヨットのなかにいるような気分になる。店内が、穏やかな海に浮かぶ船の一室をイメージしてつくられているためだ。この店でいちばん売れるカクテルは、生産者の手塩にかけたトマトを使って作るブラディ・マリーだそうだ。たしかに神木のブラディ・マリーは抜群だ。
今月の資生堂からのゲストはデパート部の田中理絵さんである。「神木バーマンに失礼になるから、飲んべえを送ってくれ」というわたしの要望に田中さんは十分に応えてくれた。
シマジ: 神木、まず肌チェックをやってみようか。そんなに怖がることはないよ。
神木: よろしくお願いします。
田中: 検査の結果が出ました。限りなくDに近いEでした。
シマジ: いままでなにもしていない男はたいがいEなんだ。心配することはない。明朝からSHISEIDO MENのアイテムをひとつひとつきちんとつかえば、神木の若い肌はすぐに蘇る。
田中: 皮脂量も十分ですし、張りもあります。少し乾燥しているだけです。
シマジ: うるおいが足りないんだね。
神木: わかりました。いただいたSHISEIDO MENを毎日つかって頑張ってみます。
シマジ: 1ヶ月したら伊勢丹新宿店のサロン・ド・シマジにくるとき、本館1階にあるSHISEIDOのカウンターでもう一度肌チェックを受けてみるといいよ。きっとDに昇格しているね。
神木: それは励みになりますね。シマジさんはAですか。
シマジ: とんでもない。おれは10年以上もSHISEIDO MENの熱狂的な愛好者だけど、それでもCになったり、Dになったりの繰り返しだよ。
田中: わたしでもその程度です。なかなかBは難しいんです。Aの方にはわたしもいままでお会いしたことがありません。
シマジ: サロン・ド・シマジの常連のなかにはSHISEIDO MENの愛好者が多いけど、それでもBが4人くらいかな。Aを獲得した暁には、福原名誉会長とのスーパーランチに招待するご褒美をあげるとおれが宣言しているのだが、いまだに1人もでてこない。
立木: その褒美については福原さんに断ってあるんだろうな。
シマジ: 当然、この話をしたら「そうお」と優雅に笑っていらっしゃった。若いとき福原さんは商品開発部長もやっていらしたそうだ。
立木: 男の肌チェックを考えついたのはシマジのアイデアだが、まあ面白いわな。男って結構そういうことを一生懸命競い合うところがあるからね。
神木: なんだか闘志が湧いてきました。それはそうと、今日は4種類カクテルを作るんでしたね。
立木: その前に3人でレンズをみてくれる?笑顔をお願い。
シマジ: 急に笑えといわれても難しいよ。いや、いい考えが浮んできた。
田中さんはいまやベテランでしょうが、新入社員のころは顔が赤くなるような失敗もあったでしょう。そのエピソードを披露してくださいよ。
田中: 新人のころの失敗はたくさんありますが、そうですね、いまは組織変更でなくなってしまいましたが、品川にオフィスがありました。営業車を自分で運転して得意先へ向かうとき、荷物の積みおろしでルーフに資料を置き忘れて、そのままクルマを走らせたことがありました。帰社するとわたしの机の上にその資料がきちんと置かれていました。先輩が駐車場に散乱した資料に気がつき、拾い集めてくださったのです。そのときはとても焦りました。
シマジ: アッハハハ。たしかにクルマのルーフに載せるとよく忘れることがあるよね。
田中: 品川のオフィスはとてもアットホームでした。温かい先輩たちに囲まれ、使いものにならない新入社員のわたしを丁寧に指導してくださいました。
神木: いまでは笑い話ですけど、たしかに文句もいわずに黙って散乱した資料をかき集めて新入社員のデスクに置いておいてくれるって、こころに熱く沁みますね。
立木: OK。次いこう。
神木: でははじめに、飲むカクテルではなく食べるカクテルをつくりましょうか。
シマジ: 食べるカクテルだって?
田中: それは生まれてはじめてです。
神木: このイチゴは茨城の村田農園のものです。それに日本蜜蜂の蜂蜜をつけて口に入れているうちに冷えた貴腐ワインのソルテルヌを飲んでください。
シマジ: 撮影用とわれわれ2人分を作ってくれる?
神木: わかりました。これは葉巻にも合いますよ。
シマジ: それではシガーを一本もらおうかな。
神木: いまうちでは、ホヨー・ドゥ・モントレー ペティロブストがいい状態です。
シマジ: それにしよう。
田中: うーん、美味しいです!このイチゴは茨城出身だそうですが、わたしもそうなのです。イチゴの酸味と蜂蜜と貴腐ワインが口のなかで素晴らしくマッチングしています。
シマジ: そういうことをうるさい連中はマリアージュ<結婚>というんですよ。ところで田中さんは結婚していらっしゃるのですか。
田中: まだです。
シマジ: 神木は。
神木: まだですといいたいところですが、しています。
立木: 次はなんなの。
神木: モヒートを作ります。
シマジ: 田中さん、ここのモヒートは2本のストローで飲むんですよ。
田中: どうしてですか。
神木: うちでは最後に西インド諸島のグアドループ島のラムを上から注ぎますので、下のほうがアルコール度数が低いんです。その度数が低いほうから飲んでいただきたいのです。またうちではブラウンシュガーではなく粗糖を使っています。ミントの上から和歌山県有田市のレモン果汁を入れます。はい、どうぞ。
シマジ: これも3杯作ってくれる?今日の資生堂からのお客さまは飲んべえで気持ちがいいね。
田中: すみません。
シマジ: そんなことはない。今日は飲むことが仕事です。
立木: シマジ、この間も同じセリフをいってなかったか。
シマジ: 忘れたなあ。
田中: でもこれから会社に戻らなければなりません。
立木: 会社に帰ったらSHISEIDO MENを売るために、いやいや、シマジに無理矢理、仕事だといって飲まされたといえばいいの。
田中: アッハハハ、わかりました。今日は愉しく仕事させていただきます。
シマジ: うん、神木が作るモヒートはじつに上品だね。キューバでヘミングウェイが愛したモヒートを飲んだことがあるけど、あれは粗野だった。キューバンラムが大量に入っているから強い。それをヘミングウェイは毎晩8杯飲んだそうだ。
立木: でも凄いじゃないの。ちゃんと『老人と海』を書いたんだから。
シマジ: でもヘミングウェイはシガーの本場に20年近く住んでいたのにシガーを嗜まなかった。それはおれにとって謎だね。同じようにジョージ・オーウェルはスコットランドのジュラ島に居を構えていたがウイスキーには目もくれずラムばかり飲んでいたそうだ。これも謎だね。