
撮影:立木義浩
<店主前曰>
本日の資生堂からのゲスト、田中理絵さんはじつに気持ちよく豪快にお酒を飲んでくれている。しかも美人だ。だから神木バーマンが力こぶを入れるのも当然というものだろう。
「田中さんがうちのリピーターになってくれたらいいなあ」と神木の顔に書いてあるのを同じバーマンのわたしが見逃すはずもない。
シマジ: 神木、今度はいよいよ十八番のブラディ・マリーのご登場だろう。
神木: はい、そういきましょうか。田中さん、うちのブラディ・マリーを飲むとほかのお店ではもう飲めなくなりますが、それでもいいですか。
田中: それならブラディ・マリーを飲みたくなったならここへくればいいんですね。
シマジ: 田中さん、是非女子会をここでやってあげてください。そして女子全員で神木の作るブラディ・マリーを飲んでみてください。
立木: たしかにオーセンティックバーはまだ男の領域かもしれないね。新宿の本多のところのル・パランなんてダンディな格好をした男たちが荘厳に横に並んでいるものな。
シマジ: そうだね。カップルで行くと本多に怒られそうだ。
田中: そのバーはつい最近SHISEIDO MENの連載に載ったあのバーですか。
神木: そうです。格調のある有名なバーです。それではご要望にお応えしてブラディ・マリーを作りましょう。使うトマトは栃木県鹿沼産です。名前は「福来茜」といいます。ここのトマトのハイシーズンは3,4,5,6月でいまがいちばん美味しいときです。まずトマトを搾って白バルサミコとオリーブオイルを加え、それによく漉したシジミの煮汁を入れます。それからコショウとお塩を少々、これで完成です。3杯作りました、どうぞ。
立木: 神木、ありがとう。こうしてくれると気を使わずに撮影に没頭出来るね。撮ったらおれが飲んでもいいんだな。
神木: 当然です。ゆっくりお飲みください。
田中: ウーン、こんな美味しいブラディ・マリーは生まれてはじめてです。感動いたしました。病みつきになりそうです。
シマジ: うん、これはマリー・アントワネットもビックリだね。
田中: ブラディ・マリーのマリーはマリー・アントワネットのマリーだったのですか。
シマジ: そうです。ギロチンで首をはねられた可哀相なマリー・アントワネットのことです。
田中: 若い頃に『ベルサイユのばら』を夢中で読みました。
シマジ: 田中さん、騙されたと思ってシュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』を読んでください。これはツヴァイクの傑作中の傑作です。いよいよ彼女がギロチンにかけられるとき、マリーは凜として優雅に美しく振る舞うのですが、首が落とされ血だらけになったマリーのふたつの遺体は石灰をかけられてその場に放置されるんです。その場面をツヴァイクはさもその場で観ていたかのような、臨場感あふれる達意な文章で書いています。神木の作るこのブラディ・マリーは彼女の育ちの良さが現れているような上品な味だね。
立木: うん、これはシジミの煮汁が効いているな。二日酔いにいいかもね。
神木: よく二日酔いのお客さまから注文を受けますね。それから最後に寄られたお客さまが翌日のために飲んでいかれます。みなさまにこんなに褒められて嬉しいです。それではいよいよ最後のショットですが、サロン・ド・シマジのグレンファークラス32年ポートマチュアードといきますか。
立木: なになに、シマジがスコットランドでボトリングしてきたあのボトルを撮るのか。おれ、帰るよ。あのラベルのグレンファークラスの字よりSHIMAJIの字のほうが大きいというのがおれは気にくわない。
シマジ: タッチャン、そんなにヘソを曲げないで、お願い、撮影してくださいよ。
立木: どうするんだ。
シマジ: そのボトルとグラスに入った一杯を撮ればいい。
神木: いつものシマジ流で作ればいいんですか。
シマジ: そうだね。これも3杯作ってくれる?
神木: 了解しました。
シマジ: 神木のシェイカーの振り方は早くて美しい。にわかバーマンのおれにはとても敵わない。脱帽です。
神木: いえいえ、この間伊勢丹のサロン・ド・シマジでシマジさんのシェイカーの振り方をみていて、あのスローシェイクの技を盗ませていただきました。
シマジ: たしかにあまり早くシェイカーを振ると氷が溶けて水っぽくなるかもね。格好悪いけどおれのやり方は理に叶っているかもしれないね。
立木: シマジはまた自分が出来ないことを正当化しようとしていないか。
シマジ: しまった、ばれたか。だからおれはサロン・ド・シマジにベテランのバーマンがくると焦るんだよ。そのためか、ル・パランの本多ちゃんなんかスパイシー・ハイボールばかり注文してくれるんだ。「何よりも尊いものは友情」だからね。あいつはそれをちゃんと知っている。
神木: そのシマジ格言コースターをこの間もらってきました。
田中: シマジさんのバーには格言コースターがあるんですか。
シマジ: ブルーとピンクの格言コースターが24種類あります。それを使ったお客さまはお持ち帰り出来るシステムなんです。
立木: シマジの魂胆がみえてきたぞ。そのコースターを家で使ってもらってサロン・ド・シマジを思い出させ、また来てもらおうっていうんだな。
シマジ: それもそうだが、おれはあの店で文化を売っているんだよ。
立木: 文化を売っている、どこかで聞いたセリフだな。
神木: そうです、『全身編集長』のなかの名セリフでした。
シマジ: 神木、グレンファークラス32年の売れ行きはどうなんだ。
神木: 一晩で一本まるまるカラになったこともございます。ですから小出しにしないとあっという間になくなってしまいそうです。
シマジ: 神木はあのボトルを何本買ったんだっけ。
神木: 伊勢丹のサロン・ド・シマジで10本買いました。
シマジ: 伊勢丹のバーではシングル1杯を3,500円で売っているんだが、ここではいくらで売っているの。
神木: 1杯5,000円です。やはり銀座は土地代が高いですからね。
シマジ: いろんなバーに行ってみたが5,000円のところが多いね。田中さん、よくみてください。ここのバーはボトルが1本もみえないでしょう。
田中: たしかにそうですね。普通のバーではボトルがこれみよがしに林立していますけれども。
シマジ: ここはヨットのなかを想定していますから、大波に揺れてもボトルが棚から飛び出さないように、ちゃんと板戸の内側に隠されているんですよ。
田中: そういわれてみるとコースターも羅針盤の模様をモチーフにしていますね。
立木: お嬢は飲めるほうだね。しかも酔った感じがまだ見受けられない。強いんだね。
田中: いえいえ、結構きています。でも愉しくて気持ちいいです。あっ、そうだ。これから会社に戻ることを忘れていました。
神木: 最後にうちのコーヒーをお飲みください。
田中: コーヒーも置いているんですか。
神木: うちのコーヒーはタダモノではありません。パナマのグランクリューのゲイシャです。これはコーヒーハンターの川島さんのところから仕入れています。
田中: 川島さんも以前SHISEIDO MENのゲストに登場していますよね。
立木: そうだった。川島のアゴがはずれたエピソードには大笑いしたよ。
田中: そうでしたか。もう一度読んでみます。
シマジ: 一度みせてくれと頼んでいるんだが、最近の川島のアゴは外れないらしい。