
撮影:立木義浩
<店主前曰>
わたしはむかしからバーのカウンターの止まり木に腰掛けて一人で飲むのが好きである。晴れて「週刊プレイボーイ」の編集長になった夜も一人静かに飲んでいた。女に振られた夜、行き着くところはやはりバーのカウンターだった。バーのカウンターというのは人生の句読点みたいなものかもしれない。葉巻で一服し、シングルモルトで喉を潤しながら、ちょっとひと休みするには最高の場所である。そういう行きつけのバーを持っている人は、男でも女でも大人の部類に属している。
シマジ: みなさん、神木の名刺をもう一度みてください。とくに裏側にこう書いてあるのです。
「フレッシュカクテルで農業を支援する。BAR YU-NAGIは生産者の思いをお客様に伝え、お客様の感動を生産者に伝えます。」
神木、泣かせるじゃないの。
神木: はい、わたしは真実そう思って仕事をしています。
シマジ: 神木は埼玉の農協出身だから農家の人たちの気持ちがよくわかるんだろうね。
立木: この若さで銀座にオーナーバーを持つこと自体たいしたものだよ。
神木: じつは共同経営者がもう一人おります。富田さんという起業家です。
シマジ: そうだったね。富田拓朗はおれのいちばん新しい親友だ。
立木: シマジ、また若い子を手なずけたのか。
シマジ: この男は面白いよ。一度タッチャンにも紹介しようかと思っている。もともとコンピュータ狂で高校生のときに大発明をしたんだが、それを大手企業に売って大儲けしたそうだね。
神木: 富田さんは天才肌の人です。このバーもわたしを代表取締役にして富田さんは裏に隠れています。会社も20社以上持っているようですね。
立木: やり手だね。シマジはどうしてその天才を知ったんだ。
シマジ: それはミカフェートのコーヒーハンター川島に紹介されたんだ。富田はミカフェートにも出資しているようだね。高級時計をはじめシガー、LPレコード、ステレオ、カメラ、と拓朗は目が利くのをイイコトにいろんなものを収集している。おれが「リベラルタイム」でそういうコレクターを取材しているので、富田拓朗にご登場願ったわけだ。そうだ、そのときの写真は以前タッチャンのところでアシスタントをしていた矢島宏樹に撮ってもらったんだよ。
立木: シマジさん、おれの弟子のことまで面倒をみてくれてありがとうございます。
シマジ: いえいえ、どういたしまして。その取材のとき、出会いがしらに拓朗とおれの間にビビッと電気が走るのを感じたんだ。それからおれたちはもう何十回と会っている。気の合う男同士は一緒に仕事がしたくなる、というのはタッチャンとおれをみてくれればわかることだが、拓朗にはいま伊勢丹のサロン・ド・シマジの革部門で大活躍してもらっている。ブロッターをはじめ、万年筆の革のケース、クロコダイルの財布、バッグ、パイプを入れる特性ポーチ、可愛い革の靴ベラ等々を天才的な洒落たアイデアで作ってサロン・ド・シマジで売っているんだ。そのすべての製品にSalon de Shimajiのロゴマークが刻印されている。
田中: ブロッターってなんですか。
シマジ: ブロッターは万年筆を使う人には必需品なんです。書いたインクをすばやく吸い取ってくれる便利なものですよ。でもいま世界中で絶滅しつつある文房具です。それをサロン・ド・シマジで復刻させたんです。そうだ、資生堂の福原名誉会長にもひとつ買っていただきました。
立木: またシマジが押し売りしたんじゃないの。
シマジ: いやいや、「こういうものが欲しかった」といって買ってくれました。福原さんならあのブロッターの値打ちはわかってくれると思っていました。
田中: やはりわたしも一度伊勢丹のサロン・ド・シマジに行かなければなりませんね。
神木: そうですよ。バーでスパイシー・ハイボールを飲んでから隣のシマジさんのセレクトショップをご覧になられるといいかと思いますね。SHISEIDO MENのシリーズがずらりと並んでいるのも壮観です。
田中: わかりました。必ずお邪魔させていただきます。
シマジ: そうだ、田中さんにはここでもっと面白い仕事上の失敗談を聞かせてもらえませんか。
立木: 美人から失敗談を聞くなんて悪趣味じゃないか。
田中: 失敗談は数限りなくありますが、いつでしたか、金曜日だったことはまちがいありません。遠方にある得意先店までクルマを運転して行き、夜10時ごろ高速で帰ってきたんですが、少し眠気を催したので休憩を取ろうとパーキングエリアに入って仮眠を取ったのです。が、仮眠からいつの間にか自然に熟睡してしまい、気がついたらそのまま土曜の朝を迎えていました。
シマジ: アッハハハ。わたしも若いとき山梨の富士レイクサイドCCに毎週土曜日ゴルフに通っていたんですが、あまりの睡魔に耐えきれずパーキングエリアに入って寝込んだ経験がありましたね。朝まで寝過ごしたことはありませんでしたが、カエルの鳴き声で深夜突然目を覚まし、一瞬、ここはどこなんだ!と恐怖に襲われたことがありました。
立木: それは、どこの女のうちだろう?という恐怖だったんじゃないか。
シマジ: そうだったかもしれない。
立木: 正直でよろしい。
田中: ところで富田拓朗さんは独身なのですか。
神木: 42歳の正真正銘の独身です。
田中: お会いしてみたいですね。
神木: 富田さんはここにフラッといらっしゃることがありますよ。
田中: お酒はお強い方ですか。
シマジ: それが下戸なんです。
立木: 天は二物を与えず、か。
シマジ: あれだけの財力があって酒が強かったら体を壊すかもしれないね。でも気前はいいんだよ。グレーンファークラス32年ものを伊勢丹のサロン・ド・シマジで10本もポンと買って行ったからね。
田中: 飲まないのにどうしてお酒を買うんでしょうか。
神木: それはこのバーのために買ってくれたんですよ。
立木: それもシマジが押し売りしたんじゃないの。
シマジ: 押し売りなんてしなくてもグレーンファークラス32年は売れましたね。JALのファーストクラスでもボトルで売っているんですが、ホームページで「残りわずか」と書いてあったとバーにきたお客様が教えてくれました。
田中: 富田さんはイケメンですか。
シマジ: 子役をやっていたというくらいだからイケメンですよ。それに声がなまめかしいという評判ですね。バーのお客様たちが、あの声で薦められるとどうしても買ってしまうんだといっていましたからね。
立木: シマジがこれほど気に入っているんだから男らしい男なんじゃないの。
シマジ: 元気で明るくっていい男ですよ。もちろんSHISEIDO MENの愛好者ですから肌もスベスベです。
神木: うちの富田はお洒落です。
シマジ: いいセンスをしているよね。メガネも中目黒の「1701」だしブティックは広尾の「ピッコログランデ」と、おれとかぶっているんだよ。
田中: このバーにはいついらっしゃいますか。
シマジ: 多分、風の強い夜にくるかもしれません。
立木: 富田ってやつは風の又三郎みたいなやつだね。おれも会ってみたくなった。
シマジ: それでは風の強い夜に紹介しましょうか。