
撮影:立木義浩
<店主前曰>
藤井シェフの話を聞いてもわかるように、男の人生にとっては、まさしく誰と出会うかが重要なのである。藤井は木下と出会って料理人としての道が開けた。わたしもタッチャンに出会って一流の写真家の仕事ぶりが理解出来た。そしていまでもこうして一緒に仕事をしている。出会った男同士はときに、その道の腕を磨き合うものである。そうして掛け値なしの尊い友情が生まれるのだ。
藤井:矢野先生には今日はまずフォアグラのハンバーガーを召し上がっていただきたいと思っています。
シマジ:この間もあのハンバーガーを食べてみたけど、高級なフォアグラを素材にしてよくハンバーガーが作れたね。アボカドの香りがフォアグラの香りとあんなにマッチするとは考えられなかった。
藤井:ハンバーガーはフォアグラしか使っていません。アボカドはペースト状にして、専門用語でディップというんですが、ハンバーガーのパンの間に挟んでいるだけです。
シマジ:そうだったのか、知らなかった。
立木:料理の世界の素人さんにはわからないの。
矢野:フォアグラのハンバーガーなんて生まれてはじめて食べましたが、美味しいですね。形が小さいのがいいです。
藤井:ありがとうございます。うちはお客さまにいろんな種類の鉄板焼き料理を愉しんでいただくために、すべてのポーションを小さくしています。
シマジ:そうだよね。そのあとでステーキを食べる人だっているだろうからね。ところで藤井、パリでタッチャンに作ってあげたマグレの鴨のローストには、どんなソースをかけたんだ。
立木:シマジはおれにヤキモチを焼いているんだな。そうやって刑事みたいに尋問しているが、藤井、ごめんね、勘弁してやってくれ。
藤井:日本ネギを市場から買ってきて、鴨のあとそれを焼きまして、ソースはフォンドボーと柚胡椒を使いました。
矢野:フォンドボーってなんですか。
藤井:仔牛の骨のスープです。それに醤油をちょっと隠し味で入れたような記憶があります。
シマジ:うん、それは美味そうだね。冬になったらおれにも作ってくれないか。
藤井:お安い御用です。
シマジ:デザートはどうだったの。
立木:シマジ、お前はくどすぎる。6年以上前の話だぞ。藤井だって忘れているよ。
藤井:いや、立木先生、覚えていますよ。
立木:お前は賢い子だね。
藤井:そのときのデザートは梅酒のゼリー寄せを作りました。たしかそれに煮た桃を入れて出しました。
シマジ:美味そうだ。それもいつか作ってくれ。
藤井:畏まりました。
立木:シマジ、隣の芝生がよくみえるように、他人が食べているものはなんでも美味しくみえるんだよ。
矢野:料理の世界もいろんな工夫を凝らしていらっしゃるんですね。わたしもネールアートを今後もっと工夫します。シマジ先生、いま思いついたのですが、ラインストーンを使ってキラキラ光るスカルをお作りしましょうか。スワロフスキーのいい石を使いましょう。
シマジ:わたしは矢野先生には全幅の信頼をおいてすべてをお任せしていますから、先生のお好きなようにやってください。
藤井:次は冷たいカボチャのスープを出しましょう。
矢野:美味しそう。
立木:矢野先生、まず、写真を撮らせてね。
矢野:存じ上げております。
シマジ:藤井、今日のメインディッシュは何なの。
藤井:ビーフステーキを考えています。
矢野:そんなに食べられるかしら。
シマジ:大丈夫でしょう。矢野先生はお若いころ店頭のビューティーコンサルタントとしても名を馳せたそうですね。
矢野:う、ふふふ、それはむかしむかしの話です。
シマジ:ウワサによると、矢野先生にメーキャップして欲しい!というお客さんがたくさん押し寄せたそうですね。
矢野:いえいえ、お客さまに美しくなってもらいたい一心で、心をこめてメーキャップして差し上げたらそうなったことがよくありましたが、むかしむかしの話です。
シマジ:でもビューティーコンサルタントからスタートして、いまはこうして後進のためにSABFAで先生をしているって素敵な人生ですね。
立木:矢野先生だったらお客さまの間でも人気者になるのは簡単だろう。
シマジ:タッチャン、どうして?
立木:一芸に秀でた人間はなんでも出来るものさ。それに菩薩のような矢野先生にメーキャップされたら、お客さんだって気持ち良くなって、また来店したいと思うんじゃないの?。
矢野:いえいえ、むかしむかしの若かりし頃の話です。
立木:シマジ、お前にはこの謙虚さを学んでもらいたいものだ。
藤井:ステーキが焼けました。どうぞお召し上がりください。
矢野:こんなに大きいんですか。食べられるかしら。
藤井:大丈夫ですよ。
矢野:美味しいですね。多分これなら全部いけそうです。あっ、そうだ。シマジ先生、SABFAのうちの生徒に授業をお願いしたいのですが。たとえば、乗り移り人生相談ライブ@SABFAでもいいんですが。
シマジ:矢野先生のためならなんでもやりますが、「乗り移り」となると相棒のミツハシを呼ばなければ出来ません。
矢野:うちの生徒は下は23歳から上は38歳までおりますから、人生経験の幅が多様です。きっと面白くなると思います。
シマジ:ミツハシに相談して前向きに検討させてください。
矢野:ミツハシさんにもお礼にメンズ・ネールアートをやって差しあげたいですね。
シマジ:ああみえてもミツハシは堅い会社のサラリーマンですから、それを受けるかどうかは保証しかねます。ですがそれも一緒にミツハシに訊いてみましょう。そうだ、今度の福原名誉会長のスーパーランチのゲストがミツハシだった。SABFAの初代校長はたしか福原さんでしたよね。
矢野:そうです。
シマジ:それならそのときミツハシを説得しやすいと思います。お待ちください。
藤井:シマジ先生、ぼくはPenの熱狂的な愛読者なのですが、あのシマジ先生の黒いバー物語の連載がなくなってしまって寂しく思っております。
シマジ:藤井、お前は嬉しいことをいってくれるね。あの連載は9月10日に一冊の本に上梓されるんだ。愉しみにしていてくれ。
藤井:それは買います。タイトルはなんというんですか。
シマジ:『Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である』
藤井:店にも置きます。
シマジ:嬉しいことに、タモリさんがゲラ刷りを読んでくださって「圧巻である。本書には悪魔と天使が乱舞している」という絶賛のお言葉を頂戴したんだ。
立木:シマジ、またお前はあのタモリをたらし込んだのか。
シマジ:タッチャン、ごめん、おれはタモリさんとウマが合いそうなんだ。彼は隠れシングルモルト・ラバーなんだよ。
立木:どこでタモリと会ったんだ。
シマジ:タッチャンも参加していた菅原正二の『聴く鏡Ⅱ』の出版記念パーティーで正ちゃんに紹介されたんだ。タモリさんが飲んできたシングルモルトの経験の深さと豊富さにおれは驚いた。それで例の“紙爆弾”を使ったわけだよ。
立木:今度タモリと会うときは2人だけじゃなくおれも入れろよ。
シマジ:タッチャン、約束します。そんなタッチャンのヤキモチがおれは大好きなんだ。
藤井:大人の男って複雑なんですね。
立木:藤井、シマジはまだ子供だからこうしておれが教えているんだよ。それにおれは、シバレン先生や開高先生に、シマジをよろしく頼む、と生前に頼まれてしまったんだ。
矢野:男性同士の素敵なお話ですね。