
撮影:立木義浩
<店主前曰>
「鳥政」は銀座4丁目という一等地にあり、川渕政次、克己、政太郎と3代続く老舗の焼き鳥店である。90歳まで元気だった政次お祖父さんが1946年に創業した。政次は石川県出身で13人兄弟であった。隣家は偶然にも「山平」という焼き鳥屋のボスの実家である。政次は尋常小学校を出ると丁稚として上京した。丁稚を長いことやったあと、新橋で屋台の焼き鳥屋をはじめた。美味くて安い焼き鳥屋の誕生であった。食材は茨城県の農家の地鶏を使った。それが当たった。いまでも材料は同じところから仕入れている。新橋の屋台からいまの店を銀座に構えるまでにはかなりの時間がかかった。その後政次が60歳になったとき、息子の克己に店を譲った。克己は大学を出るとファッションメーカーのバイヤーになり大阪で働いていたのだが、オヤジに帰ってきてくれといわれると、素直にバイヤーを辞めて東京に帰ってきた。克己は小さい頃からオヤジに可愛がられ、3歳になる頃にはよく一緒に多摩川の鮎釣りに連れて行ってもらった。政次の遺伝子は着実に克己に受け継がれ、克己の現在の趣味は鮎釣りである。政太郎は早稲田大学法学部を出て一時セブンイレブンのサラリーマンになったが、いまは「鳥政」で働きオヤジの克己をしっかり手伝っている感心な息子である。
シマジ:まず資生堂からきてくれた矢尾恵理子さんを紹介します。
矢尾:矢尾と申します。
シマジ:矢尾さん、今日は親子肌チェックをお願いしますね。はじめに息子の政太郎からいきますか。
川渕政太郎:よろしくお願いします。ここに座っていればいいんですか。
矢尾:大丈夫です。すぐ終わりますから。結果が出ました。Eでした。
政太郎:Eはたしかいちばん多く普通なのですよね。
シマジ:政太郎はいままでの連載を読んでいるんだね。
政太郎:はい、一応。
シマジ:では次は克己お父さん、どうぞ。
川渕克己:今日はよろしくお願いします。
矢尾:お父さまのほうがお肌の状態がいいですね。Dでした。
立木:シマジ、今日の撮影場所はお前の仕事場より狭いな。でも大丈夫、おれは狭いのには慣れている。
川渕克己:いやあ、立木先生に撮っていただくなんて光栄です。床屋に行っておくべきでした。それでは今日はまずシマジスペシャルからいきますか。
立木:参ったな。ここにもシマジスペシャルがあるのか。
シマジ:ここのヤキトリは美味いですよ。塩野七生さんもお連れしたことがあるくらいです。
矢尾:へえ、あのお洒落な塩野先生もいらしたのですか。
シマジ:しかも塩野さんにも寒風のなか30分も並んで待ってもらい、ようやく入店したのです。
川渕克己:あのときは焦りましたが、塩野さんが文句もいわず並んでくれてホッとしましたよ。
シマジ:わたしが塩野さんに「ここは並ぶ価値のある店です」といったんです。でも隣のお客が「どうして塩野先生がこんなところにいらっしゃるのですか」といったときには、おれは焦ったね。余計なお世話だよね。ともかく、川渕家3代の焼き鳥屋物語はNHKの朝ドラになってもいいくらい面白いですよ、それにここのヤキトリは絶品ですよ、とわたしが塩野さんに説明したんですが、塩野さんも「美味しいわ」といって沢山召し上がってくれました。オヤジさんが自家製の塩辛を差しあげたら「これはローマで食べます」と喜んでいたよね。
立木:それじゃあ、4人一緒にこっちをみてくれる。はい、OK。
シマジ:ここによくくるのはセオですよ。
立木:そういえば、セオはまだか。
シマジ:この取材はネスプレッソではないからいくら待ってもセオは現れません。
立木:あっ、そうか。しょっちゅうシマジと仕事をしているからどれがどれだかわからなくなっちゃうんだ。
川渕克己:セオさんはよくきてくれます。いつもシマジスペシャルを食べていただいております。
立木:お父さん、「食べていただいております」なんて言い方はセオには10年早い。「喰っている」でいいんです。
川渕克己:でもセオさんの話には泣けました。
立木:どうしてお父さんがセオごときに泣かされるの。
川渕克己:あれはイラク戦争のときでしたか、イラクに取材に行くとき「オヤジさん、もしかするとおれは生きて帰ってこられないかもしれない、非常に危険なところに取材に行くんです。その最後の晩餐に鳥政を選んだ気持ちをわかってもらえますか」というんですよ。しかもお1人でした。わたしはジンときてしまい、セオさんが食べ終わった頃合いに「セオさん、今夜はわたしの気持ちでお代はいりません」と思わず言ってしまいました。
シマジ:セオはああみえて純なところがあるんだね。
川渕克己:それから3週間後、無事帰国されてここへいの一番にきてくれました。「オヤジさん、イラクでずっと鳥政のヤキトリが食べたくて仕方がなかった。だから成田から直に来たんですよ」といってくれたのでまたほろりとしてしまいました。
立木:お父さん、まさかまたタダにしたんじゃないでしょうね。
川渕克己:そのときはちゃんとお勘定をいただきました。
シマジ:でもあいつは気の毒なやつで、一緒に取材した現地の仲間が3人ものちに亡くなったんだよ。
川渕克己:その話はわたしも聞きました。セオさんは強運の方ですよ。
立木:ここでいちばん美味い部位はどこなの。それを撮影しよう。
シマジ:やっぱりペタかな。
川渕克己:うちは器械ではなく手で下ろしているからペタは美味いですよ。
矢尾:ペタってどこですか。
川渕克己:別名ボンジリともボンボジともいわれていますが、ニワトリの尻ペタのところをペタというんです。大阪人は「トケツ」ともいいますね。具体的にいうと肛門の上の部分です。ちょうど焼けました。はい、どうぞ。
矢尾:これは脂こくって美味しいです。はじめて食べました。
立木:デカイペタだね。お父さん、もう一本焼いてくれる?撮影する前にお嬢に食べられてしまったからお願いします。
矢尾:あっ、ごめんなさい。そうでしたよね。失礼しました。
立木:お嬢、大丈夫。すぐに焼けます。
矢尾:先程からシマジスペシャルといわれていますが、それはなんですか。
シマジ:いい質問です。それはわたしが食べる順序を考えたものです。まずペタ、レバー、砂肝、軟骨、首皮を塩で、それからホルモンをタレで、と続きます。そうだ、オヤジさん、ここの塩ラッキョウもピカイチだね。
川渕克己:はい、これは川渕家代々に渡り丹精込めて漬けているラッキョウです。オヤジが店を切り盛りしていたころは、うちのばあさんが漬けていました。わたしが結婚してからは嫁の仕事になりました。
矢尾:川渕さんは恋愛結婚ですか。
シマジ:突然の質問、面白い。
川渕克己:見合い結婚です。
立木:結構見合い結婚ってうまくいくことが多いんだよね。
矢尾:立木先生はお見合い結婚ですか。
シマジ:鋭い質問だ。おれもいままで聞くのが怖くて、タッチャンのプライベートなことはなにも知らないんだ。
立木:それは秘密です。でもいまでも偕老同穴で続いています。
矢尾:カイロウドウケツってどういう意味ですか。
立木:お嬢、それは辞書を引いてください。
川渕克己:ここで最後に出るペッタンコの串に刺さったご飯もうちのやつが50本も作ってくれています。それには煎りゴマがまぶされていて人気があるんです。炊きたてのご飯を串に刺すのはなかなか手間のかかる作業ですが、うちのがすべてやってくれているんです。わたしはそれを籠に入れて電車でここまで運ぶだけです。
矢尾:お見合い結婚っていうのもいいものですね。