
撮影:立木義浩
<店主前曰>
3代続く「鳥政」はヤキトリ屋の名店である。初代はもう亡くなられたが、現在、2代目のオヤジの克己と息子の政太郎が仲良く働いている。ここはわたしがえこひいきされている店でもある。まずはわたしがカウンターに黙って座れば、黙って「シマジスペシャル」が出てくる仕組みになっている。しかし本当のえこひいきはそれからだ。
「鳥政」のヤキトリはどれを食べてもじつに美味いのだが、とりわけここのシロレバは秀逸である。数に限りがあるからお客さま全員には渡らない。その貴重なシロレバをなんとか2人前頂戴しているのである。民主主義を重んじて生きていれば当然そんなえこひいきは無理なはずであるが、そこは「鳥政」の“広報部長”を買って出ているわたしである。例えば『アカの他人の七光り』<講談社刊>でも「鳥政」のヤキトリの美味さを十分に宣伝している。また土曜日の昼間、伊勢丹のサロン・ド・シマジにやってくるお客さまのなかから、これまで何人も「鳥政」へ送り込んでもいる。これらの地道な営業活動の成果が、カウンターでえこひいきされる所以となる。そしてわたしの読者やファンもまた、カウンターに座り「シマジスペシャル」と一言発すれば、その夜誰もが美味の天国へと誘ってもらえるのである。
早い、美味い、安い、が「鳥政」の売りである。
シマジ:この間、『乗り移り人生相談』のミツハシとおれがオヤジさんの前に座って食べていたら、恰幅のいい紳士が1人でやってきて「シマジスペシャルをください」という。オヤジさんがおれの目をみて「知ってる人?」とシグナルを送ってくるから、おれは首を横に2,3回振ったんだ。するとオヤジは縦に1回頷いた。それを目の当たりにしたミツハシが、堪らなくなり破顔一笑していたよね。
川渕克己:はい、覚えています。そうでしたね。わたしはてっきりシマジさんのお知り合いかと思ったんですよ。そういえばミツハシさんはわたしと同じ田園都市線沿線に住んでいるんですよ。だからあの辺の飲み屋も同じです。ミツハシさんはいつもちゃっかりシマジさんのスパイシーハイボールを飲んでいますよ。
シマジ:それはいいんだ。あいつには世話になっているからね。
川渕克己:『毒蛇は急がない』<日経BP>をみたら、おふたりの共著になっていましたね。
シマジ:編集者は黒子といわれるけど、あれはミツハシ自身が纏めているわけだから、そうしてくれとおれから頼んだんだよ。
立木:おれがおれが、といつもドヤ顔のシマジにしては珍しいことじゃないの。
シマジ:常日頃タッチャンに人生の機微を教わっている身としては、たまにはこういう謙虚さも必要でしょう。
立木:偉い! 謙虚がいちばんだぞ。そして独りのときも慎んで生きるんだよ。
矢尾:「独りのときを慎んで生きる」っていい言葉ですね。
立木:お嬢はどこの生まれなの。
矢尾:1985年に大阪で生まれました。父親の転勤で3歳から小学3年の2学期まで静岡で育ちました。それからまた父親の転勤で奈良に移って、現在も実家は奈良でございます。22歳のとき資生堂に入社して、はじめは西日本デパート本部のビューティー・コンサルタントとして働き、それからあべのハルカス近鉄本店、阪急百貨店うめだ本店へ異動。そして今回「BC交流制度」というシステムに応募して本社へ異動になりました。いま無我夢中で頑張っているところです。
立木:立派な自己紹介ありがとうございました。頑張ってください。
シマジ:ということは、現在はSHISEIDO MENの担当なのですか。
矢尾:そうです。現在の部署はデパート部ですが、「SHISEIDO MEN」の担当をしております。1人でも多くの方にSHISEIDO MENをご愛用いただけたらと思っております。
シマジ:ということは、この連載の取材には必ずきてくれるってことですよね。
矢尾:はい、そうです。よろしくお願いします。
シマジ:オヤジさん、矢尾さんのために続けて「シマジスペシャル」を焼いてください。
川渕克己:はい、わかりました。
シマジ:矢尾さん、先程、オヤジさんが自慢していたここのラッキョウをぜひ召し上がってみてください。そうだ、スパイシーハイボールも作りましょうか。
矢尾:ありがとうございます。
シマジ:どうですか、このラッキョウの味は。
矢尾:美味しいですね。
シマジ:これはオヤジさんもいっていましたが、元々はおばあちゃん、そしていまでは政太郎のお母さんに受け継がれて代々続いている味なんですよ。この薄茶色になって透明感がある塩ラッキョウはほかでは食べられません。
川渕克己:はい、首皮です。
矢尾:先程のペタとはちがった食感ですね。美味しいです。
立木:お嬢、こちらを心配しなくてもいいから、どんどん召し上がれ。ちゃんとオヤジさんが気を使って撮影用に首皮も焼いてくれました。
川渕克己:立木先生にうちのヤキトリを撮っていただくなんて光栄です。
立木:シマジ、ヤキトリを撮るのははじめてだったよな。
シマジ:おれはほかのヤキトリ屋には行かないから、取材するのもはじめてに決まっているでしょう。
立木:お前のような浮気者がここしか来ないというのは珍しいことだね。はじめて来たのは何年前なんだ。
シマジ:かれこれ12年くらい前のことかな。集英社の元部下で、いま販売部の担当役員をやっているタカモリシゲルに連れられて来た日のことは忘れもしないよ。食通のタカモリが「シマジさんの舌に絶対合うヤキトリ屋を紹介しましょう」といって2人でやってきたんだ。
立木:ははあ、シマジは軒先を借りるとすぐ母屋を取ってしまう男だから、それからは自分で開拓したようなドヤ顔で通っているんだろう。
川渕克己:タカモリさんもたまにきますよ。
立木:たまに、でしょう。シマジは女もそうだが、気に入ると集中攻撃するタイプだから、いつの間にか「シマジスペシャル」なんて怪しいものを作って、いろんな客を連れてきたんだね。
シマジ:まあ、当たらずとも遠からず、ですかね。
川渕克己:シマジさんのご紹介で沢山の方がきてくれて、うちとしては嬉しい限りです。女性のおひとりさまも来てくれていますよ。それが若くて美人が多いのです。
立木:それはすべてシマジのファンなの。
川渕克己:みんなそうです。入ってくるなり「シマジスペシャルをください」と必ずいいますから。
立木:お前も偉くなったもんだ。いい加減なエッセイを書いてこの店にファンを送り込むとは。
シマジ:ちょうど今日『バーカウンターは人生の勉強机である』<PENBOOKS>という新しい本が発売されたんですが、いままでのわたしの本の中で一番の出来かもしれません。そうだ、あの本にはタッチャンのことも書いてあります。明日あたり編集部から送られてきますから、是非目を通してくださいね。
立木:この間からシマジが吠えまくって宣伝しているやつだな。お得意の“愛すべきあつかましさ”でタモリから推薦文を強奪したという本のことだろう。
シマジ:そうなんです。嬉しくって涙がチョチョ切れました。タモリさんがオビにこう書いてくれたんですよ。「圧巻である。本書には悪魔と天使が乱舞している」と。
立木:ほう、うまいことをいってくれるじゃないの。ところでおれはどっちだろう。天使なのか、悪魔なのか。
シマジ:読んでくれたらどちらかわかります。
川渕克己:その本はもう売っているんですか。
シマジ:今日から書店の店頭に並んでいます。
川渕克己:シマジさん、一冊買っておきますからまたサインをしてもらえますか。
シマジ:喜んで。
立木:今度はなんてサインするんだ。
シマジ:そうなんです。わたしは本を買ってくださった方に、作品ごとに違うメッセージを添えてサインをしているんですが、今回の言葉は――、企業秘密です。
矢尾:わたしも買わせていただきます。
シマジ:ありがとうございます。矢尾さん、資生堂を代表して、どんどん召し上がってくださいね。