
撮影:立木義浩
「鳥政」に行くたびに思うことだが、ここの父親と息子はみていて気持ちがいいほど息が合ったいい仕事をしている。息子の政太郎も父親克己に負けず働き者である。
「バーカウンターは人生の勉強机である」とわたしは常々考えている。それをかつては、カウンターの向こう側のお客さまが生徒で、こちら側のわたしは教授なのだと傲慢にも思っていた。しかし実際にカウンターに立ちシェイカーを振っているうちにわかったことがある。それはどちらの側であっても、あるときは教授になり、またあるときは生徒になるということである。お互いにとっての勉強机なのだ。
仮にわたしがこの店の息子であったとしても、サラリーマン生活をするよりここのカウンターでお客さまを相手にしたほうが愉しいと感じるであろう。政太郎はまだ若い。いろいろなお客さまから人生の奥義を毎晩愉しく学んでいるにちがいない。何故なら、酒を飲むと男も女も本性を現すものだから。
シマジ:この新しいネールアートをみてください。
矢尾:わあ、素敵!可愛いです。
シマジ:いままでは資生堂の矢野裕子先生に黒いドクロをスワロフスキーのラインストーンで飾ってもらっていたんですが、もっとハデにしてみましょうかと、こんなに明るくキラキラにしてもらったんです。
矢尾:ハデで美しい仕上がりです。シマジさんによくお似合いですね。これではわたしのネールがずいぶん地味に見えてしまって、一緒に手を出しにくいです。
立木:お嬢、シマジをおだてるんじゃない。こいつ調子に乗ってペディキュアまでやりかねない。
シマジ:でも指先をきれいにすると気分が上がり、なにかにつけモチベーションがアップしますね。
矢尾:そうでしょう。女性がお化粧するとスイッチが入るのと同じなんでしょうね。
シマジ:オヤジさんもやってみますか。
川渕克己:わたしは結構です。息子も結構です。
立木:オヤジさんがシマジみたいに指先をピカピカキラキラさせたりしたら、鮎釣りに行っても鮎に驚かれてしまうだろう。ちっとも釣れなくなるんじゃないの。
川渕克己:立木先生、その通りです。鮎は敏感で敏捷な魚ですから。
シマジ:そうかな、鮎だって美しいものに弱いんじゃないの。
わたしはどうしてもメンズネールアートを流行らせたいんです。だからいま資生堂と交渉している。矢野裕子先生に月2回くらい伊勢丹のサロン・ド・シマジにきていただき、SHISEIDO MENを買っていただいたお客さまへの特典としてネールアートを無料でサービスしようかなと思案中なのです。
矢尾:凄いサービスですね。
立木:しかし実際にやりたいお客がいるのか。
シマジ:これがいるんですよ。常連のお客さまのなかではどうしてもシマジさんみたいにネールアートを描いてもらいたいという願望がひしめき合っているんです。まあ茶髪にするより芸術性は高いと思いますね。自分のアイコンを考えてきてもらって矢野先生に相談すれば、オヤジさん、鮎の絵だって簡単ですよ。
川渕克己:わたしは結構です。息子も結構です。な?
川渕政太郎:はい、結構です。
シマジ:親子で結構ですといわれるとますますやってあげたくなってきた。
立木:シマジがやるんじゃなくて、この間中目黒の「ブロックス」で撮影した矢野先生がやるんだろう。
シマジ:それはそうだけど。ところでネールアートの発祥の地はどこか、みなさん、ご存知ですか。
立木:アフリカ。
シマジ:ブー。
矢尾:アメリカ。
シマジ:ピンポン、当たりです。これは矢野先生に聞いた話なんですが、T型フォードが大流行した時代、だから戦前のことですが、クルマの赤いペンキが余ってしまったらしい。そこで女性の爪に赤いペンキを塗ることを発明したやつがいたんだそうです。賢いよね。たちまちその流儀はシカゴから全米に流行していったそうですよ。
立木:シマジが伊勢丹のサロン・ド・シマジから日本全国の男性に流行らせようとしている魂胆がみえみえだね。
シマジ:これは流行りますよ。
川渕克己:シマジさん、そんなにわたしの顔を見ないでください。わたしは絶対にしませんからね。
シマジ:残念だね。タダでやってあげるというのに。
立木:セオは飛びつくんじゃないか。
シマジ:そうだ、セオを記念すべき第一番目のお客にしよう。灯台下暗しだったね。乗り移りのミツハシもいる。Penのサトウもいる。
立木:小学館のハシモトは黙っていてもあいつからやってくるはずだ。
シマジ:セオがやるならヒノだってやるだろう。最初は身内の編集者からやりますか。
川渕克己:セオさんのネールアートは是非見てみたいですね。なにを描くのか興味津々です。
シマジ:あいつは編集業界きっての愛妻家だから奥さんの顔を描いてもらうかもしれないね。
川渕克己:シマジさんはキラキラドクロと『甘い生活』の表紙の顔ですね。もう一つはパイプですか。
シマジ:そうですよ。自分のアイコンを描いてもらえばいいんです。そうだ、『甘い生活』の担当編集者のハラダもいたか。
立木:シマジ牧場の女たちはどうなの。
シマジ:女性は街のネールショップに行けばいい。サロン・ド・シマジでやるのはあくまでも男性に限るんだ。
矢尾:矢野裕子先生はネールアートをプロの美容師さんに教えている先生ですからね。わたしもやってもらいたいくらいです。
シマジ:それは矢尾さんがじかあたりして頼んでみてくださいね。
そうだ、タルサワもいいかな。
川渕克己:タルサワさんって大きな方ですよね。
シマジ:そうです。資生堂の福原名誉会長とわたしにとっては万年筆の執事です。万年筆はすべてタルサワに管理してもらっているんです。そいえばタルサワが歌舞伎を観たあと「鳥政」に寄ったと言っていました。オヤジさんが貴重なシロレバを2つも出したらしいじゃないですか。
川渕克己:はい、あの巨体に圧倒されて出してしまいました。
シマジ:タルサワは168キロもあるから、シマジスペシャルを3周くらいは食べたでしょう。
川渕克己:はい、一本一本唸るように「美味い!」といって、それくらいいきましたかね。
シマジ:タルサワはオヤジさんが大好きな開高健のテレビ番組のディレクターもやっていたんですよ。ここには1人で来たんですか。
川渕克己:たしか奥さまとご一緒でした。
シマジ:奥さんも恰幅がよかったでしょう。
川渕克己:はい、細くはなかったと記憶しておりますが。
シマジ:奥さんの話によれば、太るというのは一緒に暮らしているとうつるものらしいですね。
矢尾:ついつい一緒に食べてしまうのでしょうか。仲がいい証拠ですね。
シマジ:仲がいいなんてもんじゃないですよ。だってタルサワがクルマでわたしのサロン・ド・シマジ本店にきてシングルモルトを浴びるように飲んだとき、深夜の12時過ぎにもかかわらず奥さんが千葉から電車で迎えにきて、タルサワを乗せたクルマを運転して帰っていきましたからね。
そういえば、タルサワは熱狂的なSHISEIDO MENの愛好者ですよ。髪がヤマアラシのような剛毛で、SHIEIDO MENの専用ヘアワックスの発売をいまかいまかと待っています。
矢尾:ヘアワックスについては長らくお待たせいたしましたが、新しい商品がいよいよ9月21日に全国発売になります。
シマジ:タルサワにはサロン・ド・シマジで買ってもらおう。