
撮影:立木義浩
<店主前曰>
本日の舞台は銀座で、いま建て替え中の松坂屋デパートの脇をちょっと入ったところにある「レストラン・ドミニク・ブシェ」である。出席者は大人数で、まずは今回のゲストであるこの店のオーナーシェフ、ドミニク・ブシェさん、そして通訳をお願いしたマダムの百合子さん、このレストランに高価で珍しい皿を提供しているhide kasuga 1896の代表である春日秀之さん、それに資生堂から美容部長の白井尚枝さんの計5人の座談会である。もちろんわれらがタッチャンも加わってくれた。
シマジ:白井さん、今日はスターシェフ、ドミニクが作るフランス料理を参加者を代表して召し上がってくださいね。
白井:わたし、1人で食べるんですか。
シマジ:そうですよ。
春日:みんなが恨めしそうに見ているなかで、お1人で食べるのは緊張しますよね。
シマジ:ランチは抜いてきましたか。
白井:はい、ごく軽くしてきました。
立木:白井さん、料理はオジサンが写真に撮ってからそちらに素早く回しますからね。
白井:存じております。
シマジ:じゃあ、ドミニク、最初の料理をお願いします。
ドミニク:これはカニとトマトのシャルロット仕立てという料理です。シャルロットというのはむかしの帽子のことです。このようにいくつもいくつも帽子を重ねたように盛りつけしてあります。白井さん、リラックスして召し上がってくださいね。お皿まで食べてもいいですよ。
シマジ:ドミニクはジョークが好きなんだね。
百合子:ドミニクはおかしなことばかりいいますが、全部訳さないと怒られますから全部通訳しますね。
シマジ:そのほうが原稿が書きやすいです。お願いします。
百合子:えっ、この座談会はシマジさんが自らお書きになるんですか。
シマジ:もちろんです。しがない物書き業ですから。
立木:ようし、撮影は終わりました。白井さん、どうぞ。
白井:いただきまーす。うん、美味しいですわ!
春日:シマジさん、お皿の話がでたところでわたしの登場ですよね。
シマジ:待ってました。そのために春日さんをお呼びしたんですから、是非やってください。
春日:白井さん、いま使っているその皿をフォークでもナイフでもいいですから、叩いてみてください。
白井:あら、これは通常のお皿のようなキンキンする音がしませんね。むしろ音を吸収しているよう。しかも真っ白いですね。
春日:これは自然界にあるホタル石から特殊な製法によって粉末にして塊を作り、それを削って作ったお皿なんです。じつはこの白い素材は、現在も半導体のチップをつくるために必要な先端部材として使われているんです。それだけでは勿体ないと考えてブランビジュ<白い宝石>というブランドをパリに創業しました。現在では、パリを中心としてアート方面では、彫刻やモニュメントの新素材として、また最近では、テーブルウェアなどの工芸品などに使われるようになってきています。そして、今年から日本で、【美しさを肌で感じる】をコンセプトにジュエリーを発表しました。
シマジ:春日さんはどんなきっかけでドミニク夫妻と知り合ったんですか。
春日:忘れもしない2012年1月19日、パリのエリゼ宮の隣にある日本大使公邸で、このブランビジュの発表会を催していただいたんです。日本政府の肝いりで開かれたその催しで、日本の優れたものづくり技術を生かした製品のひとつとして紹介していただきました。その会場で、当時のパリで有名なシェフ、ドミニクご夫妻にはじめてお会いしたんです。
ドミニク:わたしは春日さんの発明したこのスベスベした美しい皿を見せてもらったとき、質問してみたんです。これと同じ素材でテーブルは出来ますかって。
春日:出来ますけど高いですよ、と答えました。するとドミニクさんがいくらぐらいですかとおっしゃるので、大きさにも依りますが4人用のテーブルで1台200万円はするでしょう、とお答えしました。
ドミニク:この素材がそんなに高価なものとははじめは思いませんでした。でも実際にこのレストランで皿を使ってみて驚きました。断熱効果が抜群で、温かい料理はいつまでも温かく、冷たい料理はいつまでも冷たく保てるのです。それからこれは万一テーブルから床に落としたとしても決して割れません。しかも汚れ落ちがよく、少しの洗剤で油分でも簡単に落ちるんです。はじめはソースをのせるときにくっつきがあまりよくなかったんですが、それも春日さんが徹底的に改良してくれたので、いまではまったく問題ありません。
春日:ブランビジュ製のお皿はたとえ硬い大理石の床に落としたとしても、多少凹むことはあるにせよ割れることはまずありません。凹んだらアトリエで熱を与えると簡単に元に戻ります。だからこのお皿は子々孫々、100年、いや1000年だって永久的に使えるのです。
白井:これは1枚おいくらなんですか。
春日:いまはまだ実験段階ですが、こちらでは8枚使ってもらっています。そうですね、1枚15万円から20万円というところでしょうか。いまはジュエリーのほうにも販路を広げているんです。ブレスレットで5万円台で、新宿伊勢丹のサロン・ド・シマジにも置いてもらっています。この冬には、プラチナとゴールドと掛け合わしたファインジュエリーを発表します。
ドミニク:むかしは銀器といえば王侯貴族のものでした。ブランビジュの皿は現代版の銀器みたいなものでしょう。これが普通の家庭の皿になる日はそう遠くないとわたしは思いますよ。第一、夫婦げんかをするとき、投げ合っても割れないという利点は素晴らしいと思いませんか。
立木:なるほど、ドミニクは面白いことをいうシェフだね。
百合子:あっ、わたしまで撮っていらっしゃるんですか?
立木:マダム、逃げないで、逃げちゃいけません。
百合子:でもわたしはただ通訳として参りましたので。
シマジ:そんなことはありません。レストランのマダムとしてご登場ください。この連載に登場するのは通常3人から4人なんです。今回、わたしを入れて5人というのは壮観で、なかなかいいものです。原稿も書きやすいでしょう。マダム、お願いします。
百合子:立木先生に撮っていただくのは光栄ですけれど。
シマジ:タッチャン、全員でレンズをみなくてもいい?
立木:余計なことをいわなくてもいいの。シマジは自分の守備範囲を守っていればいいの。
シマジ:ところで、ドミニクはどうして料理人になったんですか。
百合子:その質問の答えは長くなってしまいますが、よろしいでしょうか。
シマジ:構いません。むしろうれしいです。
ドミニク:わたしは8歳のときに料理人になろうと決めたんです。それから気持ちが変わったことは一度もありません。そのころ、テレビでレイモン・オリヴィエというパリで有名な料理人が料理番組をやっていたんです。わたしはそれを見て、こういう料理人になりたいと彼に強く憧れて、8歳にして一大決心をしたというわけです。
シマジ:8歳のときに人生の進路を決めるなんて、ドミニクはおませで素敵な子供だったんですね。わたしは18歳くらいのとき、フェリーニ監督の『甘い生活』を見て編集者になろうと密かに決心しましたが。
ドミニク:レイモン・オリヴィエはパレ・ロワイヤルのなかのグラン・ヴェフールという3つ星のレストランで働いていました。
白井:パレ・ロワイヤルには資生堂のショップもあります。
百合子:そうそう、セルジュ・ルタンスの香水のお店がありましたね。
そういえば、ドミニクの敬愛するレイモン・オリヴィエも日本女性と結婚しています。
シマジ:資生堂ロオジエのジャック・ボリーもオリヴィエ・シェニョンもそうでしたね。
立木:おれたち日本人の男からすると、いまの日本女性は結構強いし、きついとさえ思えることもあるけどね。
シマジ:それでも自己主張のはっきりしたパリジェンヌに比べれば、フランスの男性にとってわが日本の女性は優しくカワユく愛おしく映るんじゃないですかね。
<次回 第9回第2章 12月12日更新>