
撮影:立木義浩
<店主前曰>
オーセンティックバー「ドンナ・セルヴァーティカ」は、渋谷消防署近くのファイヤー通りに面したビルの4階にある。バーマンとしてカウンターに立つ古屋敷幸孝は、この道に入る49歳までは一級建築士としておもに大学や病院の建築設計の仕事に従事していたという。「ドンナ・セルヴァーティカ」の内装はもちろん古屋敷自らの設計によるものである。コンクリート打ちっ放しの現代的な空間に、夜景が見渡せる大きなガラス窓が開放的で心地よい。そこに1800年代のイギリスやベルギーのアンティーク家具が、柔らかい雰囲気を醸し出している。
古屋敷バーマンの得意技は、蒸留酒とチョコレートのマリアージュである。当然のことだが、店は女性客で毎晩賑わっている。
シマジ:いつ来ても思うんですが、ここのオープン感覚が気持ちいいですね。
古屋敷:はい、わたしは個人的に地下の薄暗いバーに籠もるより、オープン感覚のバーが好きなんです。
シマジ:こちらは資生堂から来ていただいた津田浩世さんです。彼女は資生堂ビューティートップスペシャリストですから、健康的な美しい肌はどうすれば作れるのか、今日はじっくりお訊きしましょうか。
津田:いえいえ、ビューティートップスペシャリストには去年の4月になったばかりです。
シマジ:こちらはご存じ立木先生です。
立木:よろしくね。じゃあ、まず、3人一緒にこちらのレンズを見てくれる?そうそう、そんな感じ、OK。
古屋敷:最初に「スパークリング・カルバドス」と呼んでいるうちのオリジナルのミックス・カクテルをお出ししましょう。これはカルバドス・ポム・プリゾニエールにスパークリング・リンゴジュースをミックスしたものです。
津田:カルバドスってなんですか。
古屋敷:簡単にいいますと、リンゴのブランデーですね。
津田:凄い!ボトルのなかに大きなリンゴが入っていますね。これはどうやってビンのなかに入れるんでしょうか。
シマジ:不思議でしょう。ボトルの口より大きなリンゴがちゃんとボトルのなかに収まっている。
立木:ボトルを逆さまにして後ろから入れて閉じるんじゃないの。
シマジ:おれもいままでそう思っていたんだが、じつはまったくちがうんですよ。リンゴが小さな実をつくるころ、本当にボトルのなかにリンゴを入れて、ボトルのなかで大きく成長させていくんですよ。だからご覧なさい。入っているリンゴが大きかったり小さかったりまちまちでしょう。リンゴの木の上からボトルをつるして何ヶ月か見守って成長させるようなんですが、7割は失敗するようです。ねえ、古屋敷さん。
古屋敷:その通りです。ボトルに大きなリンゴが入っているのは豪華に見えますが、じつは入っているカルバドスの量が少ないですから、店としては敬遠しがちなんです。はい、スパークリング・カルバドスが出来ました。
立木:それではこちらに回してくれませんか。すぐ撮影しちゃいますから。
古屋敷:二杯作りましたが二杯撮影いたしますか。
立木:一杯でいいでしょう。一杯は資生堂のお嬢に差し上げたら。
津田:ありがとうございます。
古屋敷:津田さん、冷たいうちにお飲みください。どうぞ。
津田:美味しい!これは生まれてはじめて知った美味しさです。
立木:はい、撮影終了、お待たせ。これはシマジの分かな。
シマジ:たしかにこれはすっきりした飲み物ですね。リンゴのブランデーをソーダではなく、あえてリンゴのスパークリング・ジュースで割るところがミソですね。うん、これは美味い!
立木:そうか。じゃあ、全部撮影が終わったら、おれにも一杯飲ませてくれる?
古屋敷:承知いたしました。津田さん、いまお飲みになっているスパークリング・カルバドスのミックス・カクテルには、-25℃に冷やした「ショコラティエ・ミキ」の特注ガナッシュとのマリアージュを試してみてください。
津田:うわ、贅沢な味のチョコレートですね。
シマジ:一度、古屋敷バーマンのチョコレート講座を聞いてみるといいですよ。驚くほど詳しいです。
津田:面白そうですね。
古屋敷:ではここでチョコレート・アソートをお出ししましょう。
これはイタリアのドモーリのローステッド・カカオです。クリオーロ種のカカオ豆をローストしたものです。
次はオリジナル100%チョコレートです。
そしてコーヒー豆マンデリン入りのミルクチョコレートとオランジェット。この2つは「ショコラティエ・ミキ」のものです。
そしてこれはドモーリのチュアオ・70%カカオ・クリオーロです。
次はフランスのフランソワ・プラリュのフォルテシィマ・80%。
再びドモーリのモロゴロ・70%。
フランスのヴァローナのミルクチョコレートのタナリヴァ・ラクテ。
そして最後は同じヴァローナのイボワールのホワイトチョコレートです。
カカオは一個の実に30個から40個の粒が入っているんです。大きさはゴーヤくらいありますかね。
津田:原産地はどの辺なんですか。
古屋敷:南米のコロンビア、ベネズエラ、ボリビア、アフリカではガーナ、コートジボワールですか。
立木:チョコレートに手をつける前に、おじさんに撮らせてくれる?
津田:そうでしたね。
古屋敷:どうぞ、どうぞ。
シマジ:人間はいつごろからいまのようなチョコレートを食べていたんですか。
古屋敷:1870年代ごろからでしょうか。スイスのリンツというチョコレートメーカーがチョコレートを精錬するマシーンを発明してからです。紀元前マヤ文明から19世紀中盤まではカカオ豆を擂りつぶした、カカオ飲料として飲まれていました。そんなドロドロの状態からバーにするためには、ヴァン・ホーテンのカカオバターの抽出を待たなきゃならなかったんです。いまのような洗練されたチョコレートが誕生するには長い長い年月がかかったんです。
立木:はい、撮影終了、どうぞ。
津田:どこから食べればいいんでしょうか。
古屋敷:お好きなところから召し上がってください。
シマジ:このチョコレートコーテッドのコーヒー豆が美味そうではないですか。
津田:ではこれからいただきます。うん、香ばしい。美味しいですね。
古屋敷:チョコレートは大きく分けて2つあります。ボンボンチョコレートとファインチョコレートです。ボンボンチョコレートというのはガナッシュ等が入ったもので、ファインチョコレートというのは良質なカカオ豆の特徴を最大限に生かして作られたチョコレートのことをいいます。カカオ豆と砂糖を中心とした原材料で製造され、カカオそのものの風味を楽しめます。蒸留酒と似ていて熟成感があり、味の余韻が長いという特徴があって、アルコールとのマリアージュにピッタリくるんです。チョコレートがアルコールをマイルドにしてくれて、アルコールがチョコレートをさらに艶っぽくしてくれます。
シマジ:ところでお店の名前「ドンナ・セルヴァーティカ」の由来を聞かせてください。
古屋敷:「ドンナ・セルヴァーティカ」は「野生の女の子」という意味です。これは「ロマーノ・レーヴィ」というグラッパのラベルに描かれた女の子の呼称なんです。このグラッパはうちには180本ほど所有しています。わたしの思い入れも強く、みなさまにこのグラッパを知ってもらいたくてあえて店の名前にしたんです。
シマジ:なかなか覚えられない名前ですね。
立木:そこをあえてつけたところに古屋敷バーマンの思い入れを感じてあげなければね。