
撮影:立木義浩
<店主前曰>
人は一生のうちに数えきれないほどの人間と出会い、仲良くなったり疎遠になったりするものである。今回の店「ステーキそらしお」のオーナー、高橋治之はわたしの親友である。彼とは20代後半に初めて出会ったと記憶する。会った瞬間、なにかがお互いのこころのなかに走ったのだろう。あれから半世紀近い年月が流れ、2人はすでに70歳を越えたわけだが、いまでもお互いを尊敬し合っているし、よく会っている。いわゆる“切っても切れない縁”さらに言えば“腐れ縁”というものなのかもしれない。
立木:ここの店にはワールドカップ開催地のサッカーのポスターが全部飾られているのが壮観だね。
シマジ:オーナーの高橋治之が電通時代に贈られたものだそうですよ。サッカーファンにとっては垂涎のポスターでしょう。高橋がサッカー界に貢献したことは有名です。
立木:むしろ高橋とシマジが仲がいいのは業界では有名な話じゃないの。かたや電通、かたや集英社、いいことも悪いことも2人で堪能するほどやったんじゃないの。
シマジ:まあまあ、タッチャン、本日のシェフの橋本聡さんと資生堂の加藤芳さんを紹介します。
橋本:よろしくお願いします。
加藤:よろしくお願いします。
立木:こちらこそ。へえ、「芳」と書いて「かおり」と読むんだ。
加藤:そうなんです。いつも名前にルビを振っているのです。
シマジ:そうしないと「よし」と呼ばれて男にまちがえられるかもしれないね。
加藤:両親が「芳」という字は「よい香りが漂うような華やかな女性になって欲しい」という思いでつけてくれましたが、よく男性に間違えられてしまい、若いころは正直あまり好きではありませんでした。でも、年齢を重ねるうちにだんだんこの名前でよかったと思えるようになり、好きになりました。
シマジ:名前は少し珍しいくらいのほうが、むしろ印象に残って覚えられやすいという利点もあるんじゃないですか。
立木:シェフの「聡」もいまでは古いよね。むかし有名な俳優で山村聡という人がいたね。この名前は「そう」と呼ぶんだろう。
橋本:はい、そうです。
シマジ:アッハハハ、面白い。そうですか。
立木:そうか。
加藤:はじめにお肌のチェックをいたしましょう。
橋本:そうですか。ではお願いします。
加藤:橋本エグゼクティブシェフは現在なにか男性化粧品を使っていらっしゃいますか。
橋本:いえ、これまでなにも使ったことはありません。
立木:鉄板焼きのステーキの脂が十分にしみ込んでいるんじゃないの。
加藤:お肌チェックの判定が出ました。Dでした。
橋本:それほど悪くはないみたいですね。
シマジ:なにもしていないでDなら上出来ですよ。橋本シェフはこの連載を読んでいるんですね。
橋本:読んでいるどころか、愛読者です。この取材を高橋オーナーを通じて自分からお願いしたくらいです。高橋さんとシマジさんの仲がいいことは、一緒にここで食事をなさったときすぐにわかりました。
立木:もうタリスカーのスパイシーハイボールがちゃんとあるじゃないの。これはシマジの食のマーキングなんだよな。これがある店は馴染みの店で、オーナー面して威張っているという証拠だ。
橋本:では料理をはじめますか。
シマジ:加藤さん、ランチは抜いてきましたか。
加藤:今日はステーキだと聞いていましたから、完全にランチを抜いて参りました。
シマジ:それでは食前酒としてスパイシーハイボールで乾杯しましょうか。スランジバー!
加藤:スランジバー!ってなんですか。
シマジ:これはゲール語で「あなたの健康を祝して!」という意味なんです。スコットランドのバーではよく使われている乾杯の言葉です。
加藤:スランジバー!
橋本:ステーキを焼くグリルが裏にあるんです。立木先生、こちらへいらしていただけませんか。
立木:なになに、この鉄板では焼かないのか。
橋本:ここで直接的な火入れをすることももちろんありますが、間接的な遠赤外線の熱で焼くこともできるんです。溶岩石とレンガを使ったこの特製グリルは、高橋オーナーと一緒に開発したものです。東京の何軒かのステーキ店がこれと似たようなものを使っているようですが。
立木:このグリルに肉を入れるんだね。うん、写真を撮るのは難しいが、やってみるか。
加藤:ここのお店は随分こだわりがあるんですね。牛肉の産地はどちらなんですか。
シマジ:橋本シェフの話だと産地にこだわりはなく、そのときそのときの美味しい黒毛和牛を厳選して仕入れているようですよ。
橋本:お待たせしました。ステーキが出来上がりました。
加藤:美味しそうなニオイが漂っていますね。
シマジ:加藤さん、まず召し上がる前に写真を撮らせていただきます。
加藤:そうでしたわね。わたしもこの連載の愛読者ですから存じております。
立木:すぐそちらに戻すから待っててね。
高橋:その間に鉄板で色とりどりの季節の野菜を焼きましょうか。
立木:はい、お嬢、どうぞ。
加藤:ありがとうございます。早いですね。
シマジ:上手い写真家ほど仕事が早いんです。
加藤:わたしだけいただいてよろしいんでしょうか。
シマジ:どうぞ、どうぞ。資生堂を代表して召し上がってください。
加藤:それでは、いただきます。美味しい!幸せです!
橋本:特製グリルで焼くと満遍なく熱が通りますし、肉の余分な脂が落ちて、ふっくらヘルシーに仕上がります。
シマジ:橋本シェフは資生堂本社がある汐留のほうでも、もう一軒フランス料理店のシェフをやっているんですよ。その店の名前は「ソラシオ汐留」といって、電通が入っているビルの46階にあります。そこから見下ろす昼の風景も夕景もそれは素晴らしいものです。さらに夜景となると日本一ですよ。
橋本:1日おきに2軒の店を行ったり来たりしています。
加藤:フレンチですか。
橋本:はい。ランチもやっています。
加藤:是非今度お邪魔させてください。
立木:フランス料理のシェフが鉄板焼きをやっているって聞いたことがないね。
橋本:フランス料理より鉄板料理のほうが、単純なだけにその分難しいところもあるんです。
シマジ:ははあ、フランス料理のシェフだからここのメニューにもコンソメスープがあるんだね。美味いコンソメを作れるようになったらフランス料理人として一人前と言われている。
加藤:コンソメスープはわたし大好きなんです。
橋本:では早速お出ししましょう。
シマジ:コンソメスープを作るのには最低2日はかかるんですよ。
加藤:そんなにかかるんですか。
シマジ:手間も時間もかかるんです。でも応用範囲も広いんですよ。フレンチのコンソメスープは日本料理の出汁みたいなもので、ほかの料理のベースにも使われるんです。
橋本:コンソメスープが出来上がりました。
加藤:立木先生、どうぞお写真を。
立木:スープが熱いうちに返すからね。