第5回白金高輪 キャーヴ ドゥ ギャマン エ ハナレ 新井拓徳氏 千葉祐士氏 第4章 異国の空を想い出す。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

キャーヴ ドゥ ギャマン エ ハナレは人気店である。飛び込みで入店するのは難しい。やはり予約が必要である。わたしなど1人で原稿を書いていて、無我夢中になると食事をすることも忘れてしまうことがある。そんなとき「ハナレ」の新井に電話を入れて「これから何時間後でもいいから、1席空いたら連絡をくれる?」と言っておくと、たいがい1時間後くらいに「いま空きました。どうぞ」と連絡をもらう。もちろんスパイシー・ハイボールを飲みながら食事をするのだが、最後はシマジスペシャル“エッグプラント”と白いご飯で〆る。わたしの世代はどうも銀シャリを食べないと落ち着かないのかもしれない。

シマジ:竹山さとみさんが竹山智美さんとして中国で頑張った5年間は、資生堂に入社してから30年間のなかで、それはそれは輝ける5年間だったでしょうね。中国の奥地のほうまで営業に行かれたんですか。

竹山:わたしの仕事は1、2級都市のデパート事業とちがい、3、4級都市での事業でしたので、奥地に出向きお店のスタッフのためのトレーニングをしたり、お客さまへの美容講座を開いたりしていました。

シマジ:もう少し具体的に教えてくださいますか。

竹山:着任早々、上海から飛行機で2時間の四川省の成都から、さらにクルマで6時間の町で美容講座を開催することになり、現地のスタッフのみなさんと一緒にクルマに乗り込んで出発しました。ところが、道路工事中のようなデコボコ道である上に、土砂崩れの後のような、ここが本当に道路なんですか?!と思わず言いたくなるような、道なき道を進んでいくんです。日本では考えられないことでした。ようやく山を越え、町が見えてくるたびに、そろそろ着いたかな?と思いますと、その町は空しく通過して行くんです。別な町にさしかかり、今度こそ着いたかしら?と思っているとまた通過して行くんですよ。そんな期待と不安な気持ちを抱えながら、6時間かかってやっと目的地に着いたんです。でもこのような交通環境の町で生まれて、一生この町で暮らす方もたくさんいるんだろうな、などとふと考えさせられたりしました。

シマジ:多分そういう竹山さんの努力で、中国の人たちが資生堂の製品の魅力の虜になって、いま東京のザ・ギンザで爆買いしているんでしょうね。

竹山:たしかに、日本から離れた中国の奥地でわが社の化粧品を愛用してくれている女性たちに会ったときの、感動と感謝の気持ちはいまでも忘れられません。中国の女性たちをもっともっときれいにしてさしあげようとこころに強く思いましたね。

シマジ:新井は若い頃世界放浪の旅に出た経験を持っているが、中国をバックパッキング旅行したことはあるのか。

新井:残念ながら、中国もロシアもありませんね。

立木:そこまで中国に資生堂を浸透させたのは、福原義春名誉会長の若いときの功績があったからではないの。

シマジ:さすがはタッチャンですね。福原さんとわたしの対談のときの話をちゃんと思い出してくれたんだ。

竹山:その通りです。福原名誉会長をはじめ諸先輩方の努力があってこそ、今日の繁栄があるのだとつくづく思います。とくに中国で働いていたとき、実感としてそう強く感じましたね。面白い体験を思い出しました。雲南省の昆明からバスで8時間行った町での話です。そこからあと数キロでベトナムだと言っていましたが、その町は信号もなく、のどかな町でした。専門店を経営する奥さまが、その町でいちばん美味しい昼食をご馳走してくださるとのことだったので、どんなところかと思ってついて行きました。そこで目にしたものは、屋外に置いてある子供用の大きさくらいの背の低い椅子と、手作り風のテーブル。よくいえば青空レストランでした。でも外見だけで判断してはいけませんね。そこの料理の味は腰を抜かすほど抜群だったんです。青空も標高が高いせいか、美しく日差しも強かったことを覚えています。その奥さまが夕方からどこかへお出かけになるというので、わたしが念を入れてお化粧をしてさしあげたんです。翌日、どこにお出かけだったんですかとお尋ねしたら「麻雀に行ったのよ」というんですよ。わたしが興味を持って「どれくらい金額のやりとりがあるんですか」とお訊きすると、少なく見積もっても、その日のわたしの販売目標よりはるかに多い額の答えが返ってきてビックリしました。元々、そのお店は奥さまの趣味で経営していたようです。中国人のお金持ちのスケールの凄さを知ると同時に、わたしの1日の仕事はなんだったのだろうとちょっぴり空しくなる思いが交錯しました。まあ笑い話の一つですが――。

シマジ:中国人の富豪の凄さは上海とか都会ばかりではないんですね。日本人もバブル時代ににわか成金が跋扈しましたが、たかが知れていましたからね。

立木:そうかな。パリあたりで行列を作って爆買いしていた日本の連中をおれは見ていたけどな。

竹山:駐在前にも出張で何度も中国を訪れていましたが、出張での中国体験と、暮らしが伴う駐在の体験ではずいぶん違うと身にしみて感じましたね。なによりもまずインフラ面が劇的に進歩しました。たとえば上海などは、わたしの駐在前は地下鉄が1本しかなかったのに、いまでは10本も走っているんですから驚きです。中国の急激な高度成長期にこのような数々の貴重な体験ができたおかげで、わたしはたいがいのことには動じず、冷静に判断する事を身につける事ができたと思います。

シマジ:それは貴重な体験ですね。5年間中国に駐在したというのは竹山さんにとってある種の財産ですね。

竹山:中国の2大都市である北京人と上海人によく訊かれる質問があるんです。それは「北京と上海ではどちらが好きですか」という質問です。お互いに競争心があるんですね。そのときのわたしの答えは決まっています。「もしわたしが中国人だったら、大きくて中国らしい北京が好きと言いたいところですが、わたしは日本人なので、便利で住みやすい上海が好きですね」と。これはわたしの本心ですが、協調と平和主義者の答えです。

シマジ:やっぱり竹山さんは浜松生まれの浜松育ちなんですね。

竹山:でも中国から帰国してしばらくの間、中国の生活習慣が抜けず、日本人は細かくて面倒くさいと思う場面が多々ありましたね。いまでは日本に慣れ親しんで毎日愉しくやっていますが。

新井:竹山さん、もう1杯スパイシー・ハイボールをお飲みになりますか。

竹山:なんだかわたしだけがおしゃべりし過ぎたようですね。喉が渇いてしまいました。いただきます。

立木:それじゃあ、シマジ、得意のジョークを一つやってくれ。お嬢にお返しの意味も含めてどうだ?新井、おれにもスパイシー・ハイボールを1杯作ってくれないか。

シマジ:新井は料理しか作らないから、わたしが竹山さんの分もタッチャンの分も、そして自分の分も作りましょう。新井、氷とソーダをくれないか。

新井:かしこまりました。

シマジ:ジミーが老人ホームにいる叔母さんを見舞いに行った。

立木:待ってました!

シマジ:部屋に入ると、叔母さんが昼寝をしていたので、ジミーは椅子に座り、彼女が目を覚ますのを待つ間、雑誌をパラパラめくりながら、テーブルの上のボウルに入っていたピーナッツをボリボリ齧った。叔母さんが目を覚ました頃には、ボウルのなかのピーナッツは全部なくなってしまっていた。ジミーははっとしてすぐに謝った。「叔母さん、ごめんなさい。うっかりあなたのピーナッツを全部食べてしまって――」叔母さんは軽いアクビをひとつするとこう言った。「ちっとも構わないことよ、ジミー。それは私が舐めたチョコレートピーナッツの残りだから」

立木:アッハハハ。面白いけど汚いな。

竹山:アッハハハ、今度、老人ホームにお見舞いに行くときには気をつけます。

新井:そのジョークは最新刊の『水の上を歩く?酒場でジョーク十番勝負 蘇生版』にはなかったですね。

シマジ:一応、新作です。

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新刊情報

Salon de SHIMAJI
バーカウンターは人生の
勉強机である
(ペンブックス)

著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

キャーヴ ドゥ ギャマン エ ハナレ (CAVE DE GAMIN et HANARÉ)

東京都港区白金5-5-10 B1F
Tel: 03-5420-3501
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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