
撮影:立木義浩
<店主前曰>
レコードとオーディオが大好きな星野哲也がこの世でいちばん尊敬している人物は、一関の名だたるジャズ喫茶ベイシーのマスター、菅原正二ではないだろうか。菅原が毎月連載している「ステレオサウンド」を星野は欠かさず読んでいる。菅原も上京したときは必ず星野のバーかレストランにやってくる。
菅原が店にやってくる夜、星野が常連の有名人たちにメールでそのことを伝えると、時間の取れる彼らはフラッとやってくる。
ある夜、女優の鈴木京香さんが菅原を訪ねてやってきた。たまたま居合わせたわたしも、生まれてはじめて鈴木京香さんと話す僥倖に恵まれた。その詳細については、わたしのメルマガのバックナンバーを読んでいただきたい。
シマジ:星野と正ちゃんの関係をいま流行の言葉でいうと、まさにブロマンスの間柄だね。
坂上:ブロマンスってなんですか。
シマジ:これはBrotherとRomanceの合成語なんですが、男同士の、決してホモの関係ではなく、ホモソーシャルな親密さを意味しているんです。オーバーに言えば、男が女性と2人でいるよりも愉しさを感じてしまうような、特別な間柄なんです。
星野:そうすると、立木先生とシマジさんの関係もブロマンスではないですか。
立木:いやいや、おれとシマジの関係はただ長いだけの腐れ縁だよ。でもこいつはいま少しだけ有名になってきているから、調子に乗るなよとおれがときどき説教をしてやっているんだ。もう開高さんもいないし、シマジを諭すことができるのはおれしかいないんだから。
シマジ:タッチャンのお説教はいつも肝に銘じて拝聴していますよ。
星野:でもこうしてお二人がお若いときからいまに至るまで一緒に仕事をなさっているって素敵ですね。
シマジ:星野は先月のお盆休みでベイシーに行ったとき、ちょうど誕生日だったんだってね。
星野:あのときはベイシーから深夜に電話をしてしまい、すみませんでした。
シマジ:いやいや、盛り上がっていたね。酔っ払っていたとはいえ、星野に「シマジさん、大好きです!」と言われたのは嬉しかったよ。
立木:シマジ、星野をおれより好きになるんじゃないぞ。
シマジ:もちろんですよ。タッチャンあってのわたしですから。
立木:よしよし。
シマジ:そういえば、はじめて正ちゃんに星野を紹介された場所はベイシーだったよね。
星野:そうでした。去年の秋だったと思います。
シマジ:あのとき星野は正ちゃんをカメラに納めていたね。
星野:菅原さんのことは記録に撮っておきたいんです。
シマジ:カメラ狂の正ちゃんが、「星野はいい写真を撮るんだ」と絶賛していたよね。
立木:写真は情熱とセンスがあれば、誰でもいいものが撮れるんだよ。
シマジ:いつから写真を撮っているの。
星野:中学生の頃からです。はじめて親父のカメラでスーパーカーを撮ったんですが、期待をふくらませてフィルムを現像してみたら、なんと1枚も写っていなかったんです。その悔しさが逆に強い動機になって、カメラの世界にのめり込みました。いまはカメラもデジタルの時代ですから、そんな稚拙な失敗は考えられませんけどね。
シマジ:いま正ちゃんは「ヨルタモリ」のお陰で全国的な有名人になりつつあるし、わたしより1つ後輩ですが、じつにいい顔になってきているから、写真の撮り甲斐があるでしょう。
星野:ジャズという1つの世界に50年以上もどっぷり浸っている男の、味のあるいいお顔になっていらっしゃると思います。
シマジ:テレビはほとんど見ないけど、「ヨルタモリ」だけはわたしも欠かさず見ています。戦時中の一関での話だけど、サーカスのライオンを飼育出来なくなったので、正ちゃんのおじいさんが頼まれてそのライオンを射殺したそうだ。正ちゃんはそのときライオンの肉を食べたらしいよ。凄い話だろう。
星野:へえ、そうですか。
シマジ:正ちゃんのあのしたたかな生命力は、子供のときにライオンの肉を食べた経験がかなり影響しているんじゃないかとわたしは睨んでいるんですがね。いま正ちゃんに会うと、2人で言い合う“合い言葉”があるんです。
星野:なんて言い合っているんですか。
シマジ:「とにかく今度の東京オリンピックまでは頑張ろうね」って。
星野:いいですね。
シマジ:そうなるとわれわれは生涯で2回、東京オリンピックを見ることになるわけなんだ。
星野:2020年、シマジさんは79歳で、菅原さんは78歳ですか。十分、簡単にいけるんではないですか。
立木:そのときベイシーはちょうど50周年を迎えると菅原が言っていたね。
シマジ:そうです。ベイシーが50周年で、伊勢丹のサロン・ド・シマジが8周年を迎えることになるんです。
立木:そこにある蓄音機は年代物だね。ちょっとかけてみてくれる?
星野:はい。これはスグレモノですよ。それでは李香蘭の「夜来香」を聴いてください。
立木:うん、いい曲だね。哀愁が漂っている。
坂上:これははじめて見ましたが、手で巻くんですね。電気を使わずにこんなきれいな音が出るんですね。
星野:これは「ビクトローラ クレデンザ」といいまして、蓄音機のロールスロイスといわれていたものなんです。
立木:これは1920年代のモノか。
星野:そうですね。20年代から30年代にかけて作られたものです。その当時は、この蓄音機1台で麻布に1軒家が買えたそうです。
立木:ほかになんのSPがあるんだ。
星野:たくさんありますが、是非みなさんに聴いていただきたいのは、エディット・ピアフの「愛の讃歌」です。
シマジ:懐かしい、切ないシャンソンですね。
坂上:越路吹雪さんの「愛の讃歌」は聴いたことがありますが、ピアフははじめてです。原曲はこうだったんですね。
立木:いいね。堪んないね。
シマジ:この蓄音機とこの音色はこの店一番の売りだね。
星野:よくタモリさんがかぶりつきでここで聴いていらっしゃいます。
立木:でも星野がこの蓄音機を操作しはじめると、ほかのことが出来なくなるんじゃないの。
星野:そうなんです。つきっきりでみていないと、3分以内に終わってしまいますからね。
坂上:この古い蓄音機の針はいまでも売っているんですか。
星野:あるところにはまだあるんです。
シマジ:星野、お願いだから今度はサッチモをかけてくれない?
立木:いいね、サッチモか。
星野:はい、わかりました。
シマジ:この間、正ちゃんと聴いていたら、彼はサッチモを聴きながら体をスウィングさせていたね。
立木:うん、戦前のジャズっていいね。
シマジ:正ちゃんは、ジャズは1960年代で終わったと言っていたね。いまのジャズは大学出の優等生たちがやっているみたいでつまらないとも言っていた。
星野:サッチモ、いいでしょう。
立木:そうだよな。サッチモだって子供の頃はブルックリンの不良少年だったんだからね。天才にとっては大学に入るなんて必要のないことなんだ。
シマジ:そういえば正ちゃんが解説を書いた「カウント・ベイシー全集」が今月発売になるそうですよ。
星野:そのベイシー本人が、一関のベイシーに何度も訪ねてきていたというのが凄いですよね。
坂上:そうなんですか。わたしもそのお店に行ってみたくなりました。