
撮影:立木義浩
<店主前曰>
渡邊直樹シェフの父親は、帝国ホテル勤務時代に三国清三シェフの先輩でもあった。四谷のフレンチ有名店オテル・ドゥ・ミクニの三国シェフである。渡邊はオテル・ドゥ・ミクニで働いた経験もあるのだが、こころの中にはイタリアンへの熱い思いを秘めていた。料理専門学校を卒業したあと、短期間ではあるが本場のイタリア料理専門学校へ学びに行ったほど、イタリアンに惹かれていたのだ。
あるとき帝国ホテルのイタリアンレストランに、5つ星ホテル、ハスラーローマの料理人がやってくることになった。どうしても一流イタリア人シェフの下で働きたいという思いを抑えきれなくなった渡邊は、三国シェフにそのことを打ち明け、帝国ホテルへ移ることとなった。
そんなわけで親子2代、晴れて帝国ホテルに働きはじめたのである。
シマジ:渡邊シェフ、最後の料理はなんですか。
渡邊:黒トリュフ入りのオムレツです。
犬丸:へえ、黒トリュフですか。贅沢ですね。今日は来てよかったです。
渡邊:トッピングにも黒トリュフをかけています。はい、出来上がりました。立木先生、どうぞ、お願いいたします。
立木:うん、いい香りだね。お嬢、ちょっと待っててね。温かいうちにそちらに回すからね。
犬丸:大丈夫です。まだ尾花沢霜降り牛が残っていますから。
立木:はい、どうぞ。
犬丸:凄い香りですね。いただきます。うん、美味しいです。
渡邊:これはタマゴのなかにクリームが入っています。それをバターと米油で焼きました。米油はサラッと焼き上がるんです。その上に黒トリュフ塩と黒トリュフオイルをかけてあります。
シマジ:それは凝っているね。犬丸さん、ちょっと端のほうを試食させてくださいね。
犬丸:端なんておっしゃらず、もっと大きく取ってください。
シマジ:うん、これはイケますね。細かく刻んだ黒トリュフがなかにいっぱい入っているんだ。犬丸さん、わたしはよくここでガーリックライスを作ってもらっていますが、よかったらそれもいかがですか。
犬丸:今日はそこまでは無理なようです。
渡邊:いつもシマジさんに召し上がってもらっているガーリックライスは、尾花沢牛のサーロインの牛脂を使って作るんですよ。上質な肉の脂は体温で溶けるんです。口に入れた瞬間舌の上で溶けていきますから、脂っ濃さを全然感じさせないんです。料理人はまず自ら食べたいと思う料理をお客さまに提供するのが理想なんです。ですからテーブルに料理を運ぶサービスマンにも「これは美味そうだな。食べたいな」と思わせるような料理を作ることが大事なんです。
シマジ:渡邊シェフは修業時代、帝国ホテルの村上料理長の下で働けるようになったんでしょう。
渡邊:いえ、わたしはイタリアンで村上師匠はフレンチですから、直接の関わりはなかったんです。でも、師匠が毎朝必ず各厨房を回ってきては、みんなを激励している姿は凄いなあと思っていましたね。
立木:だから村上さんは料理の腕ばかりではなく、人望もあったんだね。
シマジ:毎日というのはなかなか出来ないことですよね。でも渡邊はイタリアンの腕を磨くためにイタリア人のシェフの下で働くことが出来てよかったね。
渡邊:はい、そうなんですが、売り上げが伸びないことが原因で3年半でイタリアンが閉鎖されてしまいまして、わたしは17階にある鉄板焼きの店「嘉門」に移動になったんです。でもそれが、わたしが鉄板焼きにのめり込んだきっかけですね。そこはまさに多国籍料理の世界でした。春巻まで鉄板の上で焼いていましたからね。
シマジ:もちろんステーキが主だったんでしょう。
渡邊:そうです。
シマジ:いままでいちばんステーキを食べたお客はどういう人でしたか。
渡邊:外人さんでしたが、6人でヒレを一本、ちょうど6キロありましたが、ペロッと食べましたね。
シマジ:1人1キロか。凄いね。
渡邊:もっともその他はサラダだけでしたけど。
立木:それにしても凄い量だね。おれなんてステーキはいまじゃ100グラムで十分だね。
シマジ:わたしもそれくらいかな。それにしても、ここ「言の葉」の尾花沢牛は熟成肉ではないのにどうしてこんなに美味しいんだろう。
渡邊:うちではウエットエイジングといいまして、約2週間真空パックに入れています。
シマジ:そうか。それになんといってもモーツァルトの音楽を聴いている牛だからね。
渡邊:先ほどもいいましたが、それに加えてこの牛は睡眠時間が長いそうです。ですからストレスがなくてよくエサを食べるそうなんです。
立木:シマジも寝ることに関してはいつも自慢しているよな。
シマジ:わたしは毎晩2時ごろ寝て10時過ぎまでトイレにも起きず眠っていますよ。
犬丸:よくそんなに寝られますね。
立木:こいつはむかしからストレスフリーの男なの。
犬丸:だからシマジさんのお肌はピカピカなんですね。
シマジ:これはSHISEIDO MENのお蔭です。もう10年以上毎朝使っていますから。
犬丸:あっ、そうだ。渡邊さんのお肌チェックを忘れていました。
シマジ:こうなったら最後にやりましょうか。
犬丸:そうですね。そうしましょう。
渡邊:肌チェックってなんですか。
シマジ:渡邊シェフの肌の状態をチェックさせてもらうのです。痛くも痒くもありませんからご心配なく。もしいまの状態が悪くても、明日からSHISEIDO MENを毎日使えば1ヶ月で肌の状態が蘇るから大丈夫です。今日の謝礼にSHISEIDO MENのセットがもらえますから。
渡邊:それは嬉しいですね。今晩から使おうかな。
犬丸:朝晩使うとさらに効果がありますよ。
シマジ:シェフは幸せそうな顔をしているから大丈夫でしょう。
渡邊:でもじつはわたしは母を肺がんで47歳で亡くしているんです。
立木:シマジ、いい加減なことを訊くからシェフに悲しみを思い出させてしまったじゃないの。
渡邊:母は酒もタバコもやっていなかったのに肺がんを宣告されてから1年ちょっとの命でした。わたしが高校生のころで、兄と2人で最後は家で看病しましたが、助かりませんでした。
立木:シマジ、なんとか言って励ましたらどうだ。
シマジ:わたしはいつも嬉しいことがあったときも、哀しいことがあったときも「人生は恐ろしい冗談の連続だ」と思うことにしているんです。
渡邊:それはいい言葉ですね。いただいてもいいですか。そのかわりシマジさんのことはえこひいきさせていただきます。
シマジ:一般にはえこひいきというのは悪い言葉のように思われていますが、実人生ではこれほど愉しくて幸せなことはないですよ。
渡邊:わたしもシマジさんのご本を何冊か読んでいますので、その辺のことはよくわかっています。
立木:そんなことをいうとシマジは図に乗るぞ。
シマジ:民主主義からは大した文化は生まれないけど、えこひいきからは大きな文化が生まれるとわたしは常々思っているんです。
犬丸:そうだったんですか。えこひいきってそんなに深いものだったんですか。
立木:お嬢、そんなに真剣に考えなくてもいいの。これはシマジがそう思っているだけ、ろくな“哲学”じゃあないとおれは常々思っているけどね。
シマジ:最大のえこひいきは恋心に生まれるものですよ。
犬丸:わかる気がいたします。
シマジ:それからえこひいきにはえこひいきの倍返しというのがあるんですよ。おわかりですか。
立木:シマジ、その辺で止めといたほうがいいぞ。幸せに暮らしているお嬢を迷わせるんじゃない。