
撮影:立木義浩
<店主前曰>
伊勢丹新宿店メンズ館8階のサロン・ド・シマジのセレクトショップに隣接しているシガーバー「サロン・ド・シマジ」も狭いが、ここ西麻布の鮨処「来主」も狭い。その共通点にわたしはどうも親近感を抱いてしまう。このふたつの店を比較してみよう。
「サロン・ド・シマジ」は開店してこの4月で3年と8ヵ月目になるが、「来主」は今年の9月で6年目になる。
「サロン・ド・シマジ」はスタンドバーなので、一列に並んでもらうと7、8人でいっぱいになるのだが、そこを無理して2列になってもらい15、6人は入っていただいている。凄く混むときは三列になっていただくときもたまにある。バーマンのわたしが「すみません。ダークダックスみたいになってください」というと、若いお客さまからは「ダークダックスってなんですか」と返ってくる。あの一世を風靡したダークダックスさえ、もう若い日本人から忘れられているのだ。「こうして体を斜に構えて歌っていたボーカルグループがいたんですよ」「へえ、見たことも聞いたこともありません」
一方「来主」は6人か7人しか座れないが、ゆったりした席に座ったら、鮨職人荒川真也の握る極上の鮨の醍醐味を愉しめる。一晩に2回転はするようだ。美人の女将さんの由美さんが傅いてくれる。じつは由美さんは荒川より年上の恋女房である。ここ「来主」は「夫婦ぜんざい」ならぬ「夫婦鮨」なのである。
シマジ:大将はなぜ鮨職人の道を選んだんですか。
荒川:高校2年生のころでしたか、卒業後に大学に進み将来はサラリーマンになる道を選ぶか、料理人という職人の道を選ぶかの決断が迫ったとき、わたしは迷わず料理人の道を選びました。料理といっても和洋中とありますが、これも迷わず鮨の道を選びました。
シマジ:それはまたどうしてですか。
荒川:子どものころから鮨が大好きで、毎日食べても飽きないだろうと思ったからです。
立木:好きこそものの上手なれ、だね。好きな道に入れば、どんな苦労もものともしないものだ。
シマジ:でも職人の修行の道というのは、険しいものがあるんじゃないですか。
荒川:高校を卒業して、初めてついた師匠がこころから尊敬出来る方だったんです。それと、わたしの父が太田区のほうでテーラーをやっていた職人だったので、わたしのなかにはどこか職人の世界に対する憧れがあったんでしょう。
シマジ:どちらのお鮨屋さんで修業したんですか。
荒川:父の知り合いの紹介で、世田谷の「青柳」という鮨屋で筆卸ししました。
シマジ:「青柳」ですか。お店で食べたことはありませんが、集英社の若菜社長の家に招待されたときに食べたことがあります。凄く美味かったので「これはどこのお鮨屋さんですか」と尋ねたところ、「『青柳』といってこの辺では人気のある鮨屋だよ」と説明を受けたことをいま思い出しました。
立木:もしかするとシマジが若菜さんのところで食べた鮨は大将が若いときに握ったものかもしれないね。
荒川:そうだったら光栄です。
シマジ:美味かったという記憶はそう忘れませんからね。
福田:お話がロマンティックに膨らんできましたね。でもわたしも今日はじめて食べましたが、来主さんのお鮨は忘れられない味ですね。
シマジ:そうだ。福田さんはあまた会社があるなかでどうして資生堂を選んだんですか。入社するのも大変だったでしょうけど。
福田:そうですね。わたしの場合、就職活動のタイミングになったとき、これからの人生の長い時間を費やすことになる会社なので、自分の好きなこと、愉しいことを仕事にしたいと考えました。そこでいままでの自分の人生を振り返ったとき、自分が目指すもの、言い換えれば生き方の軸になっていたのが「美しく強く生きる」ということかもしれないという考えに達したんです。
シマジ:「美しく強く生きる」とはまるで資生堂のコマーシャルにでも出てきそうなコピーですね。
福田:わたしは幼少期からとにかく踊るのが大好きで、小学生まではジャズダンスと新体操に明け暮れて、高校生からはチアリーディングに打ち込んできましたが、とくに新体操とチアリーディングはわたしの人生に大きな影響を与えてくれました。一見美しさを競うスポーツですが、じつは強靱な筋力と強い精神力が求められる競技なんです。まさに「美しく強く」なければならないスポーツなんです。
シマジ:なるほど。そこで資生堂が大きくイメージアップされたんですか。
福田:資生堂は化粧品だけにとどまらず、美術館やレストランなども手がけていて、見た目だけではなく人間の内面の美しさやこころの豊かさに貢献しているところが素晴らしいと学生ながらに感じて、いの一番に志望しました。
シマジ:いつだったか福原名誉会長に「ロオジエ」でご馳走になったとき、「このレストランの存在そのものが、資生堂の宣伝にそのままなっているんですよ」と言われたことをいま思い出しました。化粧品ばかりではなく資生堂という高級イメージを売っている役割が「ロオジエ」にはありますね。
立木:「ロオジエ」は銀座のど真ん中にあるのがいいよね。
福田:以前お二人で「ロオジエ」を取材なさっていますよね。
シマジ:福田さん、よくご存じですね。やりましたよ。
福田:今回、わたしごときがこちらに登場して本当にいいのかと心配になって、いままでの連載を全部読んだんです。
シマジ:そうですか。ありがとうございます。
福田:就職活動の話に戻りますが、その後、資生堂の説明会や面接で会った社員のみなさんがとても素敵な方だったので、面接が進むにつれてどんどん資生堂に入りたい気持ちが強くなっていきました。
シマジ:大好きな会社に入れたのはまずは人生の幸せの1つですよ。それは何年前のことですか。
福田:わたしは2012年4月入社ですから、今月でちょうど4年目になります。
シマジ:荒川大将がここに「来主」を構えて何年になるんですか。
荒川:早いもので今年の9月で6年目に入ります。12年間修業してはじめて自分で出したのがこの店です。予算的にこんな小さな店になったのですが、お客さまは却ってこの小さな空間を喜んでくれているようですので、ありがたいことです。
シマジ:それはまず荒川大将の鮨が美味いからですよ。
荒川:ありがとうございます。シマジさん、白ワインでも飲みませんか。
シマジ:喜んでいただきます。福田さんはいかがですか。
福田:わたしはこれから会社に戻りますので、申し訳ありませんが遠慮いたします。
立木:写真の都合上、お嬢の前にもワイングラスがあったほうが絵になるから、飲まなくてもいいのでそこに置いてくれる。
福田:はい。
シマジ:中身はわたしが代わりに飲んであげますよ。
福田:はい。
シマジ:大将の恋女房のお話を訊きたいですね。
荒川:うーん、そう言われても、本人がそこにいるだけに照れますね。
シマジ:腕効きの美容師さんだったのを辞めてまでここで働いてくれている由美さんのことは、むしろ自慢してもいいんではないですか。
女将:わたしはそろそろこの辺でおいとまさせていただきますね。
シマジ:いいじゃありませんか。
女将:いえ、子どものことで今日は用事があるんです。ごめんなさい。あとはよろしくお願いします。
シマジ:ありがとうございました。
荒川:うーん、困りましたね。
シマジ:じゃあ、そもそものなれそめから訊きましょうか。
荒川:もう仕方がないので話しますか。じつは、わたしの「ひとめぼれ」でした。
シマジ:それはシャリの話ではないですよね。