
撮影:立木義浩
<店主前曰>
今回、西麻布の「ウォッカトニック」のカウンターで撮影中に、偶然、立木義浩巨匠と山田一隆バーマンが並んだ瞬間があったのだが、これには驚いた。長身イケメンのわれらがタッチャンが、小さく見えるではないか。まるで山田バーマンが台の上に乗っているのかと思えたくらいである。怪訝な顔をしているわたしに、機をみるに敏なタッチャンが説明してくれた。
「おれさ、最近人間ドックで身長を測ったら、いままで178センチだった身長が2センチ縮んで、176センチになってしまったんだよ。参ったね。それにしても山田バーマンはずいぶん高いね。何センチあるんだ」
「187センチです。すみません」
「なにも謝らなくってもいいんだよ。それにしても高いね。タッチャンがこんなに小さく見えたのは初めてのことですよ。以前取材した白金の『酒肆ガランス』の星野バーマンは190センチあったけど、あのときはこんな風に二人並んで立つことはなかったしね」とわたし。
「星野は福岡の実家に帰ると、家族のなかでいちばん小さいものだから『東京からチビが帰ってきた』とよく言われるようだよ。いったいどんな一家なんだ」と立木巨匠。
「ぼくの一族ではぼくがいちばん背が高いですね」と山田。
そして本日、資生堂からお越しくださった多胡菜見子さんは、現在妊娠7カ月の身持ちである。出産を控え、ぜひこの連載に登場してみたいと自ら志願してこられた。嬉しいことにわたしのファンであるというではないか。
立木:お嬢、本当にシマジのファンなの?
多胡:はい。シマジさんのエッセイを読むと、可笑しくて笑ってしまうんです。
立木:それは女性としては珍しいことじゃないの。
シマジ:多胡さんはどんなきっかけでわたしの著書に興味を持ってくれたんですか。
多胡:北海道に住む叔母から、社会人になったんだからこういう本を読むべきだとシマジさんの『愛すべきあつかましさ』が送られてきたんです。それを読み、笑い転げてしまったことから、シマジさんのほかの本も読むようになったんです。いまわたしは出産と長期育児休暇を控えていますので、この機会にどうしてもシマジさんにじかあたりしたくて、勇気をもってこのたび志願してみたんです。そのご褒美のように、天下の立木先生に撮影されるんですから、今日は嬉しくて仕方ありません。
立木:お嬢、シマジが説く「愛すべきあつかましさ」を十分に発揮しているじゃないの。
シマジ:いいことですよ。じかあたりしないと人生は拓けないですからね。
多胡:あっ、そうだ。シマジさん、お願いがあります。わたしのお腹の上に手を当てて、シマジ教の教祖さまの気を送ってくださいませんか。
シマジ:わたしでよければいいですよ。では強運な子どもが生まれるように強烈な気を送りましょう。
多胡:わあ、なにか感じました!ありがとうございます。
シマジ:そんなわけで山田、今日は多胡さんの飲み物はノンアルコールで頼むね。おれはいつも通りでお願いする。
立木:当たり前だろう。どうしてシマジまでノンアルコールを飲まなければいけないんだ。
山田:わかりました。多胡さんには、同じテイストのノンアルコールのカクテルをお出ししましょうか。
シマジ:先日も電話で伝えたとおり、4種類の飲み物を作ってくれますか。それを光より速く立木巨匠が撮影する。そして今日はおれが独り占めして全部飲むっていうことだね。
山田:わかりました。では最初にやっぱりうちのウォッカトニックをお出ししましょう。
シマジ:そうだね。まずはウォッカトニックからいきますか。これは普通のウォッカトニックとはわけが違うんだよね。
山田:そうです。店の名前にまでなっているくらいですから、こだわりのウォッカトニックです。
シマジ:どこがどう違っているのか説明してくれますか。
山田:はい。普通のウォッカトニックは、ウォッカをライムジュースとトニックウォーターで割るんですが、うちのはライムとレモンを絞ったジュースを両方入れます。そこにトニックウォーターとソーダを一対一で入れて割るんです。これをうちではソニック割といっています。ソーダとトニックを合体したんですが。ではウォッカが入っているのはシマジさんに後ほど飲んでいただくとして、まずは立木先生に撮影していただきましょうか。
立木:山田は手際がいいね。
山田:ウォッカの入っていないものを多胡さんに飲んでいてもらいましょう。
多胡:ありがとうございます。うん、美味しい!ウォッカが入っていたら、どれほど美味しいか想像できますね。
シマジ:多胡さん、人生の大きなお仕事をやり遂げたら、ぜひここ「ウォッカトニック」にまたやってきて、本物のウォッカトニックをこころおきなく飲んでくださいね。
多胡:はい、必ず。そのときは主人と参ります。
シマジ:いいこころ構えです。
立木:はい、シマジ、撮影終了。飲んでくれ。山田バーマン、次はなんなの。
山田:では次は「大人のカフェオレ」をお出ししましょう。これはブラジルの海抜2000メートルで採れたムンド・ノーボというコーヒー豆を、一昼夜かけて水の代わりにラムで抽出したラム出しコーヒーです。これは残念ながら多胡さんは飲めませんね。ムンド・ノーボのホットコーヒーを淹れましょうか。
多胡:ありがとうございます。お気遣いいただいてすみません。
山田:いえいえ、お安いご用です。
シマジ:じゃあ、これは予め作ったものを冷蔵庫にしまっておくわけなんだ。
山田:そうです。あとはお客さまのお好みに合わせてロックでお出ししたり、ミルクで割ったりしていますね。立木先生、できました。
立木:あれ、もうシマジはウォッカトニックを飲んでしまったのか。じゃあ、すぐ回すから待っててくれ。
多胡:連載を拝見して、いつも美しいお料理やカクテルの写真に惚れ惚れしているんですが、こんなに早く撮影してしまうんですか。
シマジ:一流のカメラマンは仕事が早いんです。
立木:はい、シマジ。お待たせ。
シマジ:いつ飲んでもこれは美味いね。コツはなんなの。
山田:コーヒーを抽出するときに使うペーパーですかね。
シマジ:これは山田バーマンが考案したの。
山田:いえいえ、ここの篠崎オーナーの発案です。
シマジ:じゃあ、ウォッカトニックも篠崎さんが考案したものなんですか。
山田:あれはこの「ウォッカトニック」を経営していた先代の明坂オーナーが考えたものです。
立木:山田、気に入った。先輩の優れたところを踏襲して、継続しているのが偉い。
山田:ありがとうございます。お客さまに人気がある飲み物はすべて生き残っていて、歴史があるものです。
多胡:あっ、ひとつ言い忘れていたことがありました。
シマジ:なんですか。
多胡:じつはシマジさんの『愛すべきあつかましさ』は読むだけでなく、ヘソクリを隠す本としても大切にしております。
シマジ:どうしてまたわたしの本なんですか。
多胡:なんとなくお金が貯まりそうな気がして。
立木:お嬢、それは大きな錯覚だね。ヘソクリを隠すためにシマジの本なんか使ったら、逆に出て行くほうが多くなるに決まっているから、今日からやめたほうがいいよ。悪いことは言わないから。
シマジ:わたしもそんな気がしますね。