
撮影:立木義浩
<店主前曰>
「CASK strength」「Wodka Tonic」「水楢住寿久」は同じ経営の3姉妹店である。本日の資生堂からのゲスト杉山亜弓さんが「CASK strength」の伊藤新バーマンの肌チェックをしたところ、結果はDであった。以前登場した「Wodka Tonic」の山田バーマンの判定結果も、伊藤バーマンと同じDであった。
しかしこの会社の篠崎社長は、3姉妹店のバーマンのなかで一番の年長者でありながら、肌チェックではBを獲得されている。伊藤と山田がさりげなく社長を立てているような結果だ。二人ともなんと社長思いなのだろう、というのがわたしの印象であった。この3姉妹店の結束の固さを表しているかのようだ。
シマジ:伊藤バーマンは、休日はどう過ごされているんですか。
伊藤:常連のお客さまと一緒に、うちの3姉妹店を回ることがよくありますね。
シマジ:それじゃあ仕事の延長のようなものじゃないですか。
伊藤:いえいえ、バーマンはバーカウンターの内側に立っていますが、客として行くときはカウンターの外側で、しかも椅子に座りますので、仕事気分からはすっかり解放されています。また見える景色がちがうということもありますし、お金を払うという行為もありますから、個人として愉しんでお酒を飲めますね。
シマジ:おたくの会社は3つのバーを経営されているから、それが出来るんでしょうね。
伊藤:そうだと思います。
シマジ:しかも六本木と西麻布という、まさに指呼の間に3軒があるというのもいいですよね。そこを伊藤さんはまるで篠崎社長のように、休日に巡回しているんですね。
伊藤:いやいや、篠崎は仕事で回っていますが、ぼくはただただ解放された気持ちで飲んでいるだけです。
立木:バッタリ社長と会うこともあるんだろう?
伊藤:よくあります。でも目と目でちょっと挨拶をするくらいで、お互い仕事の話もしませんよ。
杉山:長期の休暇のときはどうしているんですか。
伊藤:先ほども言いましたが、一人旅で外国へ出ます。ぼくは会社で若いほうですので、もっと勉強しなければいけません。ですからスコットランドの蒸留所巡りをしたり、フランスのワイナリーを見学に行ったりして過ごします。お酒の世界は知れば知るほど奥の深いものです。
シマジ:たしかに酒は知れば知るほどわからなくなってきますね。先日友人2人とわたしで、西麻布のコントワール・ミサゴというジビエ料理を出してくれる店に行ったんです。いつもはタリスカー10年のスパイシーハイボールを飲んでいるんですが、たまたまわたしが行くことを知った飛鳥新社の土井社長が、友情でボルドーワインのベイシビル1989年を1本、わたしのために置いていってくれていたんです。久しぶりにオールドヴィンテージのワインを飲んで感動したんですが、そのとき感じたのは、ワインもいいなあという感激でしたね。ヒグマの左モモの脂身はナッツ系の香りがするんですが、それとベイシビルがピッタリ合うんですよ。
伊藤:それは贅沢な組み合わせですね。
シマジ:タッチャン、今度またヒグマが入ったら廣瀬さんとヒノと4人で食べましょう。ちゃんと約束は覚えていますからね。
立木:ホントだな。首を長くして待っているぞ。
杉山:ヒグマというのは北海道に棲息する大きな猛獣ですよね。それがどうして脂身にナッツの香りがするんでしょうか。
シマジ:杉山さん、鋭い質問です。ヒグマは標高1000メートルくらいの山に住んでいて、自然のドングリ、クリ、クルミなどが大好きなんです。人間が食するすべての動物の肉の味は、その動物がなにを食べているかで大きく変わるんです。たとえばスッポンの高級なものは、カイコのなかのさなぎを飼料にしているんですよ。
伊藤:スッポンは、天然ものは虫がわくことがあるから危険と言われていますね。むしろ養殖のほうが安全だと聞いています。
シマジ:伊藤バーマンは静岡出身だからスッポンに詳しいですね。
伊藤:ウナギも詳しいですよ。
シマジ:ウナギはスッポンと反対に天然ものが別格ですね。皮が柔らかくて美味いんですよ。
立木:シマジ、どこで天然のウナギを食べたんだ。
シマジ:一関から1時間くらい行った北上川の河口に登米という町があって、そこに「東海亭」という鰻屋があるんですが、一関に帰るたびに必ず食べに行っています。そうだ、こんなにお世話になっているんですから、今度タッチャンをお連れしましょう。帰りにベイシーに寄ればいいでしょう。
立木:ありがとうよ。でもシマジがおれに優しくなるときは無理難題を言うときでもあるから用心しないといけないんだ。いや、しかし、天然のウナギか。やっぱり食べてみたくなった。だけどシーズンがあるんだろう。
シマジ:5月から10月いっぱいですかね。一関までは新幹線で2時間ちょっとです。駅でベイシーのマスター、正ちゃん(菅原正二)にBMWの新車で迎えにきてもらい、そのまま店に行ってもらえば、トータル3時間ちょっとで天然のウナギにありつけますよ。
立木:なになに、あの自慢のキャデラックはどうしたんだ。
シマジ:あれからBMWにしたようですよ。
立木:マスターもついに堕落したか。店の前にキャデラックが置かれて、店の中にはジャズが流れているというのが格好よかったのに。
シマジ:水曜日がベイシーの定休日ですから、来年のいつかの水曜日に「日帰り天然ウナギを食する旅」に出かけましょうか。
立木:日帰りか。75歳のお前と79歳のおれの旅としては少々キツくはないか。
シマジ:じゃあ一泊天然ウナギを喰う旅にしますか。
伊藤:天然ウナギってそんなに美味いんですか。
シマジ:天然ものを食べると、当分養殖ウナギは食べられなくなりますよ。
杉山:想像するだけで美味しそうです。わたしも女子会でメンバーを募って行きたいです!
シマジ:予約してから行ってください。
杉山:お値段はどれくらいなんですか。
シマジ:鰻重でたしか一人前5,000円でしたか。予約するときに確かめてくださいね。
伊藤:シマジさんはホントに美味いモノをいろいろ召し上がっていますね。シングルモルトも相当オールド&レアなものをお持ちでしょうし。最近飲んだなかで美味かったシングルモルトはなんですか。
シマジ:ごく最近の話ですが、とあるバーで封の切られていない、ラベルが黄色く変色した1958年のストラスアイラが1本あったんです。たまたま仲のいい友人3人と飲んでいて、みんなわたしより金回りがいいやつなんですが、そのなかでもいちばん気前のいいやつが
「マスター、そのストラスアイラを30万円で売ってくれない? これからサロン・ド・シマジの本店で飲みたいんだが、どうだろう」とオーナーバーマンに訊いたんです。すると、
「そうですね、これはショット売りではなかなか売るのが難しい高価なものなので、そうおっしゃるのでしたらボトルでお売りいたしましょう」ということになった。
そこで3人で10万円ずつ出し合ってうちのバーに持ち帰り、ゆっくり3人で飲んだんですが、これは美味かったですね。
立木:まだ少しは残っているんだろうな。
シマジ:タッチャン、本当にごめんなさい。3人で美味い美味いとその晩のうちに全部飲み干してしまいました。
伊藤:空になったボトルはどうしたんですか。
シマジ:すぐに捨ててしまいましたが。
伊藤:もったいない。ボトルだけでも見たかったです。
シマジ:わたしはどんなに高いシングルモルトでも買った日に必ず3杯は飲んでみることにしています。抜栓しないでコレクションすることに興味はありません。人間は明日死ぬかもわからぬ身です。生きているうちに味わわなければいけません。それと同じで、どんなに高価なボトルだったとしても、空になった以上興味はありませんね。
伊藤:ブラックボウモアの空き瓶も捨ててしまったんですか。
シマジ:はい、木箱もボトルもほかのボトルと一緒に捨ててしまいました。わたしにとって重要なのは中身の香りと味なのです。ボトルは抜け殻でしかありません。
伊藤:潔いといったら潔いですけど、ぼくにはとても真似のできないことですね。