
撮影:立木義浩
<店主前曰>
伊勢丹のサロン・ド・シマジのスパイシーハイボール並みにロックフィッシュのハイボールを立て続けに3杯飲んだとき、クラクラした原因が判明した。ロックフィッシュの間口バーマンが作るハイボールは、サントリーの角ウイスキーがダブルで入っているからだった。スパイシーハイボールはタリスカー10年がシングルの量しか入っていない。だからロックフィッシュのハイボールを3杯飲むと、アルコールの量としてはスパイシーハイボールを6杯飲んだのと同じことになる。しかも間口バーマンが作るハイボールは口当たりがいいからスイスイ飲めてしまう。
読者諸兄姉、間口式ハイボールを飲むときは、どうぞゆっくり味わいながら愉しんでください。
シマジ:そういえば、いまは午後1時過ぎですから、高橋さんはランチを抜いていらっしゃったんでしょう。
高橋:はい。言われたことに忠実に、ランチを抜いて参りました。
シマジ:では間口バーマン、3番目はここの人気メニュー、スコッチエッグを高橋さんのために作ってもらえますか。
間口:承知いたしました。早速お作りしましょう。
立木:シマジ、ここのハイボールは美味いけど、1杯で酔いそうだ。
シマジ:わたしもはじめて来店したとき、美味いと思って3杯続けて飲んだんですが、クラクラしましたよ。あとで聞いてみると角のウイスキーがダブルで入っていたんです。しかも43度の角がね。それにしても高橋さんはお強いですね。
高橋:いえいえ、これは飲みやすく美味しいハイボールです。もう一杯いただいてもいいでしょうか。
シマジ:どうぞ、どうぞ。
間口:はい、スコッチエッグができました。立木先生、そちらにお持ちしましょう。
立木:真っ二つに切られた卵が美しいね。
間口:正式なスコッチエッグは挽肉でゆで卵を包んでフライにするんですが、わたしが考えたのは、挽肉の代わりにコンビーフでゆで卵を包んで揚げています。それを真っ二つに切り分けたのがこれです。
立木:スコッチエッグは撮影終了!
間口:高橋さん、新しいハイボールと一緒にスコッチエッグを召し上がってください。
高橋:見るからに美味しそうなスコッチエッグですね。
間口:添え物として、マヨネーズ、ケチャップ、ガラムマサラの香辛料がありますから、お好みに合わせて使ってください。
高橋:この感触ははじめてです。美味しい。ハイボールとピッタリ合いますね。
シマジ:高橋さん、一口いただいてもいいですか。
高橋:どうぞ。
シマジ:うん、このコンビーフがヤケに美味いんだよね。
間口:これは野崎のコンビーフです。2002年、大阪で修行してから上京したときに、品川駅のホームで野崎コンビーフの看板を見たんですが、すぐにそれを使ってみたんです。それが当たりでした。
立木:最後はなにが出てくるのかな。
間口:これもうちの定番なんですが、サンドイッチです。パンは一日前から冷凍庫にスライスして寝かせて固くするんです。そうして水分を抜いて焼くとパリッとする。バターは焼いたパンの表面に万遍なく塗るのではなくて、むしろ不揃いに、ムラができるように塗っています。これを食べやすいように8等分に切っています。この自慢のサンドイッチを、立木先生、撮影をお願いします。
立木:ここのツマミは缶詰とか卵とかサンドイッチとか、軽いモノがメインなんだね。たしかにお腹がいっぱいになると酒が不味くなるもんね。よく考えられている。
間口:ありがとうございます。
立木:サンドイッチの撮影はOKだよ。
高橋:立木先生の撮影は早いですね。
シマジ:「早い、上手い、高い」が巨匠立木義浩の売り物ですから。
立木:そのコピーはシマジが自分の原稿を売るために考えたコピーだろう。おれはシマジに「早い、上手い、安い」でこき使われているんだよ。
間口:高橋さん、もう1杯ハイボールをお作りしましょうか。
高橋:よろしいんですか。では、このサンドイッチ用にもう1杯お願いします。
シマジ:サンドイッチが8等分に切られているのは食べやすくていいですね。
間口:はい。これはあくまでもハイボールのツマミですから。
シマジ:高橋さん、サンドイッチを1個もらってもいいですか。
高橋:どうぞ。とてもわたし1人では食べられない量です。
シマジ:このパリッとした食感がいいですね。
立木:このハイボールはたしかに美味い。これはおれしか作れない、という商標登録みたいなことはできないの。
シマジ:じつはわたしもスパイシーハイボールにそういうことができるか訊いてみたことがあるんですが、カクテルと同様に、飲み物は公のものとして飲まれているので、法的に独占するのは難しいようですよ。ロイヤリティーは存在しないんです。
間口:そのようですね。
シマジ:でもどんなに間口式ハイボールを真似てもソックリな味にはならないと思いますね。それは間口バーマンの気がこの1杯1杯のハイボールに入っているからでしょう。第一、43度の角を探すのが難しい。それに普通、角瓶そのものを冷やすなんて考えつきませんよね。間口さんの経歴から強運な方だとお見受けしましたが、ハイボールで勝負に出てみて、このバーのオープン当初はどうだったんですか。
間口:いえいえ。ぼくは自分が強運だなんて思ったことはありません。東京の銀座という場所ではじめてこのバーを持ちましたが、そのときは共同経営者がいたんです。ぼく自身、いまは白山に暮らしていますが、上京したころは、終業後にこのバーでタオルケットにくるまって寝泊まりしていました。銀座の有名な銭湯、金春湯には毎日通っていました。
シマジ:たしかに、銀座に単独でバーを構えるには多額の軍資金が必要だよね。
間口:完全に1人で独立できたのは8年後でした。
立木:オープンしてからすぐにお客がきたの。
間口:そんなことはありません。どうしてここにこんなに古本があるかと言えば、お客さまが1人も来ない夜など、ぼく1人で読書三昧に耽っていたからなんです。
シマジ:そうでしたか。それにしても、このバーは大きなガラス張りになっているのがいいですね。3時から営業したくなる気持ちがわかるような気がします。
間口:そうでしょう。この、外が見える雰囲気をお客さまに味わっていただきたいんです。いまでは午後3時にオープンして午後10時に閉店していますが、オープン当時は午前5時までやっていました。そのころはスタンドバーではなく、お客さま用にスツールを置いていたんですが、明け方、ぼくが立ったまま眠ってしまったことがありましてね。でもお客さまは優しくて、ぼくが目を覚ますまで待っていてくれました。
シマジ:流行り出したのはいつ頃からですか。
間口:そうですね。半年が過ぎた頃でしょうか。それまでは1人も来なかったこともありました。そういえば、いまでは考えられないことですが、大阪時代のぼくの常連さんが東京に転勤になったのを機に店を訪ねてくれて、それからほとんど毎晩来てくれた、なんてことがありました。嬉しかったですね。
立木:そのお客も東京に転勤になって寂しかったんじゃないの。
間口:そうだったのかもしれませんね。
シマジ:なるほど、スタンドバーにしたのは、店が流行ってきてお客さまが大勢増えたから、必然的にこうなったんでしょうね。
間口:その通りです。
シマジ:伊勢丹のサロン・ド・シマジのバーははじめからスタンドバーにしたんですが、混んでくると「すみません。ダークダックススタイルになっていただけませんか」と言っているんです。若い人には「ダークダックスってなんですか」と聞き返されますがね。
高橋:わたしもわかりません。ダークダックスってなんですか。
シマジ:むかし一世を風靡した男性だけのコーラスグループなんですが、彼らは体を少し斜めにして並んでいたんです。
高橋:斜めになると沢山並べるんですね。
間口:サロン・ド・シマジのバーの混みようは凄いですよね。ときには3列になってダークダックスのようにみんな斜めになって飲んでいますものね。うちは、後ろの壁にテーブルにできる装置がついているんですよ。
シマジ:ここにはシートだってあるじゃない。広さもうちの3倍はあるんじゃないですか。
間口:そうでしょうか。
高橋:お店をやっていくには、やはりいろいろとご苦労や工夫が必要なんですね。成功するバーというのは、ある意味お店の方の涙と汗の結晶とも言えるでしょうか。勉強になりました。
立木:シマジなんてにわかバーマンで、土日しかカウンターに立っていないんだよ。涙も汗も関係ない。まあ、シマジは雇われバーマンだから、間口バーマンとは雲泥の差があるわな。