第3回 麹町 ARGO 田坂嘉隆氏 第2章 麹町の豪華客船「ARGO」。

撮影:立木義浩

シマジ:学生時代に、社会に出るときどんな職業を選ぼうかと思案するのは誰にもあることだと思うんですが、田坂シェフは人生のどの段階で、料理人になろうと決意されたんですか。

田坂:そうですね。19歳の終わりころでしたか。ぼくはとある大学にストレートで入学できたんですが、どうしても学業に興味が持てず、住まいに近い奥沢神社のそばの焼き肉屋でのアルバイトに精を出すようになったんです。そのうちバイトのほうが気に入って大学はやめてしまいました。そして国立にある「エコールキュリネール国立」、現在の「エコール辻東京」に入学したんです。

シマジ:生まれは世田谷の奥沢なんですか。

田坂:父親の仕事の関係で、生まれは兵庫県でしたが、小学校6年生のとき奥沢に移り住んだんです。

シマジ:そうですか。なぜお訊きしたかと言いますと、わたしは奥沢生まれで幼いころよく奥沢神社で遊んでいたものですから、懐かしく思ったんです。

立木:シマジは一関生まれではなかったのか。

シマジ:じつは大東亜戦争のときに東京から一関に疎開したんです。でもいまでは一関のほうがはるかに懐かしく思えます。田舎に育ってよかったとつくづく思いますね。田坂さんは、大学をやめて辻静雄さんの料理学校に入られたんですね。

田坂:はい、わたしのころはもう息子さんの時代になっていましたが。

シマジ:辻静雄さんには開高先生と立木巨匠と一緒に青葉台のマンションに招待されて、豪華な食事をご馳走になったことがありました。ねえ、タッチャン。

立木:うん、そんなこともあったか。おれの記憶はだいぶぼやけてきているが。

シマジ:わたしは息子さんの辻芳樹さんにも、一度東京の家に呼ばれて、友人と一緒にご馳走になったことがありましたよ。辻調グループの専門学校といえば、調理から製菓まで、いまや料理学校の名門でしょう。入るのは難しいんですか。

田坂:いえいえ、願書と入学金を出せば誰でも入れます。

シマジ:でも卒業者にはいまや名うての料理人たちがたくさんいますよね。恵比寿の「オーギャマンドTOKIO」の木下シェフもそこの出だと聞いています。ところで田坂シェフは、毎日築地に行って食材を探しているんですか。

田坂:ぼくは築地には行きません。ここで使うすべての食材は、産地直販業者から買っています。さきほどお出しした会津磐梯山の麓で養殖しているメープルサーモンも、そこの産直業者が仕入れてくれているんです。あのサーモンは天然物より高いんですよ。

シマジ:どうしてなんでしょうね。鯛などは養殖と天然ものでは姿形も違いますし、養殖ものは味も相当落ちていると思いますが、メープルサーモンはその反対なんですね。実際、美味しくて驚きました。

田坂:それは餌によるようですね。高くて質の良い餌を与えるとサーモンがより美味しくなるようです。

シマジ:なるほど。それはすべての食材に言えますね。天然の鮎でも、自然のなかで美味しい苔を食べている鮎と、不味い苔を食べている鮎ではハラワタのうま味が違うそうですね。

田坂:そう言われていますね。

川口:田坂シェフ、「ARGO」というのはどういう意味があるんですか。

シマジ:川口さん、大変いい質問です。

田坂:「ARGO」はギリシャ神話に出てくる巨大な船の名前です。その船は黄金の羊の毛皮を探しに行くために建造されたものなんです。

立木:そうか、だからここのインテリアは、豪華客船の一等室のようなイメージなんだね。

シマジ:なるほど、全体が船のなかというイメージなんですね。

田坂:そうなんです。

川口:全体の豪華な感じと、あちらの書斎のようなスペースが素敵だと思いました。

田坂:ありがとうございます。他に個室もあります。

シマジ:わたしはこのテーブルの位置が気に入りました。はるか向こうに東京駅が見えて、丸の内周辺が見えていますね。鬱蒼とした森のためにここからは見えないものの、皇居があのなかにたしかに存在している感じが好きですね。天皇陛下にいちばん近いところで食事をいただいている感覚が堪りませんね。こちらもやんごとなき人物にでもなったような気分で、姿勢を正したくなってきます。

田坂:お客さまにも好評で、みなさまこちらのテーブルをよく希望されますね。

川口:ここの見晴らしのよさは格別ですね。昼間でこんなにきれいなんですから、夜はさぞかしもっと趣があるんでしょうね。

田坂:はい、夜の眺望もご好評をいただいております。しかも夜は静かな雰囲気です。ランチタイムは周辺のオフィスワーカーの方達で賑わいますが、夜はこの辺は途端に静かになってしまいますので。

シマジ:それはいいことを聞きました。じゃあ、これからちょくちょく来てもいいですか。

田坂:どうぞお越しください。夜景を眺めながら、落ち着いた雰囲気で食事を楽しんでいただけると思います。

シマジ:田坂シェフは上柿元師匠の下で修行した後、東京で腕を試したくて上京したんですよね。

田坂:そうですね。ムッシュの下で6年間指導を仰いだあと、六本木にあるフレンチレストラン「ヴァンサン」で1年間くらい働きました。そのあと駒沢にある「ラ・ターブル・ド・コンマ」に4年、明治記念館に2年、六本木のグランドハイアットで8年、そこでは料理長を務めました。その後2014年8月からのANAインターコンチネンタルホテル東京の洋食部ヘッドシェフを経て、去年の8月からここ「ARGO」で料理長を務めております。

シマジ:上柿元御大がたまにここにきて田坂シェフの料理を食べて行くそうですね。

田坂:はい。ムッシュが来ると緊張しますが、「美味い!」と言われますと、やっぱり嬉しいですね。

シマジ:師匠が弟子の店にきてその料理を食べるなんて素敵ですね。弟子の成長を確かめたいんですかね。

田坂:こちらはただただ緊張しますけれどもね。

シマジ:田坂さんは料理人になって、いつごろから自分の腕に自信を持つようになりましたか。

田坂:自信というより、この道を選んでよかったと思ったのは、グランドハイアットで料理長になったころですかね。「おれは料理が好きだし、この仕事が合っているな」と思いました。誰にでも得意不得意があると思いますが、例えば盛り付けを統一するために、ぼくは一眼レフのカメラを買って自分で撮影してスタッフに配ったんですが、そのとき料理の写真を撮るのがどんなに難しいかを体験しました。今日、立木先生がいとも簡単に、しかもこんな短い時間に撮影してしまうのをそばで見せていただき、驚きました。

立木:餅は餅屋、ということだよ。逆におれに料理をしろと言われても、所詮無理な話なんだから。

シマジ:われらが巨匠はそれにしても仕事が早いよね。

田坂:もう肉眼で見ている段階でこういう写真ができるんだとわかってしまっているんでしょうね。

立木:それは企業秘密です。シマジ、このセリフ、どこかで聞いたような気がするんだが。

シマジ:タリスカーゴールデンアワーのボブですよ。

立木:そうだったな。これは便利な言葉だよな。

田坂:立木先生の写真がいまから楽しみです。ムッシュにも見ていただきます。

立木:じゃあシマジ、お嬢、シェフ、もう一度レンズを見てくれる?

シマジ:ではみなさん、レンズを見てください。

立木:シマジ、お前の顔、怖すぎるぞ。もっと楽にしろ。

シマジ:どうもタッチャンのレンズを見ると緊張するんだよね。なぜなんだろう。

立木:こころに何かやましいことでも抱えているからじゃないの。

シマジ:バレましたか。

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Tel: 03-3265-5504
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