
撮影:立木義浩
立木:シマジ、今日はなにを撮ればいいんだ。
シマジ:そうですね、二方さん、なにか立木先生にカラーで撮ってもらいたいものを、4種類選んでいただけますか。
二方:では最初に、サントリー山崎蒸留所の1994年オーナーズカスクをお願いいたします。
シマジ:懐かしいですね。山崎のオーナーズカスクですか。
吉村:凄く恥ずかしい質問ですが、オーナーズカスクってどういうものなんでしょうか。
シマジ:吉村さん、いい質問です。あなたは読者代表でもありますから、わからないことがあったら、そのように率直になんでも訊いてください。まだウイスキーがここまでブームになっていなかった20年ほど前に、サントリーでは山崎オーナーズカスクといって、樽ごと売ってしまうという太っ腹なことをやっていたんですよ。個人で1樽丸ごと買うわけですから、ボトルのラベルには買い主の名前を入れてくれたんです。
吉村:1樽ってボトルにして何本くらいとれるものなんですか。
シマジ:それは実際にその樽を開けてみないとわかりません。二方さんは何本くらいのオーナーズカスクのボトルをもらったのですか。
二方:わたしの場合は160本でしたね。多くもなく少なくもない数字だと思いますが。
シマジ:たしかに。わたしがグレンファークラス32年をボトリングしたときは、カスクが大きなポートパイプでしたから、たしか581本とれたと思いますが、その後ボトリングした同じグレンファークラス19年は224本でした。何本とれるかは、カスクの大きさと古さに依るところが大ですね。アルコール度数もまちまちで、32年ものは49.2%ですが、19年ものは54.2%でした。吉村さん、ウイスキーは貯蔵期間中に毎年数%が樽から蒸発してしまうんですが、そのことをエンジェルズ・シェア、つまり天使の分け前と呼んでいるんです。
吉村:ロマンティックな呼び方ですね。天使に飲まれてしまったということなんですね。
シマジ:その通りです。ではわたしが伊勢丹のバーで飲むのをなんというかご存じですか。
吉村:さあ・・・?
シマジ:“店主の分け前”というんです。
二方:それは名言ですね。わたしも使わせていただきます。
立木:シマジ、用意はできた。早くこちらに運んでくれる。
シマジ:では最初の撮影は山崎蒸留所1994年のオーナーズカスク二方を撮影してください。二方さん、テイスティンググラスに一杯入れていただけませんか。ボトルだけではちょっと画になりにくいですから。
二方:わかりました。撮影が終わりましたら、どうぞ、シマジさんに飲んでいただきたいです。
シマジ:では吉村さんと半分ずつ飲みましょう。お水もください。加水して飲みたいですので。
二方:では、どうぞ。
シマジ:ラベルに品があって美しいですね。The Owner's Cask と大きく書かれたその下にSuntory Single Cask Whisky 山崎蒸留所1994と入っていて、その下にオーナーの名前が手書きで入っていますね。墨で書いたような「二方」と、細い万年筆で書かれたような「futakata」とありますね。これは二方さんご自身のサインなんでしょう。
二方:はい、そうです。
シマジ:ではタッチャン、よろしくお願いします。
立木:どれどれ、ちょっと香りを嗅がせてくれ。うん、これは色は薄いけど、アルコールはかなり強いね。
二方:はい、アルコール度数は59度ありますから。
シマジ:この色からすると、樽はホワイトオークではないですか。
二方:そうです。ホワイトオークのバーレルです。
立木:たしかにシマジがしょっちゅう言っているように、こんなに度数が強いものをストレートで飲んだら、舌やのどや食道がやられちゃうね。
二方:でもウイスキー好きなお客さまは、ストレートで、と言われる方が多いですね。
シマジ:ニートで飲むのは日本人とアメリカ人だけですよ。本場スコットランドのバーでも蒸留所でも、必ず加水して飲んでいるんです。
二方:どういう風にお客さまを説得すればいいんでしょうかね。
シマジ:たとえばこの59度のオーナーズカスクをグラスにニートで入れておいて、しゃぶしゃぶ用の生肉一切れをそのなかに入れると、またたく間に赤みが白く変化します。それは軽いやけどを起こしているのと一緒なんです。何十回、何百回とストレートで飲んで食道の粘膜が軽いやけどを繰り返すような状態にしていると、いずれ細胞ががん化してくるようです。開高健文豪は「なにも足さない。なにも引かない。」といきがって、生涯ストレート派でしたが、その結果、惜しいことに58歳の若さで亡くなりました。
二方:それは説得力あるお話ですね。早速、今夜から使わせていただきます。
立木:山崎オーナーズカスクの撮影は終了!:次は?
シマジ:二方さん、次はなんにしましょうか。
二方:では同じくわたしがウイスキーエージェンシーにお願いしてボトリングした、グレンロッシー1992年の20年もののボトルを撮ってください。これはレース業界ではサスペンションやブレーキで有名なエンドレスという会社に頼まれて、記念ボトルとして入れたものです。
シマジ:女性のモデルの写真が写っていますね。シングルモルトのボトルとしては珍しいですね。
吉村:サントリーではオーナーズカスクというのは山崎蒸留所だけでやっていたんですか。
シマジ:いえいえ、白州蒸留所のオーナーズカスクもありましたよ。いまではどれもこれも希少価値がついていますけど。ウイスキー全体の需要が盛んになって供給のほうがついていけないのが現状です。
立木:OK、女性のモデルのウイスキーの撮影は終わった。次は?
シマジ:つぎはこれです。
立木:なになに、サロン・ド・シマジのウイスキーじゃないの。
シマジ:これはサウスパークのためにお願いします。グレンファークラス32年はいまネット市場では高騰していて、1本16万円くらいになっているんです。それがここでは二方さんの太っ腹で、シングルハーフで1杯2500円の格安です。しかもいま、“サロン・ド・シマジ・フェア”を開いて、ほかの12本と一緒に売っている最中なんです。応援お願いします。
立木:お店のためなら仕方がない。撮ろう!
二方:ありがとうございます。
シマジ:最後はなんにしましょうか。
二方:では、英国の世界的な酒類コンペティションISCで最高賞を受賞した響21年はどうでしょうか。
シマジ:それはいいですね。チーフブレンダーの福與さんがみずからロンドンでの受賞式に行かれたようですよ。わたしも福與さんにはいろいろお世話になっている身ですから、これは嬉しいです。
二方:わたしも飲んで驚きましたが、サロン・ド・シマジの山崎ミズナラは福與さんがいなかったら、作ってもらえなかったのではないですか。
シマジ:まさにその通りです。わたしの76年の生涯でただ一度の最高のえこひいきでした。ワンショット5000円で出していましたが、60本が5カ月で空きましたからね。空いたボトルをこれ見よがしに全部揃えて飾っていたんですが、福與さんご本人がひょっこりお見えになったことがあり、じっくり眺めて満足した様子で帰って行かれましたよ。
二方:あの山崎のミズナラにいちばん近いものはなんですかね。
シマジ:わたしも同じ質問を福與さんにぶつけましたら、「それは響30年ですかね」とこっそり教えてくれました。
二方:なるほど、たしかに。今度響30年を飲むときは、こころして味わってみます。