
撮影:立木義浩
石川:バーの名前の「ゼニス」には、どんな謂われがあるんですか。
シマジ:石川さん、いい質問です。
須田:よく訊かれるんですが、「Zenith」という英語は頂点とか絶頂という意味なんです。まずひとつには、わたしの希望というか夢というか、バーとして頂点を極めたいという気持ちがあります。それと、わたしの名前は「善一」と書いて「よしかず」と読むんですが、「ぜんいち」と呼ばれることがよくあるんです。そこで「ぜんいち」の「Zen」に引っかけて、「Zenith」という店名にしました。
シマジ:なるほど。いい名前ですね。では須田さんは長男なんですか。
須田:いえ、男ばかりの3兄弟の次男です。
シマジ:親戚や遠縁にでも、どなたか水商売の方はいらっしゃるんですか。
須田:それが1人もいないんです。サラリーマン一族のなかで、わたしだけが変わり種なんですよ。
シマジ:わたしとよく似ていますね。わたしの父方にも母方にも、編集関係の親戚は1人もいません。父方のほうは学校の先生で、母方のほうはなぜか銀行員が多かったんです。ですから、段々親戚付き合いが疎遠になってしまいましたね。働いている時間があまりにも違うことが原因なんでしょうか。
須田:わたしもそんな感じです。

シマジ:でも須田さんが35歳で独立して、立派に銀座で店を持てたというのは快挙ですね。
須田:いえいえ。開店資金の半分は親から借りました。もう少しで払い終わるところですが。
シマジ:以前は同じ銀座でも別の場所に店がありましたよね。
須田:はい。この3月までは地下のバーで営業をしておりました。
シマジ:3.11の地震があったときは、被害はどうだったんですか。
須田:それが地下でしたのであまり揺れが大きくなく、1本も被害に遭わなかったんです。
シマジ:あのときビルの高い階にあったバーは、大変な被害を被ったようですね。
須田:わたしの知っているところでは、1階にあったバーでも、被害にあったお店が沢山ありましたね。
シマジ:わたしの知り合いの一関のアビエントも1階にあったんですが、被害は甚大だったようです。ボトルが破損する状況というのは、落ちたボトルの上にさらに上から落ちてきた衝撃で壊れるようですね。
立木:そうか。だから7階に移転してきた今は、用心に頑丈な金具を棚に張り巡らせているんだね。これなら大丈夫だろうね。
須田:まあ、“備えあれば憂いなし”と言いますからね。
シマジ:それを意識してこのようなメタリックな雰囲気に内装を決めたんですか。
須田:そうですね。以前の地下のバーはウッド調の重厚な雰囲気を大切にしていたんですが、こちらは思いきってイメージを変えて、カウンター以外はメタリック風に仕上げてみました。まあ銀色の金属の格子のなかにウイスキーのボトルが並んでいるのも、格好いいかなと思ってやってみたんです。
シマジ:これだったら、万が一営業中に地震に襲われても、お客は安心して飲んでいられるんじゃないですか。

石川:ここは最大でどれくらいのお客さまが入れるんですか。
須田:カウンター席は10人で、テーブルが3卓ありますから、満席だと24人は入れます。
シマジ:何人で切り盛りしているんですか。
須田:男女1人ずつの従業員とわたしの3人でやっています。
石川:営業時間はどうなっているんですか。
須田:うちは夕方の5時から深夜の2時まで営業しています。
シマジ:休日は?
須田:年中無休です。
シマジ:それは優秀な従業員を持っているということの証明でもありますね。
須田:はい、おかげさまで助かっていますね。それで、今夜は空いているなというときには、浅草の中森さんの「DORAS」を覗きに行ったり、新宿の本多さんの「ル・パラン」に顔を出したりしています。
シマジ:そうですか。お客さまにしても、オーセンティックなバーを好む人というのは行きつけのバーを数軒は持っていますよね。
須田:そうなんです。ですから同業の横の繋がりは大切なんです。
シマジ:先日、久しぶりにル・パランの本多バーマンのところに顔を出したら、彼が神妙な顔をして「うちは同業者はお断わりしているんです」と言われて、大笑いしました。
須田:それは本多さん一流のジョークでしょう。先輩は洒脱ですからね。
シマジ:本多バーマンはよく本も読んでいるし、映画もよく観ていますね。先日、わざわざ伊勢丹のサロン・ド・シマジのバーにやってきてくれて、「シマジさん、映画『ダンケルク』をぜひ観てください」と薦められたので観てみましたが、あれは大傑作の映画でした。須田さんもご覧になりましたか。
須田:はい。感動しました。
シマジ:いちばん感動したのはどのあたりでしたか。
須田:イギリスのスピットファイアの戦闘機とドイツの戦闘機メッサーシュミットの迫力ある空中戦ですかね。ハラハラドキドキしました。とくにスピットファイアのパイロットを演ずるトム・ハーディの目の演技力は圧巻でした。
シマジ:本年度のアカデミー賞は『ダンケルク』が総なめするでしょうね。本多バーマンが面白いことを言っていましたが、バーを訪れるアメリカ人に訊いてみると『ダンケルク』はちんぷんかんぷんなんだけど、イギリス人にとっては『ノルマンディ作戦』より意味深いものがあるらしいですよ。
須田:まさに「勇気ある撤退」ですものね。でもどうしてドイツのヒトラーがダンケルクに4日間も進撃停止命令を出したのでしょうか。あそこで英国軍をやっつけていれば、第2次世界大戦はどうなったかわからないですよね。
シマジ:以前あのころのノンフィクションを沢山読んだことがあるんですが、なにかの本に面白いことが書いてありました。実際のところ、どうしてヒトラーが進撃停止命令を出したのかはいまもって謎なんですが、ある側近がヒトラーに訊いたところ、総統は余裕綽々でこう答えたそうです。「あれはよく英国人が言っている、スポーツマンシップってやつだよ」それくらいのことを言えるほど、第2次世界大戦の緒戦は、まだまだドイツ軍のほうが優勢だったのでしょう。
須田:ある意味で歴史というものは面白いですね。でも戦争は2度とやらないほうがいいですね。あまりにも悲惨過ぎます。
シマジ:戦争はまさに破壊ですからね。やらないに超したことはありません。
石川:『ダンケルク』は女性が観ても面白い映画ですか。
シマジ:面白いと思います。簡単に説明しますと、ドイツ軍に追われた英国軍40万人の兵士が、ドーバー海峡に面したフランスのダンケルクという港町からどうやって対岸の祖国に撤退するかという脱出劇を106分にまとめた映画なんです。
須田:監督のクリストファー・ノーランはいまいちばん輝いている、映画界の天才ですね。
シマジ:タッチャンはご覧になりましたか。
立木:とっくに観たよ。映像的にも凄い映画だね。それに主人公らしい主人公がいないというか、人物描写にやたらと時間を割く映画ではないところもむしろ気に入った。
シマジ:タッチャン、さすがに鋭いですね。