
<店主前曰>
わたしの担当編集者たちの会、”シマジサミット”の面々のなかで、処女作『甘い生活』<講談社>の担当編集者のハラダとヨネダは54歳で長老格である。ハラダは正部長だから普通なら、編集の現場など携わらず、椅子にふんぞり返っていればいいものを、いま、わたしが書いた原稿を丁寧に読んで編集作業に余念がない毎日だ。来春3月にわたしの9冊目の書籍『赤の他人の七光り』が上梓される予定である。
一方、ヨネダの名刺を久しぶりにみて驚いた。取締役編集部長兼編集長ではないか。いつまでも現場にいたいヨネダの気持ちの現れなのだろう。たしかにわたしも社長をやりながら、現場の編集者役を悠々とやっていた。編集者稼業の面白さは、じっさいは編集長までなのである。出版社の編集部長や編集取締役や社長なんて、熱い現場の編集の戦場からみれば、退屈そのものである。赤ペンを握り鉢巻きして徹夜するあの興奮のなかにこそ、編集者の醍醐味が存在する。偉くなって数字ばかりみていると、銀行員になったのかと錯覚するときがある。そして出版社はそいう編集者の才能の集まりで経営しているのである。「集英社」とは、そういう英才が集まっているのだ、とわたしの輝ける先輩たちは胸を張っていたものだが。
シマジ 狭間さん、ヨーロッパではSHISEIDO MENシリーズのなかでアイスーザーがバカ売れしているそうですね
狭間 そうなんです。やっぱりヨーロッパの男性は目の下のたるみとかクマを意識なさっているのでしょう。
ヨネダ アイスーザーって何ですか。本日、ぼくがいただけるというセットには入っているんですか。
シマジ もちろん、入っている。安心しろ。おれはこれを使って9年目になるが、目の周りのたるみがこの通り全然ないだろう。
ヨネダ 本当にシマジさんは異常なくらい若々しくみえますね。
シマジ 目は口ほどにものをいう、といわれているが、目の周り、つまり、目頭、まぶた、目の下のハリなども、口ほどにものをいうんだよ。
立木 それはこじつけじゃないの。目は口ほどにものをいうとは、目が恐怖でおどおどしたり、この女好きだなあという欲望が現れることをいうんじゃないの。
シマジ その通りだけど、若さの象徴は目の周りで出てくるんじゃないか。目の下がたるむとどうしても年寄りにみえてきちゃうものだ。
狭間 そうですね。だからヨーロッパの男性は一生懸命アイスーザーをつけているんでしょう。
ヨネダ そうか。ぼくも明日からさっそくつけますよ。
シマジ これはSHISEIDO MENシリーズで、はじめて登場した新兵器なんだぜ。おれははじめ知らなくて、最初にぬっていたんだ。ところがこの連載がはじまって、最後にぬるものだって知ったんだよ。
ヨネダ 最初にぬる方が効き目が出ると素人は普通考えますよね。
シマジ そうだろう。おれはてっきりそう思っていたんだ。
狭間 成分上、最後にぬったほうが効き目があるんですよ。
シマジ 日本の男性諸君もそろそろ高級男性化粧品に目覚めて、アイスーザーを使うようになったら、お目々パッチリのイケメンが増えるようになるはずだがね
狭間 シマジさんにお会いしたらお訊きしよう、と思っていたことを話していいでしょうか。
シマジ もちろん、何なりと。
狭間 シマジさんは編集者になれなかったら、どんな職業に就きたかったのですか。
立木 鋭い質問だ。シマジ、正直に答えろよ。
シマジ おれは編集者になれなかったら、バーテンダーになろうと密かに考えていた。子供のときから本と酒が大好きだったからね。
狭間 本はわかりますが、お酒は20歳すぎないと無理でしょう。
シマジ いや、おれは16歳から家では堂々とタバコを吸い酒も嗜んでいたんだよ。
狭間 えっ、ご両親から認められていたんですか。
シマジ はじめは隠れてタバコを吸っていたんだが、オヤジにみつかり、怒られるかなと思ったら、オヤジが「男は隠れて押し入れのなかで吸ったりしないで、堂々と吸え。ただし外では吸うんじゃないぞ」ていわれたんだ。おれはオヤジは話がわかるなって尊敬したけど、いま考えてみると、シガレットは消し忘れると最後まで燃えて、家を全焼にしたりする危険があるから、そのためにそんな剛毅なことをいったんだなといまでは想像がつくがね。
ヨネダ いまよくシマジさんが吸っている葉巻はたしかにみていると、すぐ自然に消えますね。
シマジ だから葉巻の不始末でボヤを出すことはありえない。その点でも葉巻はシガレットより優れている。酒も高校生のときから、一関の小さなカンターバーに通っていた。
ヨネダ えっ! カンターバーっ?みつかったら退学じゃないですか。
シマジ そうなんだ。だからオヤジのジャケットを拝借して行ったものさ。でもやっぱり怪文書で密告されて生徒課長の先生にとっちめられたことがあった。その場は何とかしのいだけど、大変だったな。
狭間 葉巻はいつからお吸いになられたんですか。
シマジ 27歳かな。柴田錬三郎先生が吸っていたので、真似をしたのが、葉巻のはじまりだね。人生の極道は、すべて真似っこから入門するものなんだ。
立木 それじゃあ、シマジは人生でなりたい2つの職業に就いたわけだ。いま思いかなって伊勢丹にサロン・ド・シマジというシガーバーを作ってもらい、シェーカーを振ってるんじゃないか。
シマジ そうなんだ。71歳にして人生最後にして最高の”真夏日”がやってきたかもね。この間、この7月にご主人を亡くされた気品のあるご婦人が1人でふらっとサロン・ド・シマジにやってきた。そして語りはじめたんだ。「たしかにシマジさんはうちの主人にお顔が似ています」「どうしてここを知ったのですか」と訊くと、ご主人の可愛がっていた部下の女性が、おれの熱狂的なファンで「ぜひ奥さま、伊勢丹メンズ館8階のサロン・ド・シマジにいらっしゃってシマジさんをみてきたほうがいいですよ」といわれてやってきたそうだ。彼女はスパイシーハイボールをゆっくり飲みながら「葉巻を一本吸わせていただけませんか」という。ここはシガレットが禁煙だということをちゃんと知っていた。おれはトリニダッドのいちばん小さいサイズのレイエスに着火して、婦人に渡した。すると美味しそうに吸いはじめた。彼女が「シガーってこんなに美味しいものなんですね。じつはわたくし生まれてはじめての体験です」というではないか。「それはよかったですね。これはトリニダッドという最高級のキューバのシガーなのです。」とわたしがいうと、「知る悲しみですか」と答えた。おれがたまたまその日、サロン・ド・シマジのバーカウンターをモティーフにした腕時計をしていたんだが、「その時計は可愛いですね」と彼女がいう。「作曲家の三枝さんが気に入られて一個お買いになりました。わたしのは小さな額には36歳で死んだ1人娘の2歳のときの写真を入れていますが、どうでしょう、亡くなられたご主人の写真を入れてつくれますよ」といったら「いいえ。わたくし再婚するかもしれませんから、それはまずいです」というんだよ。
ヨネダ ユーモアがあるなかなかの会話ですね。
立木 シマジはバーで待ってるだけでいろんな人に会えて愉しいだろうな。
シマジ お陰さまで、愉しませていただいております。
ヨネダ この間、サロン・ド・シマジに訪ねていって、「今日はシマジさんはおりますか」と店員に訊いたら、「敏腕バイヤーのシマジさんですね。バーのほうにおりますよ」といわれました。
立木 おっ、敏腕だと。シマジはバイヤーにも向いてるんじゃないの。
シマジ そうなんだ。バイヤーと編集者はよく似たところがあるんだよ。これは面白いぞと雑誌を作るのと、これは美しいぞって売る感覚はかなり近いね。
ヨネダ この間もバーのカウンターでみていたら、「シマジ先生はどうしてそんなに肌がツヤツヤなんですか」と中年のお客が尋ねた途端に、シマジさんはすかさずカウンターの下からSHISEIDO MENを取り出して「これです」と説明をはじめたんです。そしてそのお客には「美しいモノをみたら迷わず買え」という名言が書いてあるコースターが置かれていました。
立木 そしてそのお客は買ったのか。
ヨネダ 迷わず買っていましたね。ここに置いてある6個すべて買って行きましたね。見事な心理作戦でした。
シマジ あそこに置いてあるすべてのアイテムは、おれは愛しく愛用しているものばかりなんだ。「メンズプレシャス」の連載タイトルにもなっている”お洒落極道”の世界は、まず真似ることだよ。使って使って使いまくって、最後はおれを抜いて行けばいいのさ。
狭間 あそこにあったブルーのクロコダイルのお財布はきれいでしたね。
シマジ 狭間さん、いいところをみています それからスマイソンの4色のダイアリーが素敵です。これがそうです。毎年使っています。それからこれがクロコダイルのブルーの財布です。狭間さん、資生堂のボーナスはいつでるんですか。
立木 仲間にも売りつけちゃうところがスゴイや。
シマジ だってみんなにいいものを身につけてもらいたいんだ。そして本物の醍醐味を知ってもらいたい。人間は喜ぼうと泣こうと、このドクロの指輪のようにいずれなってしまうんだよ。おれはこれを戒めのためにはめているんだ。
ヨネダ ぼくもはめていますよ。
シマジ そしておれの信奉者たちは、会うと「こんにちは」という代わりに、このスカルのリングをくっつけ合うんだよ。
立木 何か怪しい結社ぽいね。
狭間 女性用も売っているんですか。
シマジ はい、小さなダイアがはまっているものがございます。
立木 シマジはこういうとき、途端に店員言葉になっちゃうから可笑しいよな。いままでその怪しい指輪をいくつ売ったんだ。
シマジ はい、立木さま、30個以上売らせていただきました。
狭間 ひとつSHISEIDO MENもよろしくお願いいたします。
シマジ 了承いたしました。狭間さま、お任せくださいませ。丸山部長にくれぐれもよろしくお伝えください。