OTONA BIBLE

「ほんの少し信じることで、 何かが生まれる」

[猿田彦珈琲 代表取締役]

大塚朝之

vol.10

2018.08.01

多くの人々へ手軽においしいコーヒーを届けたい。そんな思いから始まった「猿田彦珈琲」。その代表を務める大塚朝之は、もともと俳優を志していたという異色の経歴を持っている。30歳を目前にした頃、一念発起して自身の店をオープンさせた彼は、どんなことを考えながら20代の日々を過ごしてきたのだろうか。そして、現在は都内を中心に10店舗を構える人気店となった「猿田彦珈琲」には、彼のどんな哲学が反映されているのだろうか。

CHAPTER 1

猿田彦珈琲の始まり

僕を信じてくれる
仲間と共に

単にコーヒーが好きなだけだった

_コーヒーショップ、コーヒー豆の専門店など、現在は10店舗を構える「猿田彦珈琲」。それは、大塚自身のかなり素朴な思いから始まったようだ。

「もともとは、単にコーヒーが好きなだけだったんです。昔ながらの喫茶店も好きだし、スターバックスのようなコーヒーショップも大好きで。それで、20代の頃に、コーヒーの豆屋さんで働くようになったんですが、ランチで入ったお店で、たまたまある雑誌を見つけたんです。それは北欧特集みたいな雑誌なんですけど、ノルウェーのオスロにある「ヤヴァ」というお店が載っていました。実はコーヒー好きのあいだでは有名な超人気店だったんですけど、当時の僕はそんなことも知らなくて。そこでは品評会で一位を獲った豆を使ったカフェラテが、おしゃれな紙コップに入って、一杯500円ぐらいで飲めるって書いてあって、すごい驚きました。『こういう店が日本にもあったらいいな』、『こういうところがあったら毎日行くのにな』って漠然と思って。それが、『猿田彦珈琲』をやろうと思った、そもそもの始まりだったのかもしれないです。」

面白いと思うことで人生を歩みたい

_さらに、もうひとつ。コーヒーを愛する彼には、ある「願い」があったという。

「とにかく、業務用のエスプレッソマシーンに触ってみたかったんです。僕が触りたい機械を使っているコーヒー屋さんは、当時はまだ日本には数軒しかありませんでした。仮に僕がその店で働いたとして、その機械に触れるようになるまで、一体どれぐらいの時間が掛かるんだろうって…。当時、30歳近くなっていたし、それなら自分でお店をやったほうがいいんじゃないかって。だから、意外と深い考えもなく、ましてや戦略なんて全然ない状態で、自分の店を始めてしまいました。ただ、自分が好きなこと、自分が面白いと思うことを仕事にして、人生を歩みたいという気持ちは、どこかにあったかもしれないです。もちろん、お客さんに喜んでもらうことが最高なんですけど、それ以上にまずは自分たちが面白いことをしたいと思ってました。」

最初の投資家たち

_かくして大塚は、2011年の6月、東京・恵比寿の一角に小さなコーヒーショップ「猿田彦珈琲」をオープンさせる。

「正直な話、最初の2年ぐらいは、ほとんど赤字でした。お店を始めてから最初の半年間は、中学からの同級生をはじめ、コーヒー好きの僕の知り合いが、ボランティアでお店を手伝ってくれました。実は、その頃のスタッフが、結構今も残っているんです(笑)。だから、彼らが「猿田彦珈琲」の最初の投資家というか、彼らがちゃんと暮らしていけるようにってことだけを考えて、これまで頑張ってきたところがあるんです。僕が自分のお店を始めたとき、最初に突っ走ったり、突き動かしたものは何だと言われたら、コーヒーに対する熱意はもちろん、それ以上に、僕のことを信じてついてきてくれた仲間の存在なので。彼らがいなかったら、今のようにお店を増やすことも、多分しなかったと思います。」

CHAPTER 2

のめり込んでいた
役者の道

“僕にできなかったこと”
を乗り越えて

中学最後の演劇コンクール

_取材場所となった「猿田彦珈琲 調布焙煎ホール」のある、東京は調布市で生まれ育った大塚は、親や先生も手を焼く、一風変わった少年だったという。

「小さい頃は、ホント落ち着きのない子どもだったみたいです。授業中もずっと天井を見上げて、穴の数をひたすら数えていたり(笑)。だから、親や先生には、結構迷惑を掛けていたみたいなんですが、なぜか中学最後の演劇コンクールで僕がすごく頑張ったんです。そしたら、先生とか母親がすごく褒めてくれて、『役者をやってみたら?』って言ってくれたんです。それで僕も調子に乗って、知り合いの紹介で事務所に入って、芸能活動をするようになりました。まあ、その頃には、ちょっとやんちゃなこともし始めていたので、『この子は何か打ち込めるものを見つけてあげたほうがいい』っていう判断が、大人たちのあいだにはあったみたいなんですけど。」

無風の時代

_15歳の頃から芸能活動を始め、役者の道にのめり込んでいった大塚。しかし、現実は彼の思うようにはいかなかったようだ。

「お芝居のことについては、かなり真剣に考えていたんですけど、それ以外の生活は、本当にグダグダでした。お芝居の仕事が来たら、プロ意識を持ってやるんですけど、それ以外の時間は、本当にダラダラ過ごしていて。それがカッコいいんだぐらいのことを思っていました。ただ、やっぱり無風がいちばんつらいというか。人生でいちばんきついのって、本当に無風なことだと思うんです。どうあがいても誰も認めてくれないとか、話も聞いてくれないとか。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のシリーズで、ジャック・スパロウが無風状態で何もできないみたいなシーンがあるんですけど、そのシーンを見ていたときに、僕、泣いてしまって(笑)。どう考えても泣くシーンじゃないんですが、僕は役者の道を志しながら10年近く無風状態でいたので、ホント苦しいよなって思いました。それに比べたら今は、最高だなって思います。それこそ最初の頃は、いっぱい非難もされたけど、構ってくれるだけでありがたいって思ってしまうんです。」

自分が“いい”と思うもの

_役者生活を送る中、何か手に職をつけなければと、知り合いの紹介でコーヒー豆屋で働くようになった彼は、日々コーヒー豆を売りながら、あることに気づいたという。

「役者を志していた頃、いちばん苦手だったのは、自分自身を売り込むことでした。変な話、役者って「僕はこんなにすごいんです」ってことを、自分で言って示さなくちゃいけない仕事じゃないですか。それが、僕にはできなかったんです。そこまでのハングリーさがなかったというか。でも、それから自分でコーヒー豆を売るようになり、自分がいいと思ったものを、お客さんに『いいですよ』と言って売るのは、なんて楽しいんだろうって思ったんです。すごく自分に正直でいられるというか、無理をしなくていいんです。それが今、自分でコーヒー屋をやっていて、いちばん楽しいことかもしれません。自分たちがいいと思っているものを、いいですよって言って共感してもらう。なおかつ、お金までいただくことができる。これはもう、最高の商売だなって思いました。」

CHAPTER 3

今の“僕”という
人間

まわりの人を
ガッカリさせたくない

熱意しかない

_恵比寿の一号店をオープンしてから約2年。ようやく店が軌道に乗り始めた頃、彼はある大企業から提案を受けることになる。「猿田彦珈琲」の名前を一気に世に知らしめることになる、缶コーヒーの監修と、大塚自身のCM出演だ。

「正直、迷いましたね。その頃には、お店のほうも、ようやく軌道に乗ってきて、かなり繁盛し始めていたんです。それが、その話によって、崩れる可能性もあるわけじゃないですか。だから、すごく迷ったんですが、結局やらせていただくことにしました。だからこそ、その監修のお仕事は、豆の選定からブレンドまで、本当に地道なことを大真面目にやらせていただきました。挙句の果てには、テレビCMにまで出させていただいて。そのとき、僕らみたいな無名のコーヒー屋が大手企業と渡り合っていくためには、やっぱりコーヒーに対する熱意しかないと思ったんです。」

情熱を形に変える

「昔から変な思い込みというか、熱量だけは高かったみたいです。役者を志していた頃も、大きいことばかり、まわりの人に話をしていて。その熱量は、相手にも伝わってたみたいです。そういうのを面白がってくれる人もいっぱいいました。まあ、人によっては、ものすごく扱いにくいやつだったみたいですけど(笑)。ただ、役者を志している頃は、言ってるだけで、それを実現させることができなかった。でも今は、自分の情熱を形に変えることができる。それが何よりも嬉しいんです。ただ、最近思うのは、それだけでもやっぱりダメなのかなっていうこと。どこかで相手のことも考えないとダメなんです。それは身だしなみひとつ取っても、そうだと思います。お店を始めた頃の僕は、今以上にラフな感じで、自分が着たいものを自由に着ていたんですけど、身だしなみを整えることで相手に対する誠意を表す機会っていうのも、やっぱりあると思っています。」

自分なりのバランス

「それを教えてくれたのも、昔からの仲間なんです。彼は僕以上にラフな男だったんですが、店を出すための資金調達の際、一緒についてきてもらったら、ものすごくパリッとした格好をして来て、それに衝撃を受けました(笑)。極端な話、まわりの人たちに持ち上げてもらえたからこそ、僕はこれまで生きてこれたところがあるんです。本当にグダグダの20代だったけど、ポイント、ポイントで、僕に手を差し伸べてくれる人がいて、そういうものを感じ取ることだけは、自分にもできました。だから、その人たちをがっかりさせないために、今は頑張りたいと思っています。なるべく嘘つきにはなりたくないと思っているんです。『なるべく』っていう言い方も何ですけど、そこで『絶対に嘘をつかない』とか言ってしまうと、また自分を追い込んでしまうので『なるべく』ぐらいがちょうどいいんです。そうやって、自分なりのバランスが取れるようになったのも、『もっと気楽に生きなよ』って、まわりの人に言ってもらえたからです。そうやって、まわりの人たちが、今の僕という人間を作ってくれたところは、すごくあると思っています。」

信じることをやめない

「これは、うちの従業員たちにもよく言っていることなんですが、やっぱり信じることをやめたらダメだと思います。僕にしたって、自分のことをどっかで信じていたからこそ、きっと今があるわけです。その中身は、別に何でもいいと思います。自分がやりたいと思っていることや自分が好きなこと、あるいは自分はこういう人間なんだって思うこと。ちょっとでも自分のことを信じてあげたほうが、絶対いいと思います。他の人に何を言われようと、自分だけは自分のことを信じてあげるというか。それは他人に対しても同じです。今、僕は経営者という立場なので、従業員に何か指導したりすることも多いんですが、ちょっとでもその人のことを信じないと、伝わるものも伝わりません。その人のことを、ほんのちょっと信じるだけで、そこに何かが生まれる可能性があるんです。もちろん、信じ続けることは、すごく難しいことだけど、それでもやっぱり、信じることをやめてはいけないと思います。」

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