小田さんが営む植物屋「叢(くさむら)」が提案するのは、“いい顔”をしている植物。植物を形容するのに“いい顔”とは意外だが、小田さんがこの言葉で指すのは、味わい深い植物のこととか。
「以前は生花店をしていたのですが、一律の美しさを求め、規格品としてつくられた植物には、面白みがないと感じていました。“いい顔”って、人に対して使うときには、若者ではなく大人を対象にしますよね。例えば、長年を海で過ごしてきた漁師の日やけした肌、農作業を通して刻まれた深いシワ……。その顔が見せる人生に対して、リスペクトを込めて使う言葉です。それまでの生きざまを感じさせる植物にも、同様の敬意を込めて、“いい顔”と表現しているんです」
サボテンは非常にゆっくりと成長し、小さなカラダのなかに、長い年月のストーリーを蓄えていく。インタビュー中のテーブルに置かれたサボテンは、30センチに満たない大きさながらも、すでに約10年の日々を過ごしてきたとか。“いい顔”を求めて多肉植物に辿りついた理由は、そこにあるという。また多くの男性ファンを惹き付けるのは、そのフォルムとも。
「サボテンにはトゲがあり、ゴツっとしたオブジェっぽさもある。男性的なんです。多肉植物は、いわば天然の盆栽。しかし園芸の盆栽と異なり、頻繁な水やりや手入れが少なくて済む。この点も、忙しい現代の男性にマッチしているのだと思います」
多肉植物が重ねてきた年月のストーリーといわれても、ピンとこない人も多いはず。そこで、とあるサボテンにまつわるエピソードをうかがうと…。
「この玉サボテンは、品種としてはメジャーなもの。でもほかの個体とは、風格が違う。昭和50〜60年代に、サボテンブームが起きたことがあります。その時代の売れ残りとして、30年ほど、栽培農家の片隅に放置されていました。市場に出回る玉サボテンは、球がひとつだけのものばかり。このような群生になるまでには時間がかかるため、商品として扱われることが少ない。でも、自然界で育つサボテンは本来、群生になるんです」
さらにサボテンの下部が、茶色くなっているのも、注目すべきポイントとか。
「時間をかけて大きくなると、下部の表皮が木のような外見に変化するんです。まるで、時間を貯め込み味わい深くなった骨董品のような……。これは、商品として並ぶサボテンではほとんど見られない、木化(もっか)と呼ばれる現象です」
人目に触れることなく、黙々と生き続けてきた玉サボテンだが、それゆえに、植物本来の姿にたくましく成長したというのは興味深い。ほかにも、株分けのためにできた切断面から予想外の成長をみせたサボテンや、狭い鉢から植え替えられなかったために、枝分かれせず上へ上へと伸び続けた柱サボテンなど、小田さんのもとには、さまざまな人生を送ってきた植物が並んでいる。
決して満たされるだけでなく、ときに過酷な環境に置かれたからこそ生まれた植物の風貌は、貫禄や生命力を感じさせる。大人の男たちが多肉植物に惹かれる一番の理由は、そんなところにあるのだろう。
撮影協力:Reno*Reno Tokyo