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第5回 赤坂Bar bridgeオーナー 八木公徳氏第2章 男はロマンティックな愚か者でないと熟成しない。

<店主前曰>

八木公徳とわたしはちょうど30歳年が離れている。いってみれば八木は息子みたいな年齢だ。八木は息子のように可愛いのである。葉巻にこれだけ淫する男はそうはいない。ロンドンのシガーオークションで500万円出してエドワード8世がリング(葉巻に付いている紙の帯「シガーリング」)に写真を入れた25本入りの葉巻を友人に贈った、その貴重な葉巻を競りで落としたのも八木公徳である。情熱は人生においてまさに岩をも砕くのである。そういう八木をわたしは好きだ。男はまずロマンティックな愚か者でなければ熟成はしないのである。

土谷 どうしてカウンターにビバンダムがこんなにあるんですか。

シマジ 土谷さん、いい質問です。八木は早くその質問がこないかなあと待っていたと思いますよ。

立木 おれもさっきから気になっていたんだ。これはタイヤメーカーのミシュランのマスコットなんだろう。

八木 そうです。白いタイヤを体全体に巻き付けたようなムクムクしたフィギュア、ビバンダムはミシュランのマスコットとして100年以上前に誕生したものです。

シマジ 八木にビバンダムの話をさせるともう止まんないよ。

土谷 どうしてこんなに集めることになったのですか。

シマジ いい質問ですよ。八木、あの名セリフをいっちゃえよ。

八木 ぼくははじめてビバンダムをみたとき、戦慄が走りました。『これはぼくに似ているな。ぼくの分身だ』と直感したんです。

立木 たしかに感じが似ているわな。

八木 よし、こうなったらビバンダムを集めようと思いついたのです。1864年、ミシュランの創業者、ミシュラン兄弟がうずたかく積まれたタイヤの山を眺めて「これは手足をつけたらタイヤ人間になるぞ」というユーモアからビバンダムは生まれたのだそうです。
古いミシュランのポスターには、ビバンダムがガラス片や釘がいっぱい入ったグラスをかかげているのがあります。コピーに「いざ飲まん」と書いてあります。この意味はミシュランのタイヤはガラス片でも釘でもすべての障害物は呑み込んでしまうということなのです。ミシュランはパンクに強いタイヤなんだぞとアピールしたんでしょう。ビバンダムの名前はラテン語で書かれたホラティウスの詩「いざ飲まん」からヒントを得たそうです。そこにラテン語でビバンダムという語彙が入っているのです。詳しくいいますと、Nuncest bibendumとラテン語で書くそうです。日本では別名ミシュランマンともいわれていますね。

立木 凄いシマジも叶わない博学だね。

シマジ それは自分の分身のことだから、徹底的にビバンダムの出自を調べたんだろうね。それから八木は朝の4時まで働いてお金を貯めてはパリのノミの市に行く”分身”探しの旅をはじめたんだよね。でも八木が何十回もビバンダムを探しにノミの市に通っていることが、せこい業者の間で噂を読んで有名になり、八木は”自分探しの旅”をしているのに、商人たちは同情せずにむしろ法外な値段をふっかけてくるんだってね。

八木 そうなんです。ほくがノミの市に行くと「ビバンダムがきたぞ」と携帯で業者間で連絡を取り合っているんですよ。分身が売られているのがかわいそうだから、ぼくが言い値で買うことを彼らは見透かしているんです。悔しいけど仕方ありません。でもぼくのことをビバンダムと呼んでくれるのはうれしいですけど。

立木 ビバンダムはもともとミシュランのタイヤを買った景品にもらえたものじゃないの。

八木 さすがは立木先生。そうなんです。

シマジ それをアコギに高く売りつけるなんて言語道断だね。

土谷 何個くらい集められたんですか。

八木 数えたことはありませんが500個以上はあるでしょうか。

シマジ ビバンダムが集団で積み重なっているのが可愛いね。それからこれは何だ?籠を背負って一列に並んでいる。

八木 これは1960年モノのビバンダムで、葡萄を収穫するカゴを背負っているんです。

シマジ あれ、ここにもある。

八木 はい。同じものを13個集めました。

立木 これは相当凝っているね。高かったろう。

八木 はい、みているうちにだんだん愛しくなり、居ても立ってもいられずあちらの言い値で買いました。

シマジ 切ない話だね。ノミの市の商人たちに八木はすっかり見透かされているね。

八木 まあ、これは宿命ですね。しかもビバンダムは1カ所に集めて売られているわけではないですから、偶然に店先でみつけることが多いんです。

立木 よくみかける最近のビバンダムは漫画チックなのが多いよね。

八木 さすがは立木先生。おっしゃる通りです。ここにも何個かありますが、ぼくは漫画チックなビバンダムはどうしても好きになれません。自分の愛しい分身に思えないのです。

シマジ 八木はコレクターとしても一家をなしている。だから大分前のことだけど、リベラルタイム誌でビバンダムコレクターとして登場してもらったことがあるんだよ。

土谷 八木さん、ひとつ質問していいですか。

八木 どうぞ、どうぞ。

土谷 どうしてお店の名前を「ブリッヂ」としたんですか?

シマジ いい質問です。

八木 この辺には四の橋とか二の橋とか一の橋とか橋がついた信号が多いんです。だからブリッヂとしたのです。

土谷 へえ、そうでしたか。いいアイデアですね。

シマジ ここにブリッジをオープンして何年になるんだっけ。

八木 かれこれ14年になりますか。

シマジ 月日の経つのは早いね。ブリッジの下を多くの川の水が流れたんだね。

土谷 詩的な表現ですね。

立木 シマジはこんな詩的なことをいって、いままで何人もの女を騙してきたんだよ。土谷さん、シマジには用心しなさいよ。

シマジ タッチャン、自分のことを棚に上げておれのことを讒言<ざんげん>しちゃいけないよ。

土谷 ザンゲンって何でしょうか。

シマジ 手帳にザンゲンと書いておいて、大阪に帰ったら辞書で調べてください。そうすれば土谷さんは一生この言葉が覚えているはずです。

立木 シマジ、そんな気取ったことをいわないで教えてあげなさいよ。

シマジ じゃあタッチャンが教えてあげれば。

立木 ザンゲンというのは字で書くと凄く難しい漢字だけど、意味は、事実とちがうことをいつわって他人に告げ口をして、他人を陥れようとすることをいうんだよ。

八木 さすがは立木先生、よくわかりました。

土谷 ザンゲンってそういうことをいうんですか。今日はひとつ利口になりました。

立木 でも2人ともこれからの生涯で絶対使うこともないだろうし、聞くこともないだろう。こういう変人のシマジみたいなのがよく訳知りで使うんだよ。

シマジ でも漢字って素晴らしい記号なんだよ。いまタッチャンが丁寧に説明した長文がたった二字に短縮されて伝わるんだから凄いでしょう。

立木 でもシマジ、いま2人にまったく伝わらなかったじゃないの。

シマジ これはタッチャンに伝わればよかったんだ。

立木 それは負け惜しみというものだね。

シマジ まあ、今日にところは見解の相違ということにしておこうか。

立木 シマジの仕事場のトイレに入ると大槻文彦の和綴じの「言海」があるんだよ。それをウンウン唸りながら毎日読んでいるんだ。ご苦労さまなことだ。

シマジ うん、うん。

今回登場したお店

BAR bridge
東京都港区南麻布4-11-27 オリエンタル南麻布 102

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