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第8回 恵比寿 パナセ 店主 羽崎修平 第1章 バーのカウンターは人生の勉強机である。

<店主前曰>

オーセンティックバー「Panacee」はわたしが仕事場にプライベートバー「サロン・ド・シマジ」を作るまでは、1週間に1度は顔を出していた馴染みのバーである。「バーのカウンターは人生の勉強机である」という格言を思いついたのは、この店のバーマンのハザキと話しているときだった。ハザキはわたしの息子くらいの年齢だが、バーのカウンターの向こう側に立っている男と、こちらに座っている男とは格がちがう。どんなに若くても立っているほうが先生で座っているお客さまは所詮生徒である。だから生徒であるお客さまは授業料としてなにがしかのお金を置いて帰って行かれるのである。わたしもいま伊勢丹メンズ館8階のバー「サロン・ド・シマジ」でシェーカーを振っているからそのことは少し理解出来るのだ。
 最近、バーマンになって気がついたことがもう一つある。お客さまの後ろ姿が気になってくるのである。人間の背中は無防備なものである。だからうれしそうな後ろ姿もあれば、もの悲しい後ろ姿もある。これからバーに遊びに行く人は帰り際の後ろ姿に気を使って、背筋を伸ばしてごきげんな後ろ姿で去って行ってもらいたい。そして江戸っ子がよくいったように、また店を訪ねたときには「ただいま」といってもらいたい。するとわかっているバーマンは「お帰りなさい」と温かく迎えてくるだろう。今夜もわたしは「Panacee」のドアを「ただいま」といって開けた。

シマジ あれ、そこにお座りの美人は武田さんではないですか。

ハザキ お知り合いですか。

武田 資生堂から参りました武田です。今日はよろしくお願いします。

ハザキ こちらこそ。

シマジ もうそろそろニューヨークに行くんだよね。

武田 2年間の予定でニューヨークでお仕事をしながら修業してきます。

ハザキ どうしてシマジさんはそんなに武田さんのことに詳しいんですか。

シマジ ハザキ、ヤキモチを焼くんじゃない。じつは彼女は伊勢丹のバー「サロン・ド・シマジ」の常連なんだよ。

ハザキ 女性の常連さんもいるんですか。

シマジ 何人かはいるんだよ。

ハザキ みんな彼女みたいにおきれいなんですか。

武田 みなさん、とてもおきれいでいらっしゃいますよ。

シマジ 美容の専門家がいうからにはお墨付きだね。

ハザキ 女性は一人でいらっしゃるんですか。

武田 わたしは一人で参りました。

シマジ カップルも多いんだ。おっと、立木御大のご登場だ!

武田 立木先生、資生堂の武田と申します。母がよろしくと申しておりました。

立木 ドキ、どちらでお目にかかりましたか。

武田 母はフリーランスのヘアメークでして、よく立木先生のご指名でお仕事をさせていただいていたようです。

立木 いやいや、こちらこそ。お母さまにくれぐれもよろしくお伝えください。

シマジ では武田さん、ハザキの肌判定からお願いします。ハザキ、そんなに怖がることはない。痛くも痒くもないから大丈夫だよ。

ハザキ 大丈夫ですか。

武田 ではお肌の測定に入りますね。

ハザキ シマジさんから教わって毎日SHISEIDO MENを使っているんですが昨夜のお客さまが早い飛行機で出発するから6時までつきあってくれといわれて、一緒にシガーを吸いシングルモルトを飲み過ぎましたからどうですかね。

武田 結果が出ました。Eでした。

ハザキ ヤギさんと一緒ですか。

武田 でも限りなくDに近いEですね。保湿は完璧です。

シマジ ハザキ、今度たっぷり寝たときガーデンプレイスの三越のSHISEIDOに行ってもう一度測ってきたらいい。きっとDかCになってると思うよ。そういえばハザキは、ちょうどおれがスコットランドにいたときパリにいたんだってね。

ハザキ 久しぶりに2週間のお休みをいただいてパリ、ミュンヘン、ベニスを経巡って参りました。とてもためになり愉しかったです。

立木 ヨーロッパのレストラン文化は凄いと思うけど、オーセンティックバーは日本のほうがはるかに芸が細かいし進んでいるんじゃないの。

ハザキ 立木先生のおっしゃる通りですね。毎日有名なバーに行きましたが、正直日本のバーマンのほうが上ですね。それはヨーロッパのトップシェフがきて日本のバーマンは凄いといっていることからもわかりますね。ベニスのハリーズバーにも行きましたが、日本のバーマンがつくるベリーニのほうが数段上ですが、やはりハリーズバーでベリーニを飲むということに価値があるんでしょう。

シマジ 牛肉のカルパッチョは食べたの。

ハザキ 食べましたが、日本のほうが美味しいですね。

シマジ あのカルパッチョなる料理は天才画家ヴィットーレ・カルパッチョから取ったんだよ。鮮やかな赤を好んだカルパッチョに因んで命名したそうだね。カルパッチョは白色も好きだったから、白いお皿に盛りつけしたんだろう。マヨネーズの白もそうかな。

立木 ベリーニだってベニスの画家の名前からつけたんだろう。

シマジ それはジョヴァンニ・ベリーニという画家が描いた、ベニスのアカデミア美術館にある絵のサンマルコ広場に敷き詰められたピンク色した大理石の色から取ったんだ。そういえば、武田さんはもうすぐニューヨークに2年間仕事で行かれるそうですね。

武田 はい。いま出発の準備で大変です。

立木 夢膨らむときだね。

武田 不安もいっぱいありますね。英語がどこまで通じるか、それがいちばんの問題です。伊勢丹のサロン・ド・シマジでシマジさんに薦められてペリカンの万年筆を買いました。

立木 どうしてまた万年筆を買ったの。

武田 ニューヨークでは一人住まいですので寂しいときがあると思うんです。そんなとき日本のお友達に手紙を書こうと思っているのです。

立木 それはいい考えだね。日本語を忘れないためにもいいよ。

シマジ 武田さんはお父さんもお母さんも美容師だそうですね。しかも日本の流行の先端である原宿で美容院を経営されているそうですね。まさに門前の小僧ならぬ門前のお嬢さんだったんだ。

武田 父は厳しい人で夏休みになると「親がこんなに働いているのに子供が遊んでいるとは何事だ」といわれまして4歳くらいからお店に出て働いていましたね。自分の背より長いホウキを使って切られた髪の毛を掃除していました。よくチップをくださるお客さまがいまして、両親からもらうお小遣いよりもそちらのほうが多かったですね。

立木 武田さんは美容師になるために生まれてきたような人なんだ。

シマジ タッチャンだって写真家になるために生まれてきたようなものじゃないの。曾お爺さんの時代から徳島で立木写真館をやっていたんだろう。でもタッチャンも親を超えるって大変なことだろうけど。武田さんもニューヨークで修業していずれ両親を抜くときがくるだろうね。

武田 さあ、どうですか。

シマジ ニューヨークには学びたい先生がいるんですか。

武田 はい。高校時代から憧れ尊敬しているイギリス出身のディック・ページ先生がおります。現在はニューヨークをベースに活躍している世界屈指のメーキャップアーティストなのです。ページ先生とはニューヨークコレクションでご一緒させていただいたことがありますが、日本人以上に神経質で繊細で仕事熱心な方でして、信頼関係を築くのはとてもハードルが高かったのです。英語の説明が完璧には聞き取れなくて、もの凄く怒られて初日でクビになりかけました。そのときわたしは顔面蒼白になり、あやうく卒倒しそうになりましたが、「明日もきたいです!教えてください!」と訴えたら、ページ先生はわたしの目をじっとみて「わかった。明日もおいで。でもわからないことは何度でも確認しろ。」といってくださったのです。非常に教育熱心な先生でメークするスタンバイからいちいちチェックされ怒られる。でもだんだん難しい技術は必ずわたしにやらせてくれ、英語の発音まで指摘して直してくれるようになりました。この先生からもっともっと沢山のことを学びたくて、今回、ニューヨークでの研修の希望を出したのです。

ハザキ 羨ましい話ですね。ぼくも将来パリのオーセンティックバーで働こうかな。

立木 ハザキ、君はヨーロッパのバーマンに教えることがあっても教わることはないよ。

シマジ うん。おれもそう思うね。

ヘア&メーキャップアーティスト 武田玲奈

資生堂の宣伝広告のヘアメークを中心に、ニューヨーク、パリ、東京など国内外コレクションでも多岐にわたり活動。現在、資生堂メーキャップを担当し、ディック・ページ氏とコレクションや商品のカラークリエーションも行う。
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今回登場したお店

パナセ
渋谷区恵比寿1-25-3 2F
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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