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第7回 恵比寿 雄 佐藤雄一氏 第3章 スズメのハンバーグを作ってくれる?

撮影:立木義浩

<店主前曰>

どんな職業でも新人にとっては山あり谷ありの日々である。ましてや料理専門学校には行かずいきなり割烹「田村」の見習いに入った佐藤雄一にとって、当時はさぞかし大きな山が聳えていたことだろう。あるときわたしは「雄」の献立表をみていて驚いた。そこには「土筆」と書いてあるではないか。「なんだ、これは?こんな食べ物をおれは知らないぞ!」思わずこころのなかで叫んだ。しかし「土筆」が「つくし」であることを知り、平静さを取り戻すと同時にますます和食の奥深さを実感したのであった。

シマジ:いくら料理が好きでも、料理人になる修業は厳しいから相当大変だったろうね。

佐藤:でもわたしはおかげさまで兄弟子に恵まれまして、ずいぶん可愛がってもらいました。強羅花壇で働いて5年ほど経ったころ、兄弟子が独立して埼玉のほうに店を出すことになったんです。そのとき、「お前も来ないか」と声をかけてもらったので、「はい、はい」とついていきました。その兄弟子は腕がよくて店は大繁昌しました。そこでもう一軒別な店を出すことになり、当時25歳のわたしを料理長に抜擢してくれたんです。

シマジ:異例の出世じゃないの。

佐藤:ですがそのころ、このまま和食ばかりやっていて果たしていいものだろうか、という疑問が湧いてきていました。そこで結局またフリーになり、イタリアンや寿司屋の門をくぐって修業をしてみたんです。寿司屋では、おれが和食の技を教えるので、代わりに寿司の技を教えてください、という具合にギブアンドテイクで学びました。

シマジ:ははあ、わかった。この間マグロの漬けのにぎりをサービスで出してくれたけど、食べた瞬間、これはタダモノではないとおれは内心感じていたんだよ。やっぱり寿司屋で修業したのか。

立木:今度おれが1人できたとき、その漬けのにぎりをひとつ頼むよ。電話してシマジがいないときを狙ってくるから。

佐藤:了解しました。お電話ください。嬉しいなあ、立木先生に食べていただくなんて本望です。

シマジ:タッチャン、水臭いじゃないの。一緒にこようよ。

立木:お前と食事をすると、いつもと食べるペースがちがって消化が悪くなる。だからおれはいつも家に帰って胃薬を飲んでいるんだぞ。

佐藤:たしかにシマジさんより早く召し上がる方にわたしはいままで会ったことがありません。それはルッカのシュウちゃんもいっていましたよ。

シマジ:そういえば子供のころ、たまたまオフクロと2人で家にいて、昼食にチャーハンを作ってもらったんだ。それがテーブルに出されるや、おれは瞬く間に平らげて、また読みかけの本を読んでいた。オクフロが自分の分をよそって持ってきたんだが、「ええっ!もう食べてしまったの?せっかく一緒に食べようと思っていたのに・・・」と呆れたような、寂しいような顔をされたことを思い出したよ。

立木:お前はホントに親不孝者だね。

岡村:お母さまが可哀相。

佐藤:それでいてシマジさんは凄い猫舌なんですよね。よく出来たてのチャーハンをそんなに早く食べられましたね。

シマジ:そこはおれのオクフロだ。ちゃんと少し冷ましてから出してくれたんだよ。

立木:お前の親不孝はバチが当たるレベルに達している。

岡村:お母さまはホントにシマジさんのことを可愛がっていらしたんでしょうね。

立木:おれがシマジのオクフロなら張り倒しているね。

シマジ:オフクロには感謝しているよ。

立木:そんなことをいったってもう遅い。

シマジ:人間の味覚は3歳のころから美味いものを食べていないと発達しないそうだよ。オフクロは料理が好きでそこそこ美味かったから、小泉武夫教授風にいえば、おれは子供のときからしょっちゅう“舌勃起”していたんだ。

佐藤:お母さまに作ってもらったもので、またあれが食べたいなあと思い出すものはありますか。

シマジ:ひょっとして雄ちゃん、それを作ってくれるっていうの?

佐藤:わたしは若いときに料理の武者修行をしましたから、一通りなんでも出来ますよ。

立木:そんなにシマジを甘やかさないでくれる?ますますつけ上がるから。

岡村:興味深いです。シマジさんほどの美食家が、いまでも思い出すオフクロの味ってどんなものですか。

シマジ:岡村さん、その前に冷製コーンスープがきましたよ。

岡村:美味しそう。香りがいいですね。

立木:お嬢、急いで写真に納めるからね。ちょっとお待ちください。

岡村:はい。

立木:OK、さあどうぞ。

岡村:早い!

立木:シマジの食べるスピードには負けるけど。

佐藤:シマジさん、やっぱり気になります。お母さまの思い出の料理ってなんですか。

シマジ:それはスズメのハンバーグだよ。

佐藤:スズメのハンバーグですって!そんなの見たことも食べたこともありません。

立木:雄ちゃん、そんなにおれの顔をみるなよ。おれだってスズメのハンバーグなんていまはじめて聞いた。

岡村:わたしもです。

シマジ:一関にはスズメがいっぱいいた。だからちょっと農家の軒先まで行けば、空気銃であっという間に10羽くらい落とせたものだよ。それをオフクロに渡すと、まずは羽をむしって、そのあと1日寝かせて肉を熟成させてからハンバーグにしてくれたんだ。コツは、タマネギではなく日本ネギを刻んで使うことだよ。オフクロが作っているのをそばでみていたから、よく知っているんだ。

佐藤:なるぼど、ネギでスズメの臭味を消すんですね。

立木:そういえば東京にはスズメの鳴き声がしなくなったね。

シマジ:スズメはいま日本中から激減しているそうです。だからタッチャンと去年行った浅草の「鷹匠寿」でもスズメの丸焼きが出なくなったでしょう。スズメを頭から食べると脳みそがジューシーで最高なんだけどね。

岡村:聞いているだけで可哀相です。

佐藤:「鷹匠寿」ですか。あそこはなかなか予約も取れない野鴨専門店ですよね。

立木:それがなぜか、シマジはしょっちゅう行っているんだよ。しかもあそこの息子のミツルに「おとうさん」と呼ばせて威張っているんだ。

佐藤:一度行ってみたいなあ。シュウちゃんと一緒に行きたいなあ。

シマジ:今年の分はもう予約でいっぱいだから、再来年の1月におれが2人を招待しよう。シーズン中は日曜日でも営業しているはずだ。

佐藤:ホントですか、お代は割り勘でお願いします。

立木:それは賢明だ。シマジにご馳走になったりしたら、あとでむしろ高くつくと予感するだろう?

佐藤:ええまあ、でもなんでもいいです。「鷹匠寿」の野鴨が食べられるなら、この際なんでもやりましょう。

シマジ:じゃあ、スズメのハンバーグを作ってくれる?

佐藤:まず美味そうなスズメを探さなければいけませんが・・・、やってみますか。

岡村:わたしは飛ぶものに弱いんです。

シマジ:海外旅行があんなに大好きなのに?飛行機は大丈夫ですか。

岡村:飛行機は食べませんから大丈夫です。

立木:ウマイ!座布団一枚だな。スズメのハンバーグか。一生に一度喰えるかどうかわからない珍味のような気がするね。おれの分も作ってくれない?そのときは仕方がない、シマジと同伴しよう。

シマジ:タッチャン、スズメのハンバーグは一度食べたら病みつきになりますよ。そうだ、もしスズメが食材として潤沢に入るのなら「雄」のシマジスペシャルは「スズメのハンバーグ」でいこうじゃないの。

佐藤:はい、了解です。

立木:雄ちゃん、シマジのいうことを鵜呑みにしないで、試食してから決めたほうがいいよ。

佐藤:なるほど、立木先生のおっしゃる通りかもしれませんね。

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