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第11回 恵比寿 言の葉 田村誠氏 第3章 女性にとって化粧品は命の次くらいに大事なもの。

撮影:立木義浩

<店主前曰>

最近、田村誠には人生はじめてのお目出度いことがあった。元気な男の子が誕生したのである。そういえばこの取材のときも、彼はどこかそわそわしていたような気がする。
田村は当年取って38歳である。誕生したばかりの、目に入れても痛くない息子が成長して20歳になったとき、58歳の田村料理人はまだまだ現役で頑張っていることだろう。父親の背中を見て育った息子はその頃、もしかすると田村料理人二世になっているかもしれない。いま田村の隣で毎日一緒に仕事をしている、渡邊直樹の辿った道がそうであったように。

シマジ:目黒さんは2011年のあの東日本大震災のときはどこにいらしたんですか。

目黒:当時わたしは仙台市内のデパートでSM(ショップマネージャー)として活動していました。

シマジ:ご家族はご無事だったんですか。

目黒:家族は仙台に住んでいてお陰さまで無事でしたが、実家が沿岸部にありまして、そちらは安否がわからずしばらく不安な状態でした。ですが、SHISEIDOのショップの再開に向けてみんなで力を合わせて復旧作業をしていました。

シマジ:それは大変でしたね。

目黒:自宅に帰れずデパートに寝泊まりしている人もいれば、避難所から出勤している人もいる、という具合に、働いている人のほとんどが被災者だったんです。震災から5日経ち、まだ電気もつかない状態でしたが、1階フロアのみ開店することができました。営業時間も数時間でしたが、想像以上に多くのお客さまが来てくださいました。みなさま口々に「化粧品が流されてしまった」とか「避難所にいるけどせめて化粧水くらいはつけたい」とか「断水でまったく顔が洗えないので化粧水が欲しい」などと話されるのを聞いて、思わず涙が流れてしまうこともありました。

シマジ:女性にとって化粧品はまさに命の次くらいに大事なものなんですね。安否がわからなかったご実家のご家族はどうなったんですか。

目黒:震災から10日後にようやく実家の家族の無事がわかってホッと安心しましたが、家は被災していました。そのとき母親に、いまなにが一番欲しい?と訊いたところ「化粧品が欲しい」と言われ、あらためて女性と化粧品の関わりを深く感じました。外見を美しくするだけではなく、お化粧はこころにまで深く関わっていることを痛感しました。

シマジ:いいお話ですね。

目黒:最近の研究では、化粧品の香りや効果でこころがハッピーになり、免疫力もアップするとのことです。

シマジ:それはわたしにもわかりますね。実際わたしはネールアートをするようになってモチベーションが上がりました。これはぜひ伊勢丹のサロン・ド・シマジでも多くのお客さまに体験してもらいたいと思い、ネールアートやトリートメントを提供できる場を設けました。長年資生堂で活躍された矢野裕子先生に毎週土曜日に来ていただき、女性にも男性にも喜ばれていますよ。

目黒:でも、男性でそんなにきれいなネールアートをしている方に初めてお会いしました。

シマジ:これはわたし自身も気に入っているんです。右の親指には大好きなスコットランドの国旗をあしらい、左の親指には伊勢丹本館のショッパー(包み袋)のタータンチェックを描いてもらっているんです。去年の夏の終わりにスコットランドへシングルモルトを求める旅に出たんですが、あちらでも大受けでした。

目黒:そうでしょうね。日本にいらした外国人が日本の国旗をネールアートしていたら、まちがいなく親日派とみられるでしょう。

立木:ところであの3.11のとき、シマジはどこにいてなにをしていたんだ。

シマジ:わたしはたまたまスポーツクラブの地下のサウナに入っていたんですよ。地震というのは地下だとあまり感じないんです。平日の2時40分ごろでしたので、サウナにわたし1人しかいないのは珍しいことでもありませんでしたが、その後シャワーを浴びて洗面台があるところに行くと、そこにも誰もいないんです。なにかヘンだなと思い、着替えてフロントに行ったらそこにも誰もいない。それでフロントから外に出て驚きました。ガーデンプレイスの広場に群衆が群がっているんです。「なにかあったんですか」とわたしが近くの人に訊くと、その人はわたしの顔を不思議そうに見て「いま大きな地震があったんですよ。ここの37階などは、左右に1メートル以上も揺れたそうですよ」と言われたんです。その瞬間脳裏に閃いたことは、わたしの部屋に250本以上林立しているシングルモルトはどうなったんだろうということでした。そこから走って自宅のマンションまで行きましたが、エレベーターはストップしていたので非常階段を11階まで登って行き、やっとのことで部屋に辿りついたんです。

立木:まずはシングルモルトを心配するところがシマジらしい。

シマジ:わたしの住んでいる広尾1丁目あたりはむかしから岩盤が頑丈だったのですか、部屋に入ってみると、1本もシングルモルトが倒れていなかったんです。ホッとして同じフロアの自宅にいる女房に電話を入れたんです。すると女房はカンカンになって「先にそちらに行くなんて、あなたはわたしよりもシングルモルトのほうが大事なんですか!」と凄い剣幕で怒られましたよ。

立木:それは誰だって「薄情者」と怒られるよ。そのときシマジが機転を利かせて奥さんの方に最初に駆けつけていれば、いままで犯した罪のいくらかは水に流してもらえただろうに、お前はバカだね。

シマジ:まったくです。田村は3.11のときはどうしていたの。

田村:自分はちょうど武蔵新城の自分の店にいて、夜の仕込みをやり出したところでした。

シマジ:棚からなにか落ちてこなかったの。

田村:それが、まったくなにも落ちませんでしたし、被害はほとんどありませんでしたね。その日は辺りが停電になっていたので、ろうそくを立てて一応お店は開けたんですが、お客さまは心配をしてくれた友人が訪ねてきただけでした。

シマジ:まあ、被害のないのは幸いだったね。ところで目黒さん、田村が作るだし巻き玉子はこれまた抜群の美味さなんですよ。メニューには載っていないんですがね。今日はせっかく仙台からいらしたんですから、だし巻き玉子もどうですか。

立木:メニューにないものを普段から食べていて、それを勝手に人にも勧めるなんて、シマジはここでもえこひいきされっぱなしなんだな。

目黒:そんな裏メニューならばぜひ、と言いたいところですが、田村さん特製のウニイクラ丼を全部食べてしまったところです。もうお腹にだし巻き玉子が入る隙間がありません。ごめんなさい。

シマジ:まあ、仕方ないですね。ところで、目黒さん、わたしはよく一関に行くんです。わたしが4歳になるかならないかのときに東京から疎開して、高校を卒業するまで暮らしていました。いまでも大好きなところです。魚も肉も美味いですよ。

目黒:そうでしたか。東北にご縁があるんですね。

立木:どうせ、シマジは一関に行くと、毎日毎晩、ジャズ喫茶のベイシーと、バーのアビエントと、富澤という料理屋と、熟成牛肉で売っている格之進に入り浸っているんだろう。

シマジ:ご明察です。目黒さん、この連載のバックナンバーを読んでみてください。ベイシーもアビエントも登場してもらっているんですよ。

目黒:そうでしたか。あとでチェックしてみます。

立木:そうだ、思い出した。アビエントのマツモトバーマンは役所広司そっくりだったね。

新刊情報

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である
(ペンブックス)
著: 島地勝彦
出版:阪急コミュニケーションズ
価格:2,000円(税抜)

今回登場したお店

Ebisu言の葉
渋谷区恵比寿1-16-31 QUAL Ebisu 2F
Tel: 03-6408-5489
>公式サイトはこちら (外部サイト)

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